2年半の隔たり
ごおおおおおおおおおおおっ!!
「ふう…………」
黒い髪の少女は、肩よりやや長い髪を揺らし、息を吐いた。
激しい音と、確かな熱気……。
それは紛れもなく燃え盛る炎の気配だ。
だが、ソレを視認できる者はそう多くはない。
いや、正しい意味で視認できたのは、まだたった二人である。
誰でも感じる激しい炎は、誰の瞳にも映らない。
そんな矛盾を抱えた魔気を、少女は18年間その身に纏ってきた。
ソレに対して疑問を感じたことはある。
不安を感じたことも、畏怖も感じたことすらある。
だが、それ以上に彼女が抱えてきたのは激しいまでの劣等感だった。
自分が普通の人間だったら……、いや、魔界人でも一般的な者だったらそこまで激しい感情は抱かなかったのかもしれない。
だが、何の因果か彼女は王族として生まれてしまった。
しかも、ただの小国ではなく、大陸の中心国……それも「魔法国家」とまで呼ばれる国の。
それ故、彼女に姉という存在があったこと……つまり、王位継承権が第二位だったのは幸いだったと言える。
もし、自分の生まれが最初であり、必然的に王位継承権が一番になっていたとしたら、国民は疎か、周囲の親族たちすら納得はせず、国が荒れる原因となっていたことだろう。
彼女は、国が……、熱気に包まれている生まれた故国が大好きだった。
だから、当然ながら、あの国が荒むこと、廃れることは望まない。
いや、望んでいなかったのだ。
だが……。
「マオ……」
不意に声を掛けられて少女……マオリアは我に返った。
「珍しいこともあるもんだね。あまり人が立ち寄らない場所とはいえ、マオがぼ~っとしているなんて。高田ならともかく……」
屈託なく笑う同じ顔、同じ声の少女が近付いてきた。
まあ、この少女……、ミオルカとは双子なのだから、よく似た顔、良く似た声なのは当然なのだが。
「いろいろと、考えることが多くてね」
「そう」
その答えに納得したのか、納得できていないのかよく分からないような表情で、ミオルカはマオリアを見つめた。
会わなかったのは、2年余りだ。
その間、まったくお互い行方は疎か、その生存も分からない状態だった。
それも無理はない。
自国が謎の集団に急襲され、自国民たちも散り散りとなった。
マオリア自身やその姉も、聖騎士団たちに護られ、辛くもその追撃から逃げ切ることはできたのだが、襲撃時に近くにいたはずの両親の行方は未だに知れないままだ。
ましてや、この妹は奇襲時に完全に別行動を取っており、下手をすれば周囲に護り手などいなかったかもしれないような状況である。
つまり、こうして生きて再会できたのは普通に考えても奇跡に等しいのだ。
尤も、この妹が如何に素性の知れぬ相手とはいえ、そう易々と害されるとは思っていなかったのも事実なのだが、妹が助かった経緯を説明されても納得できない部分が多々あったのも本当の話だったりする。
直接、当人から話を聞いたマオリア自身でもそうなのだから、何処かにいるはずの姉もその知らせを受けた時はそう簡単には信じてくれないと思っている。
生きていて居場所も知っていると言うのに、まともに便りもよこさないあの姉も……。
「……で、そろそろ、話して欲しいんだけど」
と、ミオルカは真面目な顔でマオリアを見た。
「何が?」
マオリアも、ミオルカの問いたいことはなんとなく、分かっている。
この城に来て何度も受けた質問だ。
分からないはずもない。
それでも、それを自分の口から言うわけには行かなかった。
「……まあ、今まで話してくれなかったんだから簡単に話してくれるとは思っていないんだけどさ。それでも……、このままってのは気になるし、やっぱり、嫌なんだよね」
「ミオ……」
「この国が何を隠そうとしているのか知らないし、正直なところ知りたくもない。ただ、身内が巻き込まれるのなら指くわえて見ているわけにはいかないんだよ」
「この場合の身内って……、高田やあの連中?」
マオリアとミオルカは二年以上、離れていたのだ。
だからこその言葉だった。
「あのな~。どう考えたってこの国に何かあったとき、渦中にいるのはマオの方だろうが」
少し感情が昂ると男言葉になってしまうところは、ミオルカは変わらないままだ。
「高田たちは同じ場所に留まり続ける気はないみたいだし、私だってどうせなら高田たちと行動を共にしたいって話はマオには伝えたよね?」
もっとも当人たちにその意思は伝えていないのだが。
「その方が、アリッサム襲撃の手がかりを掴みやすそうだから……だっけ?」
「そう。マオや姉貴が諦めても、私はまだ諦める気はないんだよ。女王陛下や王配殿下は勿論、他の国民だってまだまだ他の国に潜んでいるかもしれないんだ。何年、いや、何十年かかっても、居場所や襲撃理由を必ずや突き止めて見せる」
マオリアとて、その気持ちがないわけでもない。
あの紅い髪の男と話してから、2年以上も忘れようとしていた想いがふつふつと胸の中で燃え滾ってきたのは自覚している。
だが、ミオルカのように単純な考えは持てなかった。
今更、投げ出せない。
「だから、この国に……、マオを残しても大丈夫だと核心が持てるまでは私は無理矢理でも理由を作って居座り続けるよ」
ミオルカは鋭く強い瞳をマオリアに向ける。
「幸い、一行の中心である高田にはトルク公認の滞在理由ができているし、追い出すならウィルクス王子殿下か国王陛下の命令以外にはありえない。少し話したけれど、メルリクアン王女殿下にはそんな度胸もなさそうだし」
「ソレは……私に対する脅し?」
「脅される心当たりがありまして? お姉さま?」
不敵な笑みを交し合う姉妹。
それは、本音と言うものはほとんど存在せず、この場限り、ただ表面上のみのやりとりに過ぎないことを意味している。
「まあ、マオが教えてくれないなら勝手に調べるだけだし。まあ、ソレで禁忌に触れたらごめんなさいと言うことで」
「18歳の取る行動とは思えないね。謝罪だけで済めば、取り締まる人も不要だって、人間界で習ったでしょうに」
「暴かれて困るものを秘匿する方も悪い。それに私が人間界で習ったのは、嘘つきは罪人の始まりだってことぐらいじゃなかったけ」
「一番、嘘の吐きそうな人間がよく言うこと」
笑顔で、女王陛下や王配殿下の目を誤魔化し、聖騎士団からも逃げていた妹王女。
「いや~、笹ヶ谷先輩ほどではないから大丈夫だよ。私、自分に自信を持っちゃった」
「随分、仲良くなったものだね。あんなに、嫌っていたのに」
マオリアは思わず苦笑する。
「先輩の行動とかそういったのはやっぱり好きになれないけど、魔界人としてなら、多少の信用がおけるのは間違いないしね。まあ、高田に危害を与えない限り、あの兄弟とリヒトが怒ることはなさそうだってのもあるんだけど」
そこでミオルカはマオリアを見て笑いながら言った。
「ああ、言い忘れてたけど、高田に危害を加えて激怒するのは私もだってことは言っておかないとね。何しろ、命の恩人なので、状況によっては血縁より優先させてしまうかもしれないよ」
ごおおおおおおおおおおおおおおっ!!
激しい音と、確かな熱気。
それは紛れもなく燃え盛る紅い炎だ。
ほんの少し、魔気を意識的に強めただけで、ミオルカは、魔界人なら誰にでも分かるほど炎をその身に纏うことができる。
それでも、マオリアは少しも表情を変えずその炎を見る。
これは割とこの二人にとっては日常的なことだったのだ。
妹であるミオルカの魔気を、生まれたときから真横で感じていた彼女にとっては、並の人間なら震え上がるような炎は何の脅しにもならない。
そして、そのことをミオルカ自身も勿論承知している。
「大丈夫。あなたたちが、国の機密に触れない限り、その安全は保証されるはずだから」
そう言って、マオリアは悠然と微笑んだ。
その笑顔で、今日も、これ以上の収穫が得られないことはミオルカには分かっていた。
だから、いつものようにそこで、姉妹の会話は終わるところだったのだが……。
「あれ?」
どこか暢気な少女の声が聞こえた。
そして、この場に、姉妹以外の他の人物たちが介入したことによって、事態が少し、変動することとなる。
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