相反する考え方
どうやら、わたしは真央先輩から、敵と認識されてしまったらしい。
まあ、当然だろうけど。
状況確認。
水尾先輩と九十九は、揃って、この部屋から離れている。
料理中の九十九は集中するし、料理待ちの水尾先輩はそれ以外のことを考えられないのではないかってほど執着している。
雄也先輩やリヒトも今は確か、城下に行っているはず。
つまり、自分でこの場を乗り切るしかないわけだ。
「呑気とか幸せそうなとか……、そんなにわたし、平和そうな顔していますかね?」
「十分すぎるほどね。聞いている苦労の割に苦労を知らないんじゃないかって疑いたくなるくらいだよ」
「そうですね……。苦労知らずとは、よく言われますよ」
多分、今、真央先輩はわたしの魔気から本心を引きずり出そうとしているのだろう。
以前、水尾先輩が言っていた。
魔気は感情と直結しているから、真央先輩ほどの魔気の感知能力が優れていれば、感情の機微まで読み取れると。
この場合、素直に読ませた方が良いのか、読ませない方が良いのか判断に迷うところだけど……、生憎、わたしはそんな器用じゃない。
読みたければ、どうぞご自由に、だ!
「でも、それはお互い様でしょう?」
「そう?」
「はい。わたしは、真央先輩の苦労も知りませんし、この国に来るまで、来てからの葛藤なんて全然分かりません。でも、これだけは言えますよ」
できるだけ笑顔で言ってみよう。
「いつまでも誰かに護ってもらっているままなのは、わたしと一緒でしょ?」
あ……。
今、真央先輩は露骨に顔が変化した。
「身を護る術がある人間に言われたくはない言葉だな~」
「身を護る術……? そんなもの……」
持っていないとそう言いかけて、気付く。
彼女になくてわたしにあるもの。
魔法国家の王女にはあるのが自然だろうに、彼女が持っていないに等しいもの。
「魔力なんかあっても、使いこなせなければ何も役には立ちません」
結局のところ、一番大事な時に使えていなければ意味がない。
だが、わたしの言葉に、何故か真央先輩は眉を顰めた。
「それにわたしが言っているのは、魔法の話じゃありませんよ」
「え……?」
「真央先輩は、魔界での日常生活において苦労したことなんて数える程度でしょう?」
双子である水尾先輩を見ているとそんな気がしたのだ。
水尾先輩は一人で自活する術がない。
魔法やその類の知識があっても、雄也先輩みたいにどこにいても何かしらのことができるタイプではない。
九十九は……、基本、雄也先輩に護られているようにも見えるが、その気になれば自活は可能だって知っている。
基本的な知識のほとんど雄也先輩に叩き込まれているのだ。
ただ今のところ、実践するだけの場がそこまで多くないだけの話。
「日常生活においての苦労……?」
「真央先輩は、この魔界において何もないところにぽーんっと放り出されて、何かできます? 自慢じゃないが、わたしはできません」
「何もなくて、どうしろと?」
「……ですよね~? でも、何もないところから何かできる人間たちもいるのですよ」
多分、この国に来ることができたのも、真央先輩たちと同じように難を逃れた聖騎士団たちが付いてきて、連れてきたという話だった。
そして、その後に、交換条件のようなものがあったとはいえ、この国の庇護を受けている。
自活なんて人間界でしかしてないはずだ。
それすらも、わたしはできていないのだけど。
「できるからって自慢にはならないでしょう? それに、魔法があれば大半のことはできるはず。つまり、高田の言うことは少しおかしいと思うんだけど?」
「魔法ができるからって、水尾先輩は料理ができますか?」
「その件に関しては、昼夜がひっくり返ってもできないと断言するよ」
真央先輩は即答した。
「そこまで、断言しなくても……」
あまりの潔い返答に逆に驚いてしまう。
「でも、事実。ミオが料理……、絶対に無理!」
そこで、真央先輩は少し落ち着きを取り戻して、暫く、私を見つめた後、言った。
「それでも、魔法が使えるだけ全然、世の渡り方は違ってくる。私たちが人間界にいた時は、本来なら別れて暮らすところを一緒に暮らさなければならなくなったのは、そのためだったんだし」
雄也先輩が言っていた「貴族階級以上の長子以外の者に課せられた他大陸行き」のことだろう。
見聞を広めるために、10歳から15歳までの間、他国に一人で行って生活するというものだ。
「ミオの魔法が無ければ、私の修行そのものが成り立たなかったと思う。ミオから聞いていると思うけど、私は魔法が使えないからね」
「へ?」
今、何か……変なことを聞いた気がする。
「……『へ? 』って……」
「すみません。知りませんでした」
そんなこと、誰も教えてくれなかったから。
「……知らなくて、先ほどの言葉……とは……」
呆れたような真央先輩。
「で、でも、人間界で生活するには魔法を必要としないはずでは?」
「……それを本気で言ってるから怖いね、高田は……。普通に考えたら、情報操作が必要でしょ。戸籍、住民票、身分証明……。ミオがいなければどうしようもなかった」
何気に凄いことを言われている気がするが……、この場合、そこが問題なのではない。
「じゃあ、何故そんな面倒な人間界を選んだのですか? 確か、その他の大陸行きとやらは、魔界内にある他国でも良いはずでしょう? 魔界だったらそんな面倒な情報操作なんて手法は必要ないはずですし」
そんなことが必要なら、そもそもわたしたちが今、旅をすることすらできない。
「魔法の使えないものが魔法を使えなくても良いという国に興味を持つのは不思議?」
「いいえ、別に」
「魔界のどこにいても魔法からは逃げられない。だったら、魔法を使う必要性が最小限のところに行きたいと言ったら、ミオも承諾してくれた」
「まあ、それは、いろいろと事情があるとは思いますが、魔界にいるからといって魔法を使わなければいけないわけでもないでしょう? それなのに、何故、そんなに『魔法』に拘るんです?」
「え?」
気付いているのか、いないのか……。
「真央先輩に会ってから、時折、感じるひっかかりみたいなのがあったんです。始めは、慣れとかそういったものかな~とも思ったんですけど、話を聞いている限りでは違うみたいですね」
改めて真央先輩を見つめ直す。
その瞳に浮かんでいるのは、わたしでも分かるぐらいの困惑の色。
「もう一度、言います。『つまり、真央先輩は水尾先輩が羨ましいんですね』?」
さっきと同じような言葉。
でも、その意味合いは全く違う。
「魔法……、そんなに使えないのが嫌ですか? 魔法が巨大な妹ならともかく、わたしみたいな未熟者相手にまで嫉妬してしまうぐらいに」
真央先輩の瞳に明らかに炎がともった。
「当たり前じゃないか」
そしてその言葉とほぼ同時にその身体から溢れ出してくる、強烈な魔気。
わたしを焼け付くそうと襲い来る炎の熱気。
「魔法の使えない者の気持ちを、貴女たちのような『魔法使い』にどうしてわかるというの?」
その声も、瞳も、身に纏う雰囲気ですら、もう煉獄だ。
このまま蒸し焼かれるか、燃やし尽くされるか分からないくらいの熱さ。
「そ、そんなの……、分かりませんよ」
わたしは汗ばみながらも答える。
酷く、喉が渇いてその声も絞り出すのがやっとだった。
これで、魔法が使えないというのだから、恐ろしいね。
「でも、魔法を知っているはずの真央先輩はわたしの気持ちも分からない。魔法が使えるはずなのに使えないもどかしさ」
「そんなの知らないよ。知るはずが無い」
それも本音だろう。
真央先輩は全く、魔法が使えない人ではないらしいから。
だから、分からない。
「魔法を全く知らないうちに問答無用で襲われる恐怖。巻き込まれた人間たち。そして、この世界に魔法なんかがあったがために……、人を見殺してしまう形となったわたしの気持ちだって、あなたには絶対分からない!」
そんなわたしの本音だって。
次話は本日18時投稿予定です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




