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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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守られない主人

「カズトルマか」


 トルクスタン王子に似た、彼よりも少しだけ高い声が上から響く。


「はい、我が王子殿下」


 湊川くんがいつもとは違って落ち着いた声で返事をした。


 下を向いているため、顔は見えないが、この人が「ウィルクス=イアナ=カルセオラリア」王子殿下らしい。


 つまりは、真央先輩の婚約者か……。

 顔が見たいけど、ここで顔を上げるのは無礼だよね?


「その者たちは?」

「トルクスタン王子殿下のご友人でございます」


 ぬ?

 真央先輩の名前は出さないのか。


 よくよく考えれば、真央先輩はこのウィルクス王子の婚約者だと聞いている。


 人間界にいた頃ならともかく、異性の友人(九十九の存在)ってあまり良くないのかもしれない。


 それに、今はトルクスタン王子と一緒にいる時間の方が長いしね。


「ああ、ユーヤか。随分、雰囲気が変わったな」

「いえ、こちらはその弟のツクモと言う者です」


 雄也先輩のことも知っているのか。


 そして、湊川くんはちゃんと彼らの関係も知っていたんだね。


「そちらの娘は?」

「同じくトルクスタン王子殿下のご友人で、シオリと言います」

「シオリ……?」


 あれ?

 もしかして、不味いかな。


 手配書にもその名前はあった。

 いや、特徴が違うから大丈夫だとは周りも言ってくれているけど……。


「そこの娘、顔を上げられるか?」


 そこまで言われたら、仕方ない。


 ゆっくりと顔を少しだけ上げると、そこには、焦げ茶色の髪の男の人が立っていた。


 その顔は、トルクスタン王子と、似てなくもないけど……、少し威圧的な感じはする。


 ああ、その琥珀色の瞳はよく似ているかな。


 わたしを見ているようで、どこか別の所に意識があるような感じがするところとかも、特に似ている気がする。


 ウィルクス王子は座って、わたしに顔を近づけてこう言った。


「もっと顔をよく見せろ」


 なんですと?

 既に少し上げてるのに?


「ウィ、ウィルクス王子殿下!?」


 すぐ傍で湊川くんが慌てている。

 どうやら、彼にも予想外の言葉だったようだ。


「カズトルマさま、大丈夫です」


 そう声をかける。


 相手はこの国の王子殿下だ。

 だから、多少の理不尽は飲み込んであげよう。


 だが、我慢できるのは少々のことだ。


 多々なら我慢はできないかもしれないけど。


「ウィルクス王子殿下。もう少しだけ顔を上げる非礼をお許しください」


 そう言いながら、わたしはしっかり(おもて)をあげた。


「このような顔でよろしければ、いくらでもご覧くださいませ」


 これなら、満足か!?

 残念ながら、貴方の婚約者である真央先輩ほど美人じゃないけどね!


 ところが、何を思ったか。


 ウィルクス王子はわたしの両頬を掴んだのだ。

 さらに無遠慮にも、そのまま撫でまわし始める。


 その行動に何故か背中が妙にゾクゾクした。

 なんだろう、嫌悪とも違うこの感情は?


 それでも、あのストレリチアで高神官がわたしの身体に触れようとした時とは全く違う気がする。


「黒い髪……、黒い瞳……の風属性……」


 そして、何やら意味深な台詞を呟く王子の声。


 ああ、この感情は……恐怖だ。


 単純に怖い!

 これから、何されるの!?


「ウィルクス王子殿下、戯れはそれぐらいで……」

「何故だ?」

「その方は、トルクスタン王子殿下のご友人です」

「ああ……」


 湊川くんから柔らかくそう咎められて、やめてくれるかと思えば……、やめる気配はなかった。


 何が面白いのか、わたしの顔を捏ねくっている。


 なんか、粘土遊びをされているような気分で、わたしは面白くない。


「トルクスタンの……『ゆめ』か……。それならば、構うまい」


 その言葉で恐怖心が吹っ飛んだ。


「申し訳ありませんが、その言葉を訂正させてください」


 今の台詞は聞き捨てならない。


 この人は今、わたしだけではなく、トルクスタン王子まで侮辱した。


 これが、こんなことを言う人が、あの真央先輩の婚約者……だと?


「わたくしは確かに友人として招待されていますが、今の言葉はトルクスタン王子殿下への侮辱となります。王子殿下ともあろう御方が、弟王子を小馬鹿にするような物言いはこの国では許されるのでしょうか?」


 トルクスタン王子との付き合いはそんなに長いわけじゃないけど、少なくともわたしの前では、そんな人ではない。


「……なるほど。お前は愚かではないらしい」


 無表情の中に、口角だけが吊り上がる。


 もしかして……、今、何かを試された?


「迷いのない強い瞳……」


 だが、わたしの頬に手を当てて、囁くように口にしたかと思うと……。


「――――っ!?」


 耳元でぶちぶちっと小さな音がいくつも聞こえ、鋭い痛みが走る。


 これは……、髪の毛を引き抜かれた!?


 でも、それを深く考えるより前に……、もっと状況が悪くなりそうなことに気付く。


 九十九が動く気配がしたのだ。


 だから、わたしは、胸元に向かって囁いた。

 

『止まって、九十九』


 仄かに、小袋が光る。


 通信珠がパワーアップしたせいか、わざわざ袋から取り出さなくても、ちゃんと通じたようだ。


 いや、もしかしたら、以前からそうだったのかもしれないけど。


『大丈夫だから』


 彼にそう伝えるだけで、わたしまで落ち着いた気がした。


「こうまでされて、悲鳴も上げぬか」


 下を向いたまま、目を見開く。


 これぐらいで、悲鳴なんか上げてたまるか!


 わたしは、自慢ではないが、何度も怖い思いもしたし、もっと痛い目だって見ているのだ。


「ウィルクス王子殿下……」

「分かっている。戯れはここまでだ」


 ウィルクス王子は興味をなくしたかのようにそう言いながら、立ち上がった。


「面白い娘を見つけたな、トルクスタンは」


 不敵に笑われた気がしたが……、、わたしは顔を上げられなかった。


「高田さん、ごめん。悪いけど、ここで。俺は王子殿下の供をする」


 そう言って、湊川くんもその後を付いて行く。


 彼はこの国に仕えているのだから、反応としては間違っていない。


 二人が完全にいなくなるのを確認した後で……。


「高田? 何をされた!?」


 九十九が振り向いた。


 そのいつもの声に安心したのか、こめかみより少し上に鋭い痛みが走る。


「いった~」


 思わず、口から洩れた。


「殴られたのか!?」

「違う違う」


 わたしは慌てて否定する。


「髪の毛を、ぶちっとやられちゃった」

「は?」


 できるだけ明るく言ったつもりだったけど、九十九は固まってしまう。


「初対面でビックリだよ」

「お前……、なんで止めたんだよ!?」

「い、いや、止めるでしょ!?」


 他国の城……、しかも相手は王子殿下という立場にある人だ。

 大騒ぎしても良いことなんて何もない。


 九十九は大きくため息を吐いて、わたしの頬に触れる。


 治癒をかけてくれるのだろう。

 わたしは瞳を閉じる。


 髪の毛は再生できなくても、抜けた部分の痛みはとれるはずだったね。


「悪いな、肝心な時に助けられなくて……」

「髪の毛の数本ぐらいだから大丈夫だよ」

「数本……だと?」

「いきなりやられたから、正確な数は分からないけどね」


 10本は抜かれてないと思うけど、5本は越えていたと思う。


「よく我慢したな」


 九十九は労わってくれるのか、わたしの頬を撫でた。

 背を向けていた彼は、わたしが何をされていたのかなんて知らないはずなのに。


 その行動は妙にくすぐったかったけれど、ウィルクス王子に捏ね繰り回されていた不快感は薄れていく。


 似たような行動なのに不思議だね。


「あそこで反抗的な態度をとるわけにはいかないでしょう? 魔気も頑張って抑えたよ」


 わたしが考えたのはとにかく騒ぎにしないことだった。

 だから、魔気を抑えることを最優先として、表情をできるだけ変えないように頑張った。


 この国の人間は魔気の反応に鈍いと聞いている。


 尤も、王族には誤魔化しきれてないかもしれないし、同じ城内にいる魔法国家の王女二人には気付かれたかもしれないけど……。


 それにしても……。


「九十九?」


 わたしは片目を開けて、彼を見る。


「治癒魔法を使ってくれるのではないの?」


 頬を撫でるだけで、一向に治癒魔法の気配がなかった。


「あ、ああ。痛かったか?」


 そう言いながら、彼は治癒魔法を使ってくれたので、再び両目を閉じる。


 じわじわと頭が温かくなってきて、心地よい。


「完全に不意打ちだったからね。でも、トルクスタン王子殿下や真央先輩のことを考えたら、騒がない方が良いでしょう?」


 お世話になっている身で、あまり、騒ぐのは良くないと思う。


「次はもっと騒げ」


 九十九はむすっとした声で、そう言った。


「そんなことしたら、外交問題になっちゃうかもよ?」

「なっても良い。今度は守る」


 彼はきっぱりとそう言った。


 馬鹿なことを言っちゃう護衛だ。

 王族にたてついたら、面倒ごとしかないのはわたし以上に知っているはずなのに。


 今まで、出会った王族は、そこまで身分に拘らなかったし、ある程度の反論も許してくれる人ばかりだった。


 だが、現実はそんな王族の方が少ないのだろう。


 本物の王族の中は、もっと身勝手で、怖い存在で、下の人間の命などどうでも良いと思う人もいるのだ。


「やっぱり九十九は過保護だね」


 それでも……、これだけは言っておこう。


「それでも……、あまり王族には逆らわないで」

「お前……、そんな目にあっても……」


 九十九が何やら反論しようとしたので……。


「それだけあなたが大事なの。わたしは、あなたが酷い目に遭うぐらいなら多少のことは我慢できるから」


 わたしは目を閉じたままそう言い切った。


 彼はそれを聞いてどう思ったのか……。

 それ以上は何も言わず……。


「治ったか?」


 とだけ、口にしたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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