崩壊の原因
人間界にいた頃。
水尾先輩と真央先輩の誕生日に、わたしは彼女たちに「サボテン」を贈った。
その時は、まだ、彼女たちがこの世界で生きていく魔界人だった知らなかったから。
だから、その「サボテン」が、魔界と言う異世界で、ちゃんと育つかどうかも分からなかった。
でも……、人間界での「サボテン」という名の植物は、魔界でも育った事例があったと、トルクスタン王子が教えてくれたことがある。
そのことを、水尾先輩が知っていたかは分からないけど、もしかしたら、この国で見たサボテンによく似た植物を知っていた可能性はある。
トルクスタン王子が大事にしている植物だから。
「見た目よりは察しが良いんだね、高田。確かに高田の言うとおり人間界から持ち還った数少ないものの中に、あの『サボテン』があった」
わたしの言葉に真央先輩は満足そうに頷きながらそう言った。
「私は、人間界の植物が魔界で生き延びられるとは思わないから持ってくるのは止めたんだよ。それでも、人間界に自分がいた証としてどうしても持ってきたいと言ったんだ。でも、本当は、どこかで高田との繋がりを断ち切りたくは無いと思っていたんじゃないかな」
「え……?」
「誕生日に後輩たちから戴いたのは高田からだけじゃなかったんだよ。でも、ミオは魔界へ持ってくる物の中にその植物だけを選んだ。それ以外にも持ち運びしやすいモンはいっぱいあったのに」
それは……、真央先輩がどう思っていようと水尾先輩にとってはただの気紛れだったのかもしれない。
水尾先輩たちの誕生日にわたしの贈ったサボテンは片手に乗るくらいのサイズだったから、そう荷物になるって程のものじゃないと思う。
それでも……。
「真央先輩は……、わたしがサボテンを贈らなければ……、あるいは、あの日、水尾先輩がそれを城下に植えようと考えなければ……、何かが違ったと思っているってことですか?」
「いいや。多分、あの場に水尾が揃っていても結果はそんなに大差はなかったと思う。我が国でもトップクラスの聖騎士団長ですら、短時間だったけど魔法封じされたからね」
わたしの問いかけに対して、真央先輩は首を横に振って否定する。
「でも、女王陛下と王配殿下の方は……」
少なくとも、娘を探して外に出ることはなかったのではないだろうか?
「そうだね。離れることはなかったかもしれない。でも、結果として、黒装束の敵は二分した。女王陛下、王配殿下を追う者たちと、護衛騎士を従えた私たち王位継承権を持つ者を追う者たちにね。強力な魔封じを使う者たちだから、その方が好都合だ。現に私たちは落ち延びた」
「さっき……」
「ん?」
「さっき、真央先輩は『当然、女王陛下や王配殿下を城から出すためだ』って言いましたよね?そして、『危険なところに留まらせるわけにはいかない』とも」
「……確かに、言ったね」
彼女の言っている事は確かに、ちゃんと筋が通っているような気はする。
でも、どこかが決定的にずれているのだ。
それは、相手を動揺、混乱させ、要の部分を悟らせないようにしている気がして、思わず、口にしていた。
「それは、後付けの口実で……、本当は、始めから、その黒装束の賊たちの戦力を二分するため……、だったのではないですか?」
真央先輩に問いかけようとする声が震える。
もう、ここまでの話し振りから、まともに彼女の顔を見ることができる状態に無かった。
「へぇ~」
震えるわたしの声に対し、彼女は拍子抜けするほど朗らかな声で応えた。
「やっぱり、鈍くない。その点に置いては、ミオですら気付かなかったのに」
背筋が凍えるような感覚がした気がした。
「ど……、どうして?」
もうわたしは顔を上げることができなくなってしまった。
顔を上げても、いつもと変わらない顔がそこにあると思うと酷く怖かったのだ。
「女王陛下と王配殿下が、国や国民を捨て、親であることを願ったと知った以上、私には他に王族を護る方法を思いつかなかったんだよ。ミオと違って魔法で姉や自分を護る術なんて持たない。頼りにすべき聖騎士団も、防戦で手一杯だった」
そこで真央先輩は何故か笑った気がした。
「そんな状況で他にどんな手段があったと思う?」
そんな事情なんて知らない。
わたしには、魔界人としての常識なんてないから。
だから、そんな状況で、魔界人として取るべき方法なんて分からない。
だけど……。
「つまり、真央先輩は水尾先輩が羨ましかったんじゃないですか?」
そう言って、顔を上げた。
「なっ!?」
その時、さっきまで笑っていたと思った真央先輩の顔が、驚愕に変わったのが、わたしの目に入った。
「両親がアリッサムの女王陛下と王配殿下という立場以上に、水尾先輩の無事を確認する方を選んだことが……。アリッサムという国そのものよりも、娘である水尾先輩の身を案じたことが……」
これまでの話から、わたしにはそれ以外に考えられない気がした。
「でも、肝心の水尾先輩はそのことに気付いていない。それよりも、あの水尾先輩のことですから、立場を考えもせず、自分を探すという女王陛下と王配殿下の軽率な行為に怒りを見せたかもしれませんね」
「た……」
真央先輩が何かを言いかけた。
でも、その先は言わせない。
先に言ってやらなきゃ気がすまない。
「アリッサム崩壊の原因……。直接的な要因は確かにその国を物理的に消し去ってしまった黒装束の連中だったかもしれません。でも、本当は、少し前から内部崩壊は始まっていたみたいですね」
できる限り挑発的な笑みを彼女に向ける。
そうすれば、彼女の怒りは、他の誰でもなく、わたしに全て向くだろう。
だけど……。
「少し前から既に内部崩壊が始まっていたとは……、またぶっ飛んだ考え方だね。私に公式的な身分があれば、立派にアリッサムの王族たちに対する不敬罪ともとれる発言だよ?」
分かっている。
わたしの言葉ぐらいでは、そう簡単には崩れそうもないことぐらい。
再び、笑みを浮かばせる真央先輩。
「確かに不敬だとは、思いますけどね、自分でも。ただ、仕方が無いじゃないですか。そうとしか取れないのですから」
わたしはそう言いながら、溜息を吐く。
余裕なんて既にわたしにはなかった。
だけど、もう、目は逸らさない。
『話し相手の目をみること。それが一番大事だよ』
『だって、相手の考えも読めないじゃない。瞳って結構、表情出るからね』
『相手に話し合いで勝ちたいならそのでっかい瞳を逸らさないこと。高田の瞳ならきっと相手から本音を引き摺り出せるから』
そう過去に教えてくれたのは、人間界での友人だった。
「じゃあ、わたしから逆に質問させてください。その話を、今、わたしにしたのは何故ですか? ある意味、国の弱点、トップシークレットになることでしょう? もしかしなくても、他の国も……、この国ですらまだ知らないことではないのですか?」
少なくとも、わたしが暫く過ごしていたストレリチアには伝わっていなかった。
いや、多分、どの国にもアリッサムの王女たちが三人とも生きていることを知っているかどうかも疑問だ。
尤も、情報国家と呼ばれる国はもうそれを知っているかもしれないけど、少なくとも、それは外部に伝わっていない。
そんなわたしの言葉を、彼女はどう受け止めたのだろうか?
クッと笑いながら、顔を伏せて肩を震わせている。
「思ったより、高田は度胸もあるね。あの先輩たちが素直に従っているわけだよ」
そう言いながら、真央先輩は顔を上げ、わたしの方を向く。
「今、ここで話したのは……、単純に高田の反応を見てみたかったからだね。直接的な要因ではなくても、間接的な関わりをしていたことを知ったら……」
そこで、真央先輩は悠然と微笑んだ。
「目の前にいる幸せな顔した魔法の使い手はどんな表情を見せてくれるかと思ってさ」
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