王女殿下と真剣勝負
「おや? 珍しい……。一人か?」
そこにいた先客はオレを見てそう言った。
「はい。高田は、ちょっと今日は自室に篭るそうです」
「へぇ~、珍しい。読書?」
「いや、絵描きだそうです」
オレはそれを伝えるためにここに来たのだ。
ここは、カルセオラリア城の地下にある契約の間と呼ばれている部屋。
そして、待っていたのは、水尾さんである。
「ああ、例の『漫画描き』か。いや~、あれってほんとに人の手で描いているもんなんだな」
「そうですね」
実際、アイツらの作業を見ていると、ある程度、気が長くなければできないということだけはよく分かった。
高田が薬草画を描く時の、何倍もの時間と手間を掛けて描いているのを見ると正直、正気の沙汰じゃない。
それでも、高田はすごく嬉しそうに笑っているのだ。
「無事、完成すると良いな」
「……水尾さんは、高田が飽きると思っているのですか?」
今の様子ではそれはない。
「そうじゃないだろ。高田や九十九たちはここに留まり続けることができない。だから、もし不測の事態が発生したら、それは未完のままになってしまう。どうせなら、完遂して読ませて欲しいね。この世界にはないものだから」
「確かにこの世界には漫画という文化はないですからね」
少なくとも、この世界で、オレは読んだことがない。
「他国……、特に近年、人間界に出入りしている国ならあるかもしれないけどな。情報国家とか機密文書として持ってそうじゃないか?」
「漫画が機密文書扱いってのも凄い話ですが……」
「結局、漫画描き……、漫画家っていうんだっけ? ソレがいないと大量に作製は難しいだろうから簡単に多くのモノを一般流通はできないとは思うぞ」
「そう考えると……、漫画って実は、凄い文化だったんだな」
人間界では日常に溶け込んでいた。
特に、小学生やっていた時期は、周囲の話題がそれ一色だったこともある。
「九十九は人間界にいた時、高田の部屋に入ったことがあるか?」
「あります」
その問いかけがきた時点で、彼女もあの部屋に入ったことがあるということだろう。
その時の顔を見てみたかった気がした。
魔法国家の王女殿下と、大量の漫画。
情報国家もビックリの予想外過ぎる出会いだな。
「じゃあ、あの大量の漫画も納得いくんじゃないか? 漫画を描くってことに少しでも興味があるのなら、漫画とはいえアレだけの蔵書は立派な資料になってたかもしれない」
「いや、アイツの場合、単なる漫画好きらしいですよ」
そんなことを言っていたから。
「そっか~、高田がいないんじゃ、どうする?」
「え?」
「二人っきりなんて機会、なかなかないよな~」
「み、水尾さん?」
彼女の瞳が妖しく光った。
それはどことなく妖艶で……、まるで、獲物を狙う狐のようだと思った。
「よっしゃ! ここは一丁、魔法勝負といこう! まともな状態の九十九とサシでやったことないから、丁度良い機会だ」
「げ!?」
オレだって、最近、魔法ぶっ放してるのは作り出した的ぐらいだ。
動いている人間相手なんて数ヶ月やってない。
だが、ここで一つ問題があった。
相手は魔法国家の王女殿下だ。
それも折り紙つきの実力がある人なのである。
やるからには負けたくないが、そんな相手との勝負……、あまり勝ち目を見出すのは難しいかもしれない。
「ああ、自信がないならハンデ戦でも良いが? 例えば、契約詠唱なしとか」
不敵に笑う魔法国家の実力者。
そこまで言われて尻尾を巻いて逃げるのも癪だった。
「ハンデなしで相手させていただきます」
「そうこなくっちゃ!」
それに、オレはどこかで少し前に真央さんから言われた言葉を思い出していた。
『まあ、九十九くんも機会があればミオと魔法の撃ち合いをやってみると良いよ。同属性の魔法より、他属性の魔法を受ける方が意外な発見をできることもあるし。特にミオは攻撃に関しては万能型だから、刺激も受けれると思うよ』
兄貴も、高田もその主体は「風属性」だ。
だからこそ、あの言葉を聞いて、別の属性の人間と撃ち合いをしてみたくなった。
トルクスタン王子は「空属性」だが、そんなことを頼めるまで親しくはなっちゃいないし、何より一国の現役王子である以上、簡単に許可は下りないだろう。
つまり、必然的にやりあえるとしたら、水尾さんしかいないわけで、今は、「高田」という気が散る要素がない。
ある種、最高の舞台が整っているといえる。
「高田も邪魔しないからな~。あの子はある意味、調子を狂わせるから」
どうやら、水尾さんもそういう意味を含んでいるみたいだ。
「そんなわけで、九十九は準備、おっけ~?」
少し、距離をとって水尾さんが言う。
高田との遣り取りから、彼女にとってコレぐらいの距離なんかあまり意味はないがないことは分かっている。
「はい、いつでも」
それでも、この部屋のどこにいたって、そんなことは変わらないのだ。
「それじゃあ、行きますか」
と、いきなり、至近距離から魔法をぶっ放された。
契約詠唱どころか、呪文詠唱もないそれは、多分、炎の弾だったと思う。
ほとんど、初動作も見てとれなかったソレらをオレは、反射だけで躱した。
「あっぶね!」
「む。仕留められなかったか」
おいおい。
物騒なことを言ってますよ。
「じゃ、これはどうだ」
そう言って、彼女は手を翳す。
「火魔法」
彼女は、やたらでかい火の玉を出した。
いや、使い手により魔法が変化するのは常識だ。
だが、「火魔法」は、確かほんとに基本中の基本で大きくてもバスケットボール位だったはずだ。
しかし、目の前のコレは、軽自動車くらいの大きさがあるような気がするのだが……?
「大水魔法」
半端な「水魔法」では、あの火に対抗するのは無理だろう。
元々、オレは水属性じゃない。
だが、あの火を吹き消すほどの強い風を起こすには少し、時間がかかりそうだった。
「ふ~ん。そんなのも使えたんだ。流石は、先輩の弟。基本的な魔法は叩き込まれていると見た」
水尾さんは「火魔法」を維持しつつ、余裕もあった。
肖りたいもんだよ。
オレにそこまでの集中力がないのか、魔力がないのか、単に相手が悪いのか。
目の前の火はなかなか消えやしない。
「九十九は風属性……。それなら、弱点は単純に考えれば地属性か」
右手で火の魔法を維持しつつ、左手で次の魔法の準備に入る。
あれは、相手が高田の時に良く見る手法だ。
どれだけ、意思が強いんだよ。
だが、地属性は大地を基盤としたものが多い。
この様な室内でできるものは限られているはずだ。
「毒針魔法」
「うげ!!」
無数の針が彼女の指先から発射される。
針や金属のものは確かに地属性だ。
しかも、「poison」ってことは、どんな種かはわからないが、毒を持った攻撃であることは間違いない。
「一発たりとも喰らえねえってか」
そう言いながら、オレは単純な防御をする。
「盾魔法」
自分の周りだけに不可視の防護壁を張った。
呪文詠唱の魔法なら、そこまで深手にはならないし、何より、毒の効果さえ消せれば良い。
「普通の盾魔法って……、それぐらいだよな……」
そう呟く魔法国家の王女殿下。
彼女はどこの規格外と比べているんですかね?
「でも、防御だけじゃ、目標は倒せないよ?」
クスクスと笑う余裕を見せる魔法国家の王女殿下。
何故だろう。
水尾さんは魔法を使っている時は酷く女性らしく見える。
言動や容姿ではなくその雰囲気がいつも以上に柔らかく、表情も鋭い眼差しなんだけど、同時に慈愛の色も見え隠れする。
異性であるためか、酷くそれがやり辛い。
「九十九は致命傷を避けるのが巧いね」
「そりゃどうも」
褒められている気はしない。
こっちは、数分の遣り取りで結構、精神的にきついと言うのに、彼女は浮遊魔法まで使い始めた。
上からの狙い撃ちはちょっと全てを捌ききる自信がない。
案の定、彼女はどこから岩石を召喚し、ソレで狙い始めた。
「彗星魔法」でも「流星魔法」でもない単純な落石に似たそれは意思があるかのようにオレを狙い撃ちにする。
上にいるからできることで、室内だからこれで抑えているんだろう。
「彗星魔法」や「流星魔法」は基本的に屋外専用魔法だ。
まず、普通の建物なら床が持たない。
だが、大地に干渉する魔法は土や緑の少ないこの国では、召喚してからになるのになんでわざわざ……って召喚?
「まさか!?」
思わず、周囲を見渡す。
一発も命中はないが、オレの周りはやたらでかい岩石に囲まれている。
「お、気付いた? やっぱり、勘も良いな」
そりゃ、コレだけ丁寧にお膳立てされていれば、余程鈍くない限り気付くだろう。
彼女の狙いは召喚した岩石をオレに当てることじゃなかったんだ。
「大地の精霊たちよ! 彼の者を串刺せ!」
おおおおおおおおおおおおお恐ろしいことを言ってる!?
その命令に合わせ、岩石からぶっとい棘が飛び出し、オレを貫こうとする。
だが、気付いた以上、何も対処しなかったわけじゃない。
以前、「地属性の中心国」で、似たようなものを見たことがあったからな。
「掘削魔法」
「は?」
水尾さんの目が丸くなる。
自慢じゃないが、オレは一般的に使われている魔法より、少しずれた魔法の方が相性も良いらしい。
この「掘削魔法」だって、この国や金鉱発掘する地域なら役に立ちそうだが、普通に生活するうえでは何の役にも立たない。
だが、今はそれでも使う。
掘削。
つまり、岩をも削り取る魔法。
左手にドリル状の風が発生し、瞬く間に飛び出してくる岩石の塊を蹴散らしていく。
「また……、珍しい魔法を」
水尾さんが少し、脱力したようだ。
なら、反撃は今しかない。
「大気を巡る精霊たちに願う。空間を捻じ曲げ彼の者たちの姿を現せ」
水尾さんの態勢が整う前に、オレが反撃の言葉を紡ぐ。
「何かを召喚する気か?」
数日前に知った。
例え、友人で会っても真剣勝負に手加減はなし。
そして、どんな手を使っても相手を昏倒させた方が勝ちなのだ。
それを教えてくれたのが目の前にいる人だってのはなんて皮肉な話だとは思うが、それでも、あの勝負の結末が罷り通るのなら、オレのこの方法だって間違ってはないはずだ。
幸か不幸か、オレは高田の護衛であって王女の騎士ではない。
騎士道なんて息苦しいものに縛られることはないのだから。
どんな手を使っても彼女を護り抜ければ、それで良いのだ。
召喚に備えてか、水尾さんの動きが止まる。
召喚中を狙うより、単純に何を召喚するかに興味を持ったのだろう。
そして、召喚されたモノを粉砕した後に迎撃する気だ。
だが、その考えは甘い。
今から召喚するものは並大抵の神経じゃ耐えられないものだから。
「其は、黒い光。其は、光沢の羽。其は、無数に蠢く。其は、素早い動き。其は、鋭い触角。其は、小さきモノ。其の名は遥か古より伝わりし、太古の遺物」
「……なんだ?」
目の前の空間が徐々にその形を変えてくる。
そして、ザザッと何かが動く気配。
できれば、オレも見たくは無いが……。
「すみません。オレの勝ちですよ、水尾さん」
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