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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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趣味の時間

「はあ~、つっかれたぁ~」


 肩を軽く回し、右手を振りながらわたしは部屋から出た。


 胸元にはお手製の小袋に入った携帯通信珠。

 そして、その側にはいつもと違う人がいる。


 今から向かうのは、この城の書庫だった。


 だから、今回は護衛を九十九ではなく、雄也先輩にお願いすることにしたのだ。

 彼の方がこの城にも書庫にも詳しいから。


 そう言うと、九十九は「仕方ねえな」とあっさり納得してくれたのだけど。


 そして、その九十九は今、自分の部屋でリヒトと一緒にいる。

 聞いたところによると、二人で料理を作るそうだ。


 それはそれで楽しいことになっていそうだね。


「お疲れだね」


 思いっきり声に出ていたせいか、雄也先輩が苦笑いをする。


「いや~、久し振りだからつい、張り切っちゃいました」


 こんな感覚、人間界にいた時以来だ。


 この世界に来て、ここまで自分の趣味に没頭する時間って、実は、あまりなかったのかもしれない。


 わたしが漫画を描くことは、今回の湊川くんからの申し出により、九十九以外の人も知ることとなった。


 水尾先輩はびっくりしていたけど、妙に納得してくれた。

 わたしの人間界の部屋を知っているからだろう。


 雄也先輩はいつものように微笑んで、「無理をしない程度なら」と言ってくれた。


 うん。

 漫画家さんの実録とか読むと、過酷な仕事っぽいからね。


 でも、趣味なら、そこまでやらないと思います。


 リヒトは『よく分からないけど、わたしが楽しいなら』と言ってくれた。


「参考までに……、どんな話を描いているか聞いても良い?」

「いや~、恥ずかしいので、内容はまだ内緒です。でも、四コマを描いています」


 恥ずかしいから、内容については誰にも教えていない。


 実は、九十九にも。


 彼から、聞かれても適当に誤魔化しているのだ。


 四コマを描いていることは、遠くからでもコマ割から分かってしまう。

 でも、その中身は見せていないからどんな話なのかは分からないだろう。


 湊川くんは一緒に描いているから内容まで知っているけどね。


「俺はその手の知識は疎いので申し訳ないけど、4コマ漫画は奥深いと聞くね。たった四つの枠内で内容を伝えなければならない。その上、枠も決まっているから、技術的なものもいる」

「そうなのですか? ストーリーものは時間的に難しいので、適度に切り上げられる4コマにしただけなのですけど。4コマ漫画なら、少しの時間で一つの話が完成させられますから」


 それでも、その全ての話が繋がるようにしているのだけど。

 やっぱり統一感は出したかったのだ。


「……本当に漫画を描くことが好きだったんだね」


 雄也先輩は感心したかのように言う。


「湊川くんほどじゃないですよ。彼は人間界で2,3年と、この世界に還ってきてからもずっと描き続けていたみたいですから」


 だから、彼はわたしなんかよりずっと知識も技術もあるのだ。


 わたしなんて、人間界にいた時は、ちゃんとペンを使って描いたこともなかったし、漫画を描いていた用紙だって、罫線が引かれた大学ノートばかりを使っていた。


 学校のノートとしても使えるし、セット販売で安いしね。


 白い厚紙にペンで漫画を描いたのは、実は今回が、初めてだったのだ。


 それだけに、余計に嬉しいのだと思う。


 なんでも、聞いたところによると、湊川くんの最終目標は製本化らしい。


 機械国家らしく、そのための機械は既に作ったらしいのだけど、なかなかそこまでの集中力がもたなかったそうだ。


 一人で描き続けるには根気もいる。

 何より、周囲には理解されない状況で続けることは難しい。


 だから、途中で諦めては……、また別の話を描き始める……の繰り返しだったそうだ。


 続けて同じ話を描かなかったのは、時間が経つと、感覚が変わってしまって、もうその話を描き続けることができないと思ってしまうから……らしい。


 その気持ちは分かる。

 一つの作品をちゃんと完結させるって難しいからね。


「栞ちゃんも、あのまま人間界に残っていたら彼と同じように描いていたんじゃないのかい?」

「いや~、飽きっぽいのでそこまで情熱は持続できなかったかと。今だって、久し振りだから興奮して描けているってだけの話だと思っています。人間界にいた時も、受験の息抜きでワカとイラスト交換していた程度なので」


 自分ではそう言ったが、それでも、まったく未練がなかったと言えば嘘になるとは思っている。


 漫画が好きだったから、いろんな漫画を読んだ。


 そしていつか、自分で漫画を描きたかったから、いろんな神話や物語もいっぱい読んでいたのだ。


 だけど……中学校も、三年通うと嫌でも現実を知る。

 好きなだけでは、生きていくための仕事としてやっていけない……と。


 母が一人で苦労した分、わたしが余計な苦労を背負わせるわけにもいかなかった。


 だから……、わたしはイラストをたまに描くだけで、自己満足するしかなかったのだ。


 何より、本格的に漫画を描くってお金がかかると聞いている。

 紙、ペン、その他の画材。


 少ない小遣いで学生が続けるにはかなり高価な趣味だとも思う。


 それでもどこかに「いつか描きたい」……はあった。


 まさか、趣味の絵すら自由に描けない生活になるとは思いもしなかったのだけど。


「いつか……」

「え?」


 心を読まれたみたいで、少しだけぎょっとした。


 いや、この人ならそれぐらいの魔法を使いそうだと思ってしまうから。


「落ち着ける場所があったら、そこでまた描けば良いよ。魔界には漫画家はほとんどいないから本ができたなら喜ばれるだろう。特に、キミたちみたいに人間界で暮らしたことがある魔界人にとっては嬉しいことだと思うよ」


 雄也先輩は九十九と同じような反応をしてくれた。


「本の発行はともかく……、人を喜ばせることができるほどのものを描けるとは思えませんが……」

「漫画は技術じゃなくて心なのだろう? そう聞いたことがある」

「へ?」


 ある意味、雄也先輩らしくない言葉に思わず、彼の顔を見る。


「技術は勿論大切だけど、それ以上に、描きたいという情熱、向上心、志、想像力。それさえ失わなければいつか、描けるよ」


 そう言って、雄也先輩は穏やかに笑った。


 その笑顔に少し、見惚れてしまう。


 頭のどこかで、「美形の笑顔には、ついお金を出したくなる」と言っていたワカの声が聞こえた気がした。


 そう言えば……、わたしは彼には「なでなで」以外のお礼をしたことがない。


 九十九には「ルームウェアー」を渡したし、最近、描いた絵を十数枚ほど取られているけど……。


 雄也先輩に対して、何か良いお礼はないだろうか?


「雄也先輩」

「何?」

「雄也先輩は……、趣味って何かありますか?」

「ん~? 読書とかが一応、趣味かな?ありきたりで申し訳ない返答だけどね」


 彼らしいと言えばらしいかもしれない。


 この国にいる時も、他の国にいた時も、いつだって雄也先輩は本を読んでいる気がするから。


 しっかし、本か~。

 贈り物としてはかなりハードルが高い。


 思いっきり趣味が出るものだからだ。


「本はいろんな情報の宝庫だからね。読んでいるとワクワクする。栞ちゃんや九十九みたいに特別な技術はいらないけど、俺にはそれが大事な時間なんだよ」

「じゃあ、大事な時間を邪魔しちゃいますかね?」


 お礼どころか、貴重な時間を奪うことに!?


「大丈夫。栞ちゃんと過ごすのはそれ以上に貴重な時間だ。普段は、弟ばかりに奪われているからね。たまには、良いだろう」


 その物言いに思わず笑いが出た。


「それとも、俺では不足かな?」

「いえ! 全然。でも……、好きな時間を邪魔されるのって嫌じゃないですか?」

「嫌じゃないよ。読書は確かに好きだけど、それも、仕事あっての時間だからね」


 その言葉で、わたしは唐突に理解する。


 雄也先輩は、こうやっていつもしっかりした線を引いているのだ。

 これ以上は踏み込ませない線。


 九十九の「仕事」という言葉はどこか感情的に聞こえるのだけど、雄也先輩の「仕事」は本当に事務的な言葉なのである。


 だから、九十九よりも彼の距離を感じるのだろう。


 でも、この人との距離が縮まることがあるなんてあまり考えられない。


 いつも本心を隠して完全に裏方に徹する人。

 感情を極端に出さない。


 でも、作られた表情とは少し違う不思議な人。


 九十九と顔の基本は似ているのに違った印象があるのはそのせいだろう。


 でも、今更、この関係が変わるとは思っていないし、変えることも望まない。


 九十九は今のままで良いし、雄也先輩についても、本人が望むならこのままで問題はないと思っている。


 無理に距離を詰めようとすれば、彼は逃げてしまうだろう。

 なんとなく、そんな気がするのだ。


 ただ、彼の本心を知るのは、この先も心が読めるリヒトくらいなのだろうか?

 そう思うとちょっと淋しい気もする。


 本音の全てを語れと言わないまでも、ほんの少しだけでも、わたしたちに見せてくれると嬉しいのにね。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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