守れない護衛
「だからさ、あの表現は崩しすぎだと思うんだよ」
「でも……、大袈裟なぐらいの方が面白くないかな?」
高田は最近、このトルクスタン王子殿下の従者といる時間が増えた。
中学校の同級生ということもあるだろう。
まあ、この男からは今のところ、危険な気配はない。
時々、高田やオレのこを観察するような視線は気になるが、逆に言えば気になるのはそれぐらいのことだった。
観察されるのは当然だ。
オレたちは外部の人間なのだから、全く疑われない方がおかしい。
だが、城の通路でそんな会話はどうだろう?
「あ……」
その従者が不意に、通路で右手の拳を握って胸の前に置き、両足で跪く。
その行為の意味を察し……。
『高田、オレの後ろに少しだけ下がって礼をとれ』
と、小声で指示を出した。
高田も、両足を揃えて座り、両手の拳を握って膝の前に付ける。
ほとんど使うことはないないが、この国の礼の取り方をしっかり覚えていたようで、少しだけほっとした。
いや、こう見えても、高田はどの国へ行ってもその国の挨拶を覚える。
当人曰く「大事なことでしょ? 」らしい。
確かにその通りなのだが。
「カズトルマか」
トルクスタン王子に似た、彼よりも少しだけ高い声が上から響く。
「はい、我が王子殿下」
カズトと呼ばれる従者が神妙な声で返答する。
オレも俯いているため、相手の顔は見えないが、この声の主が「ウィルクス=イアナ=カルセオラリア」王子殿下のようだ。
個人的には、そんな偉い人間が従者も連れず、通路なんかを歩かないで欲しいと思う。
因みに、トルクスタン王子は、こんな風に立ち止まられたくないから、スクーターを使っているそうだ。
「その者たちは?」
「トルクスタン王子殿下の友人でございます」
その言葉で少し、疑問がわく。
そこに水尾さんの身内である真央さんの名前がないからだ。
どちらかというと、オレたちはそっちの縁で、ここに来たと思っていたが。
「ああ、ユーヤか。随分、雰囲気が変わったな」
「いえ、こちらはその弟のツクモと言う者です」
どうやら、ウィルクス王子は兄貴と面識があるらしい。
そして、この従者……。
一応、オレの名前を憶えていたのか。
それは少しだけ意外な気がした。
いつも「護衛」としか呼ばれていなかったから。
「そちらの娘は?」
「同じくトルクスタン王子殿下のご友人で、シオリと言います」
「シオリ……」
ウィルクス王子の声色が変わった。
不味いな……。
手配書にもその名前はあった。
トルクスタン王子は気にしていないようだが、その兄殿下までもが気にしていないとは聞いていない。
「そこの娘、顔を上げられるか?」
王子という立場の人間からの問いかけは、命令に等しい。
オレが言うまでもなく、高田はそれを察したようで、ゆっくりと顔を上げる気配がした。
少し、静寂。
ウィルクス王子が、オレの背後に座る気配がした。
何をする気だ?
「その顔をもっとよく見せろ」
「ウィ、ウィルクス王子殿下!?」
カズトが慌てている。
「カズトルマさま、大丈夫です」
高田が落ち着いた声で制止させる。
「ウィルクス王子殿下。もう少しだけ顔を上げる非礼をお許しください」
そう言いながら、高田がゆっくりと顔を上げる。
「このような顔でよろしければ、いくらでもご覧くださいませ」
高田の笑顔が見えた気がした。
だが、オレは落ち着かない。
背後にいるために、何か動いているような気配がするが、それを確認できない。
高田の体内魔気から伝わってくるのは、困惑と……、少しの恐怖が混ざった明らかな負の感情。
本当に何をされているんだ?
「黒い髪……、黒い瞳……の風属性……」
そして、何やら意味深な台詞を呟く王子の声。
「ウィルクス王子殿下、戯れはそれぐらいで……」
「何故だ?」
「その方は、トルクスタン王子殿下のご友人です」
「ああ……」
そう言われて、止めるかと思えば……、止める気配がない。
彼女が何をされているか分からないのに、動くこともできないこの時間は酷く長く思えた。
「トルクスタンの……『ゆめ』か……。それならば、構うまい」
「ゆめ」とはこの世界でいう遊女のことだ。
つまりは、自分の身体を使って男たちに夢を見せ、それと引き替えに金銭を得る女。
高田をそんな女扱いしやがって……。
その言葉だけでブチ切れるところだった。
「申し訳ありませんが、その言葉を訂正させてください」
高田の声がなければ……。
「わたくしは確かに友人として招待されていますが、今の言葉はトルクスタン王子殿下への侮辱となります。王子殿下ともあろう御方が、弟王子を小馬鹿にするような物言いはこの国では許されるのでしょうか?」
どうやら、高田の方が先に切れたらしい。
いや、それはそれで、問題だ!!
「……なるほど。お前は愚かではないらしい」
だが、ウィルクス王子は激高もせず、そう言った。
「迷いのない強い瞳……」
呟くようにそう続けて……。
「――――っ!?」
高田の悲鳴が小さく聞こえた気がした。
オレは思わず振り返ろうとして……。
『止まって、九十九』
自分の頭の中に響く、囁くような声。
それを聞いて止まらないわけにはいかない。
アイツ……、こんな状況だと言うのに、通信珠を使いやがった。
『大丈夫だから』
彼女自身にそう言われては、大人しくするしかない。
それに頭に響く声は、オレを落ち着かせる。
「こうまでされて、悲鳴も上げぬか」
おい、こら。
何をしやがった?
「ウィルクス王子殿下……」
お前ももっと強く止めろよ。
主人の愚行も止められないのか?
「分かっている。戯れはここまでだ」
そう言って、王子の立ち上がる気配がした。
「面白い娘を見つけたな、トルクスタンは」
そう言って、立ち去る。
「高田さん、ごめん。悪いけど、ここで。俺は王子殿下の供をする」
そう言って、カズトもその後を付いて行った。
そんな二人の気配が完全になくなるのを確認した後……。
「高田? 何をされた?!」
オレは、彼女に向き直った。
「いった~」
そう言いながらも彼女は、頭を押さえている。
その瞳が、やや涙目になっている辺り、痛みを伴った可能性が高い。
「殴られたのか!?」
「違う違う」
彼女は目元に涙を滲ませながらも、オレに笑顔を向ける。
「髪の毛を、ぶちっとやられちゃった」
「は?」
彼女の言葉にオレは目が点になった。
いや、それ、出会ったばかりの女にすることじゃねえよな?
「初対面でビックリだよ」
ビックリって話で済ませるな!
「お前……、なんで止めたんだよ!?」
「い、いや、止めるでしょ!?」
彼女の言い分は尤もだ。
だが、オレの腹の虫は収まらない。
オレは大きくため息を吐いて、彼女の頬に触れる。
一瞬、ビクリと彼女が震えたが、そのまま目をぎゅっと閉じる。
彼女らしくない反応に、これは……、他にも何かされたかもしれない。
「悪いな、肝心な時に助けられなくて……」
「髪の毛の数本ぐらいだから大丈夫だよ」
「数本……だと?」
「いきなりやられたから、正確な数は分からないけどね」
それだけのことをされて……、オレを止めたのか?
確かに殴る蹴るといった行為とは違う。
だが……、上の立場にいる人間からの一方的な暴力に変わりはないのに。
「よく我慢したな」
「あそこで反抗的な態度をとるわけにはいかないでしょう? 魔気も頑張って抑えたよ」
彼女は瞳を閉じたまま、得意気に答える。
あんな場面、どうすれば良いのだろう?
身分が高い人間からの一方的な行為。
下の立場の人間は歯を食いしばって耐えるしかないのか?
「九十九?」
彼女は片目を開ける。
「治癒魔法を使ってくれるのではないの?」
「あ、ああ」
そこで、彼女が目を閉じた意味を理解した。
オレが頬に触れたから、彼女はいつものように治癒魔法を使うと思ったのだろう。
だけど、オレにそんな頭はなかった。
彼女の状態をもっとしっかり確認したかったのだ。
「痛かったか?」
オレは、そう言いながら、彼女が抑えている辺りに治癒を施す。
「完全に不意打ちだったからね。でも、トルクスタン王子殿下や真央先輩のことを考えたら、騒がない方が良いでしょう?」
「次はもっと騒げ」
「そんなことしたら、外交問題になっちゃうかもよ?」
彼女は困ったように笑う。
「なっても良い。今度は守る」
オレはそう言った。
「やっぱり九十九は過保護だね」
そう言って、彼女はいつものように笑ったのだった。
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