何故、たった一人だったのか?
ごおおおおおおおおんっ
「うわっ!」
真央先輩がわたしの風を受け、少しよろめく。
「相変わらず、凄い風だね。多少の風魔法なら微動することもないと自負していたけど……、ただ魔気を解放するだけで、これだけの風を解放するのは、今のセントポーリアの王族でもできないかもしれない」
真央先輩の言う「セントポーリアの王族」とは、まだ会ったことのない前国王とその妃である王太后、現王とその正妃、そして王の正妃の父である大臣、後はただ一人の王子のことである。
この世界で、王族とは現国王から三親等以内の親族を差すため、それ以外にセントポーリアには今、いないことになるそうだ。
何でも、昔からセントポーリアの王家は親族婚を繰り返し、その血の純度を少しでも高めようとしていた。
しかし、近親婚を繰り返してきた影響か、短命な者が多く、王族系図を見る限り、特に女性の寿命が短いとは聞いている。
だが、その甲斐あって、歴代のセントポーリアの王族の魔力は、魔法国家の王族たちが思わず勧誘したくなるものだったらしいと、水尾先輩は言っていた。
まあ、次代の王子殿下にはその声はかけられないそうだけど。
「他の魔法がさっぱりな分、風だけに特化したのではないですかね」
実際、他の魔法を使おうとしても、何故か風の魔法が邪魔するみたいだし。
「単純に突然変異型か、両親ともそれなりに魔力がある貴族級だったりすると相乗効果で魔力の質が上がる可能性もある……かな。高田の護衛である笹ヶ谷兄弟は二人揃ってだから、恐らく後者だろうけど……」
「あの二人は風以外も使えるから良いのです。でも、わたしが使えるのは精々、風主体の魔法と、最近、ようやく、あの黒いマントを召喚できるようになったぐらいです」
他には魔気の乱れ撃ち?
でも、あれは魔法じゃないって水尾先輩から何度も言われているけどね。
「それでも、それだけの風を維持できる魔法力は凄いと思うけどね」
「水尾先輩には全然敵いませんけどね」
そう言うと、真央先輩は一瞬だけ目を見開いた。
「アレと比べる方がどうかしているよ」
そう言って微笑んだ。
「そうですね」
でも、なんだろう?
その微笑み方に、少しだけ見覚えがあった。
どこかで知っているような表情。
誰かがよくする笑み。
そこでなんとなく会話が途切れてしまった。
わたしも、もう少し、いろいろと考えてみよう。
魔法のことと、それから……。
「ねぇ、高田。ちょっと聞いても良い?」
「はい?」
そこで思考が戻される。
「何でしょう?」
「いやね、高田は何で、あの日、ミオが一人だけだったのかって一度でも、考えたことはある?」
不意に、全く関係のない質問をされてしまった。
「何のことですか?」
質問の意味が分からない。
そして……、真央先輩の表情がどことなく、いつもと違う気がする。
「アリッサムが襲撃された日のこと」
「え?」
突然、真央先輩がそんなことを口にした。
「あの日は姉の誕生日だった。だから、私も姉も近くにいて、聖騎士団長も含めた護衛部隊も近くに控えていた。それだけの状況で、何故、ミオだけ離れてしまったのかって考えてことはない?」
もしかしたら、ずっと真央先輩がわたしに尋ねてみたかったことなのかもしれない。
「水尾先輩からは、城を抜け出していたと聞いています」
「ああ、それは知っていたのか」
真央先輩は薄く乾いた笑いを浮かべる。
「そう。あの第一王女の祝う日に、ミオは少しの間だけ城から抜け出たんだ。勿論、当人はすぐ戻るつもりはあったんだと思う。その日は姉の成人の儀も兼ねていたから、王族不在のままというわけにはいかなかったしね。でも、その少しの間に……、あの惨劇は起きた」
真央先輩はわたしをじっと見つめたまま、次々に言葉を紡いでいく。
―――― ああ、似ているんだ。
「アリッサムの結界は国の中心部ほど強い。そこには女王陛下が座るべき玉座があったために。だから、黒衣の装束を身に包んだ謎の集団は、結界の要となる玉座を一斉攻撃で壊したんだ。あれは、迫力だったよ」
結界の話は水尾先輩に聞いたことがある。
でも、それがどんな形だったか教えてくれなかった。
「だけど、そう言う意味では、城外へ出ていたミオはかなり運が良かったことになるかもしれない。玉座から離れていたからね」
「でも、その分守りは少なかったってことですよね?」
「あのミオに守りがいると思う?」
「……立場上は」
一瞬、迷ったけど……、水尾先輩一人でどうにもならなかったから、逃げることになったのは間違いない。
「あんな混乱した状態で、聖騎士団が機能するはずもなかったよ。何より、一番、取り乱していたのは、女王陛下と王配殿下だったからね」
女王陛下と王配殿下……。
つまりは、水尾先輩と真央先輩のご両親……か。
「本来、近くにいるはずの娘がいつの間にか一人足りなかったんだ。女王陛下と王配殿下は聖騎士団たちに止められるのを振り切って、その場から動いた。既に、見知らぬ賊の手に堕ちていないことを祈って、その娘を探そうとしたんだ」
「水尾先輩は……、誰にも内緒で外に出ていたのですか?」
「いや? それだったら私が知っているはずもないでしょう?」
確かにそうなる。
でも……。
「まさか……、女王陛下と王配殿下はそんな状況で、外へ探しに?」
「そうなるね。私が『ミオは外だ』って伝えたから」
それはおかしい……。
だって……、今まで、わたしが聞いてきたのは……。
「なんでそんなことを言ったんですか?」
「当然、女王陛下と王配殿下を城から出すためだよ」
真央先輩は間髪入れずに答えた。
「玉座を壊す前から、極秘のはずだった城の結界はどんな手段を使ったのかは分からなかったけど、既に機能していなかった。聖騎士団は賊と応戦していたし、その他の護衛だって自分たちの身を護るのに必死な状況。そんな危険なところに留まらせるわけにはいかないでしょう?」
ちょっと聞いただけならそれは正論に聞こえる。
「でも……、それではおかしいじゃないですか」
「何故?」
「この世界では身分に関係なく一番に護るべきは国王陛下とその配偶者だと聞きました。王位継承権所持者である王家の人間を護るのは大切ですけど、それ以上に現国王の血が国の中心になっているって……。だから、二人だけで外へ逃がすってそれはおかしいと思います」
以前、この国の第二王子であるトルクスタン王子も言っていた。
国に仕える者たちは国王、兄に従い、自分や妹は万一のための保険でしかないから、二人ほどは尊重されてないと。
アリッサムは違うってこと?
「女王陛下と王配殿下たちこそ、真央先輩やお姉さんよりも護衛が付くの普通ではないでしょうか? それなのに、二人だけでそんな渦中に外に行くなんて……、あまり考えられない気がしました」
これは、人間界の考え方ではなく、魔界の考え方。
「仕方ないよ。さっき言ったでしょ。女王陛下と王配殿下も『聖騎士団たちに止められるのを振り切った』って。そんな状況で振り切られたら、その場にいた者たちにもどうすることもできない」
どこか諦めたような顔で真央先輩はさらにこう続ける。
「何故なら国の最高権力者であり、最高魔力所持者は女王陛下で、国の最高魔法力保有はその王配殿下だったんだよ? 誰が力尽くで止められると思う?」
どの国でも王の命は絶対だと……、雄也先輩から聞かされた。
それが例え、理不尽で納得いかないようなことでも、王族を含む国民全ては受け入れるしかないのだって。
その上、水尾先輩以上の力を持った人たちだ。
……確かに無理かもしれない。
「結局のところ、女王陛下と王配殿下は、その立場より親であることを選んでしまったってわけ。だから、私たちにも女王陛下と王配殿下がどうなったかは分からない。一応、ミオにも聞いたけど、ミオも知らないって言ってたね」
まるで、他人事のようにそんなことを真央先輩は言った。
「まあ、女王陛下たちの行方を今ここで話したところで、結論が出るわけじゃない。私が聞きたいのはさっき言ったとおり、高田には何故、ミオが一人城外に出た理由って想像付く?」
ああ、なるほど……、そう言うことか。
真央先輩の言い回しでなんとなく……、何故、わたしにそんなことを尋ねるのか、少しずつ見当が付いてきた。
「そうやって聞くということは、水尾先輩が城外に出た理由はこのわたしでも想像ができること……、つまり……、わたしに関係があるってことですね」
「悪いけど、頷かせてもらうね。ソレさえなければ……状況はもっと違っていたと思うから」
あの日、大切な日だというのに、水尾先輩は何故か外に出た。
それは、外に何かがあった……、もしくは、外で何かをしなければいけなかったことを意味する。
「心当たりが一つだけあります。外れていたら、笑ってください」
そして……、水尾先輩は、あの時、こう言ってた。
―――― 高田からもらったサボテン……、持って来れなかったんだ
わたしと再会した時、水尾先輩は間違いなくそういったのだ。
あの時、わたしは彼女の言葉を……、人間界から魔界へ持って来ることができなかったと解釈した。
でも……、違う。
人間界の物は、魔界で電気を使う物以外なら使えるのだ。
そして、それは……、植物も該当する。
植物の持ち込みは、生態系を崩さない限りは大丈夫だと最近、聞いたばかりだった。
それならば、少しでも気にしてくれたあの先輩が、魔界に持ってこなかったはずはない。
「水尾先輩は……、魔界に、わたしが贈ったサボテンを持ってきた。そして、それを城下に植えようとしたのではないですか?」
ここまでお読みいただきありがとうございました。




