召喚されたのは
ネタバレとなりますが、虫の話が長々と続きます。
苦手な方は、ご注意ください。
オレの勝利宣言とほぼ同時に歪曲した空間から大量に現れたのは……、黒光りする大量の虫だった。
魔界名「ゲトゲト」。
人間界では「クロゴキブリ」と呼ばれる種に良く似た、人類、特に厨房の天敵!!
その姿を視界にとらえるなり、水尾さんは叫んだ。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
甲高い悲鳴。
ソレは初めて聞く水尾さんの完全に女性的な声だった。
「そ、それはず、ずるい!!」
水尾さんは震えている。
浮遊魔法もうまく使えなくなったようで、ふらふらとなり、実に不安定だ。
まあ、床の4分の1をそいつらが占めているのだから、近くで見ているオレだってあまり良い気分ではないのだけど。
「上にいても良いですけど、こいつら、飛びますよ?」
召喚魔法は、よほどのもので無い限り、基本的に召喚士の意思に従う。
その気になれば、オレはこれ以上の地獄絵図を表現することができるのだ。
「し、知ってる~~~~~~~~~~~~~っ!! だから、もう止めて!!」
「勝負に情けは無用なんですよね?」
オレの意地悪な問いかけによって、顔面が蒼白になる水尾さん。
どうやら、本気で嫌いなようだ。
それを知っていたからこそ、こんなモノを召喚したんだけど、ここまでの効果があるとも思っていなかった。
「あ、オレは兄貴ほど女性に優しくはないんで。それに魔法の制御も甘いんですよね」
「あ、甘いやつがそんなモン、そんなに大量に出すな……って、いやああああああああああああ!! こっち来る! こっち来る!!」
正直、ここまでの反応は本当に意外だったのだ。
苦手なのは知っていたけど、叫びながらも焼き払うぐらいはするかと思っていたのに。
「んじゃ、こいつらの天敵でも召喚します?」
「それも駄目!! とにかく、そいつら、消して、消してぇ~~~~~~~~~~~~。」
因みにこの「ゲトゲト」の天敵は「ラディアプス」系な生き物。
人間界で言うと蜘蛛がそれに近い。
足が10本あるけど……。
余談だが、カルセオラリアの国境に現れた「巨大な毒蜘蛛」は天敵ではない。
巨大すぎて、小さな虫を食わないそうだ。
「分かった! 私の負け! ……っていうか、勝てる気はしない!!」
その言葉を聞いてオレはようやく、消すことにした。
「大気を巡る精霊たちに願う。空間を捻じ曲げこの者たちのあるべきところへ還せ」
オレの命令どおり、ソイツらは、ほとんど何もすることなく元に居た場所へと還って行った。
「ふ~。じゅ、寿命が……」
水尾さんがへたり込んでいる。
まあ、召喚した当事者であるオレだって精神的なショックがあるのだから、仮にもそんなヤツらに狙われた彼女の精神の混乱は計り知れない。
それでも、恐怖で昏倒しなかったのは、流石と言おうか。
「な、なんで……、あんなゲテモノを召喚できるの? ……もしかしなくても、先輩の入れ知恵?」
肩で息をしながら、水尾さんはオレを見た。
「兄貴の知恵と言えばそうですね~。高田の最大の天敵の弱点だし、召喚できて損はないかと思って」
召喚魔法については、クレスノダール王子殿下より、ストレリチアにいた時に習った。
そして、召喚蟲の契約は……、頑張ったと言わせてくれ。
「高田の最大の天敵……? ああ、セントポーリア王妃殿下のことか。そりゃ、並の女なら昏倒は確実だよ」
「昏倒させたかったんですけどね。勝負らしく」
「……卑怯だ」
へたりこんで、涙目のまま、水尾さんはそう言った。
「承知ですよ。ただ、オレの召喚完了を待っていた水尾さんに驕りがあったのは本当のことでしょう?」
「見たことない魔法を見たくなるのは私のサガだし、ましてやあまり類を見ない生物の召喚系。何が出てくるか気にはなるじゃない。物質召喚と訳が違うんだし」
「そこに油断があったと。たまには負けることも大事でしょう?」
「でも、悔しい! あんな負け方!! 女だから昆虫系に弱いのは分かりやすいじゃない」
オレは高田に聞いていたんだけどな。
水尾さんは案外、普通に女性らしい弱点が多かったと。
「因みに昆虫だけでなくオレは爬虫類、両生類も出せますが?」
これは、法力国家の王女殿下対策もある。
直後、酷い目にあったが……。
「パス!!」
「……でしょうね」
オレも後が怖い。
「九十九って、案外、サドっ気あったんだね。まるで、先輩みたいだ」
「水尾さんほどでは。でも、今日は意外に可愛らしい姿を見ることができて、得した気分です」
オレはそう言いながら笑った。
少なくとも、高田にはない可愛らしさだよな。
「……私は大損だ」
余程悔しかったのか、顔を紅くして横を向かれた。
「まあ、勝負のつき方に納得ができないのは当然でしょうから、お詫びに焼き菓子でも焼きましょうか」
「果物いっぱいで」
「了解です。トルクスタン王子殿下にお願いして、なるべく天然素材が手に入るように手配します」
あんなものを見た後でも食欲が健在なのが凄いと思う。
オレは苦手なモノを大量に見た後では食欲は湧かない。
「今回に限り、高田に立ち会ってもらうべきだった。高田の前なら、あんなの召喚しないだろう?」
「いや? しますよ?」
寧ろ積極的に使うだろう。
護衛対象である高田の前で、誰かに負けるのは嫌だからな。
「……流石に高田も悲鳴上げるんじゃないか?」
「どうでしょう? 一匹、二匹程度なら逆に迎え撃つと思いますよ。アイツ、昆虫系は基本的に触れるし、ゴキブリ等も雑誌等で叩き潰せるタイプだし」
大量に召喚すれば、流石に分からない。
「うげ。そこは殺虫剤を……」
「オレなら熱湯や、洗剤、石鹸水、油のどれかを使いますね。ああ、女性なら乳液でも良いか」
「油って、ゴキブリが好むんじゃないっけ?」
「食うけど、かけられたらヤツらは窒息します」
洗剤や、石鹸水、乳液も同じ理由だ。
熱湯は体質(?)が変化してしまうことが理由だから、それらとは少し違うけど。
「……家庭的な知識をありがとう。でも、そんなものを積極的に使う場面に遭遇したくないなあ」
それは確かに。
「小学生の頃でしたかね~。授業中、教室にゴキブリが出て、逃げ惑う男子や女子の中で、高田が無言で立ち上がり、近くにあった新聞紙を丸めてゴスッと!」
たった一匹の闖入者に、教室一帯が阿鼻叫喚となったのだ。
男どもも逃げ出すのはどうかと思ったが、当時、小学二年生。
全く動じなかった高田の方が思い起こせば不思議なのではあるが。
「……武勇伝だな」
「あれには、オレも驚きましたけど……。魔法を使うこともできないし、どうしようかと思っていた矢先の出来事で、教室は静まり返りましたね」
「教師はどうしてたんだ?」
「我先にと逃げ出しました。30代前半の女性だから、仕方ないですね」
「それはそれでどうかと思うけど」
それはオレも思った。
「以来、そのクラスでは女子たちに昆虫撃破依頼をされてましたね。件のゴキブリを筆頭に、カナブンとか、蜘蛛とか。でも、ゴキブリはともかく、蜘蛛とかは逃がしていた気がするな~」
確か、そんな迷信が人間界にあった気がする。
もしくは、万一地獄に堕ちた時の保険だったのか?
……イヤだな、そんな小学生。
「どちらにしても、高田の心臓ほど私は強くないんで、今後は! あの手の生き物だけは! 召喚してくれるな!! ホントに! 頼む!!」
「真剣勝負になれば、オレはなんでもしますよ? 手段を選んでいられるほど余裕はないんで」
「九十九と真剣勝負は二度としない」
余程、苦手なのか水尾さんはかなり憔悴しているように見える。
彼女は年上だし、普段の言動はあまり異性っぽくはないけど、今だけは可愛いと思ってしまうのは悪いことか?
「召喚はいろんな意味で疲れますから、あまりしませんよ」
「ああ、空間捻じ曲げるし、制御下に置いてそれを維持し続ける必要もあるからな。私も基本的にあまり召喚は使わない。さっきみたいに岩を出すぐらいだな」
ああ、あのえげつない攻撃か……。
「高田との撃ち合いで出した不死鳥は?」
「不死鳥? ああ、あの大鳥か。あれは召喚とは違う。単に炎に形を作らせただけだ。その方がイメージしやすいからな」
「は~、想像力の問題で……わざわざあんな形に?」
「大きな炎を作り出すには明確なイメージがいる。鳥ならあちこち動き回らせるのも自在だ。人間界ではいろいろ勉強になった。魔界とは違う神話もあり、幻想生物も絵で表されている。感覚が掴みやすくなった」
「見ただけでイメージできるのも凄い話ですが」
「何もないところからの発想よりは楽だぞ。龍や火喰い鳥くらいなら想像できても、姿そのものが炎と化すような生物は魔界にはいないからな~」
水尾さんが言っているのは、「鳳凰」っぽい。
「……ってことは、虎や亀の獣も想像できるんですね」
オレはなんとなく、人間界で見た「四神」と呼ばれた存在を思い出す。
「それがピンとこないんだよ。特に亀! なんで蛇に巻きつかれてんだよ?」
「いや、オレに言われても……」
「龍が水ならともかく、そっちが水ってのが良く分からん。亀なら、地! 地震でも起こしとけっての!」
まあ、普通なら人間界のイメージと魔界のイメージが混在しているからこその考えなんだろうけど、水尾さんが言っているのはいろんな人間界のイメージが混ざっていて逆に考えが纏まっていない感じだ。
確かに、「鳳凰」、「朱雀」、「不死鳥」みたいに、一貫して「火」のイメージが強いのは鳥だ。
それ以外の四神は、曖昧なところもあってイメージしづらいのはあるかもしれない。
「麒麟を想像しても……、もはや、飲み物のイメージしか湧かないし」
「それはいろんな意味で問題ですよ」
そんな話などをしながら、あっという間に時間は過ぎたと思う。
まあ、久し振りに高田の御守りから解放されたのもあるんだろうけど、本当に短く感じられたんだ。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。




