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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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書庫の使い方

 書庫の扉を開けると、そこには先客がいた。


 茶髪の真っ直ぐな長い髪、琥珀色の瞳。


 その肌はわたしよりずっと白く、日の光を浴びたことがないのではないかと思ってしまうくらいだった。


 どこか儚げな雰囲気を纏うその少女は、中央の丸いテーブルの一つで静かに本を読んでいる。


「メルリクアン王女殿下がおいででしたか」

 

 雄也先輩が茶色の髪の少女に声をかけると、その少女はゆっくりと顔を上げて、こちらを見た。


 雄也先輩の言った彼女の名には覚えがある。


 記憶に間違いがなければ、「メルリクアン=リーシャス=カルセオラリア」……。

 この国の王女殿下だ。


「ユーヤ……」


 囁くような小さな声で、彼女も雄也先輩の名を口にした。


 何を食べたら、そんな細い声になるのでしょうか?


 物語に出てくる「魔王に攫われるお姫さま」を体現しているような人だった。


 いや、わたしの周りにいる「お姫さま」って、何故か自ら拳を握って「戦うお姫さま」系が多いので……。


「お邪魔のようならば、我々は必要な本だけ手にして、ここから出て行きますが?」

「我々……?」


 そこで、彼女はようやくわたしに気付いたようだ。

 視線を下へずらして、わたしを見る。


 そして、何故か瞳を見開き、すぐに目を伏せた。


「?」


 なんだろう?

 良く分からない反応だ。


 そして、うっかり自己紹介をするタイミングを逃した気がする。


「だ、大丈夫です……。その……邪魔……じゃないです」


 彼女は先ほどと同じようにか細い声で、そう口にすると、また本の方を見る。


「そうですか……。それなら、良かったです」


 そう言って、雄也先輩はわたしを見た。


「栞ちゃん。彼女がこの国の王女殿下『メルリクアン=リーシャス=カルセオラリア』さまだよ。トルクスタン王子殿下の妹君だ」


 あ、やっぱりそうか……。


 どんな妹かと思えばこれまたなんか不思議な雰囲気だね。

 どこかの法力国家の王女殿下に見習わせたいぐらいか弱そうだ。


「メルリクアンさま。一応、紹介しておきます。彼女は、私の連れでトルクスタン王子殿下より招待を受けた者です。名は『シオリ』と言います」

「初めまして、栞です」


 雄也先輩の言葉で慌てて頭を下げる。


「初めまして……メルリクアン……です」


 途切れがちに彼女はそう言った。


 気のせいか、少し震えているようにも見える。

 ここは確かに少し涼しい空気が流れているけど、そんなに震えるほど寒くはないと思う。


「さて、栞ちゃん。書庫の使い方は知っているよね」

「ストレリチア城で少々……。でもあのシステム……、魔界は共通なのですか?」

「城にあるものと城下にある大きな書庫はそうだね。それを作り出したのもこの国だ」


 魔界の図書館は変わっている。


 思い描いたものを検索して自動的に該当する本が本棚から飛び出すのだ。


 しかも、必要がなくなれば、書庫内にいる限り、取り出した本たちは自動的に元に在った場所へと戻っていく。


 探す手間と整理整頓の手間が省ける素敵なシステムだが、特に明確なタイトルが分からず、漠然としたイメージしかない時はとにかく、該当しそうな本が片っ端から出てくる。


 その中の一冊を取り出せば、他の本は戻るが、その一冊がちゃんと望みの本かは読んでみるまで分からないのだ。


「俺は調べ物があるけど、栞ちゃんは?」

「何か、適当に読んでいます」


 文字は読めないけど、画集とかなら分かる。


 もともと、この世界の絵を見たくて、ここに来たのだ。


 ストレリチアでは神さまの絵しか見てなかったからね。


「そうか。何かあったら、いつでも声を掛けてくれる?」

「はい、分かりました」


 そういうと、雄也先輩はすぐに一冊の本を取り、王女殿下とは別のテーブルに落ち着いた。


 さて、何を読もうかと探していると……、か細い声が耳に入ってきた。


「ユーヤ、あの人は……風?」

「そうですよ。私や弟と同じく風属性です」


 どうやら、わたしの話題をしているようだ。


 盗み聞きの趣味があるわけでもないけど、自分の話題とあって、なんとなく、自然と聞き耳を立ててしまう。


「そう……」


 会話終了。

 特に進展するわけでもない話だった。


 雄也先輩もそんなことを気にする様子もなく、自分の手にした本を広げなおし、また目を通し始める。


 トルクスタン王子殿下は明るく社交的な感じ。

 ちょっとアレなところもあるけど、そこがまた親しみやすさを増している。


 彼の顔はわたしが知っているある人に良く似ていて、最初はそのギャップに戸惑ったけど、さすがに慣れたかな。


 そして、妹のメルリクアン王女殿下。


 う~ん。

 口数が少ないと言うか……、取り付く島もないというか?


 リヒトも口数は多くは無いが、それは言葉の問題があったからだ。

 会話に慣れてきた今では雄也先輩と似た喋り方をすることも増えた。


 だから、彼女とは違う気がする。


 まあ、だからと言って、どうかしなきゃいけないというわけでもないのだけど。


 相手は王女殿下だ。

 ある意味、雲の上の存在。


 無理して友だちになる必要もないし、多分、彼女もそんなことは望んでいないだろう。


 わたしに王女という立場にいる友人がいないわけでも無いが、彼女たちはまた別の縁があったからこそ対等にしていられるだけで、本来ならやはり距離を取るべき存在なんだってことは分かる。


 いくらわたしの中に王族の血が流れていても、実際、公式的な身分も何もないのだから。


 だけど、気のせいかな?

 先ほどの雄也先輩との会話で、王女殿下は何故か「風」を意識しているように見える。


 よく当たる占術師の予言の話はチラリと聞いたけど、それがいつかは分からないのに気にしすぎなのではないかな?


 ―――― ペラリ


 時折、本を捲る音が聞こえる。

 まるで、図書室にいるような静かな空間。


 いや、書庫なのだから同じようなものなのだけど……。


 いつまでも、こうしているのもアレなので、わたしも何か読んでみよう。

 元々、そのつもりで来たのだし。


「えっと……」


 とりあえず、画集を見に来たけど、どうせなら、人間界の文字……、それも日本語で書かれているものがあると良いかな。


 ―――― ガタタッ!


「へ?」


 不意に出た大きな音に、王女殿下がびくっとなったのが分かった。


 雄也先輩も思わず顔を上げて周りを見て、わたしの脳内検索にかかったものだと分かると、続きを読み出した。


「お騒がせして、申し訳ありません」


 慌てて頭を下げる。


 普通、書庫の本は1、2冊くらい一気に飛び出しても静かなものだ。


 だけど、ここに出てきたのは桁が違う。

 それもはっきり分かるぐらいに。


 ストレリチア城でも「日本語検索」をやってみたけど、精々、飛び出したのは、10冊くらいだった気がする。


 それも、恭哉兄ちゃん……もとい、大神官が書き記した書物ぐらいだった。


 ワカ曰く、「人間界にいた時は仕方なくその文字を読めるようにしていたけど、文字に関しては、母国語……この場合グランフィルト大陸言語の方が馴染みもあって読みやすい」とのこと。


 だから、これだけの量が出てくることなんて想像もしていなかった。


 それに、これだけあるのだ。

 一人や二人の人間が書き記した量とも思えない。


 とりあえず、少し背表紙を見て回る。


 見慣れていたのに、見る機会が減った平仮名や片仮名、漢字の表題が並んでいる。


 そのタイトルたちから察するに、一応、ここの本たちもそれぞれの分野で分けられて並べられているようだ。


 それでも、自分が好きそうな本は見当たらなかったので、何気なく一冊の本を取ると、それまで出ていた本が全て音もなく元の位置に収まった。


 日常生活ではあまり口にしないような、手にした本のタイトルに並んでいる漢字を深く考えずにゆっくりと言葉にする。


 正直、大きな声で口にしたわけではなかったのだが……。


 ―――― バタタッ!


 この静かな空間に不似合いな音が響き渡った。


「へ?」


 思わず、音の方を振り返ると、雄也先輩が王女殿下の足元にある本を跪いて拾っている姿が目には言った。


 どうやら、先ほどの音は、王女殿下が本を落としてしまったらしい。


「落とされましたよ、王女殿下」


 片膝をついたまま、恭しい手つきでその本を差し出す雄也先輩。


 ホントに、こ~ゆ~のが嫌味なくサマになるのが凄い。


 だが、ソレに対し、王女殿下は先ほどまでの様子とうってかわったように、雄也先輩からその本をひったくるかのような勢いで奪い取り、青ざめた顔で、そのまま一言も言わずにこの書庫から出て行ってしまった。


「え~っと……?」


 正直、状況がよく分からない。


「わたし、煩くしたから機嫌を損ねてしまったんでしょうか?」


 恐る恐る、雄也先輩を見る。


 雄也先輩は黙って立ち上がり、書庫の出入り口を見つめた後……。


「栞ちゃん、その手に持っている本を見せてくれる?」


 と、手を差し出した。


「はあ……」


 言われるままにその本を手渡す。


 分厚いその本は、小難しいのはタイトルだけではなく、内容も難しそうだった。


 活字が好きとはいえ、わたしには読んでいるうちに夢の中へ行けそうなものだったのだが、立ったまま雄也先輩は丁寧にページを捲っていく。


「絵を描くだけでなく、こんなジャンルにも栞ちゃんは興味があるのかい?」


 雄也先輩は本を閉じて、顔をわたしの方へ向けた。


 まさか、この短時間で読みきれるような内容()だとは思えないが、この人ならソレくらいやりかねないのが怖い。


「い、いえ……。わたしにも読めそうな日本語表記の本を探しただけなんですけど」


 正直なところ、雄也先輩が手にしている本には興味の欠片もない。


 タイトルからして読めないだろうと思っていたが、ページを捲ったらますます良く分からなかったということだけは間違いない。


「そうか……。びっくりしたよ。()()()()()()()()()()()()()()()、俺()()()()()()()()()()()()()()()()()


 くすりと笑いながら雄也先輩はそんなことを言った。


()()()にあまり興味はありませんよ」


 わたしはそう言葉を返す。


 その本を元に戻さずにじっと真剣な表情で表紙を見つめている姿を見ると、彼にとってはそれなりに興味のある本だったらしい。


 だから、わたしは気付かなかった。


 雄也先輩のその表情の意味までは……。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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