お絵描き同盟
「どうした? ツクモ……」
先ほどから手を止めて仏頂面になり、一点を見据えているツクモに声をかける。
「いや、いろいろ言いたいことはあるんですけどね。何から言えばいいのやら」
「ふむ……。シオリをカズトに取られているのが不満か?」
俺は分かりやすい反応を見せるツクモを揶揄うようにそう言う。
どこか、自分の感情を持て余しているようなそんな表情だった。
「いえ、目の届く範囲にいてくれるので、そこは大丈夫なのですが。ただ……」
そこでツクモは一息つく。
「ただ?」
「なんでそんな見えるところでやってんだよ! お前ら!!」
そこでツクモはシオリとカズトが座っている方向に向かって叫んだ。
彼らはドコで意気投合したのかは分からないが、数日前からここを作業場にしている。
見たところ絵を描いているようだが、俺は絵について、専門ではないので良く分からない。
「だって、高田さんがどうしてもここが良いって言うし」
「九十九がトルクスタン王子殿下と約束したのは、『わたしがいる時』だったし、ここにいれば、薬草描きの方もできるから」
二人はほぼ同時に答える。
だが、答えを聞いた限りでは、シオリの意見の方が主導のようだ。
「俺たちのことは気にせず王子の酔狂な趣味に付き合ってくれ。その方が犠牲も少なくて済む」
「従者の反応がそれで良いのか?」
「この部屋にいれば、サボりにはならないので」
そう言って、また各々の分野に戻った。
シオリとカズトは絵を描くという共通の趣味があって、その作業場をここにしたいという申し出があったのが数日前。
この部屋は広いし、邪魔にならないだろうと許可をした。
何より、俺自身は、ツクモと薬品の調合を続けたいのだから、断る理由もない。
ツクモはこの城に来てほんの数週間で既に俺以上に薬草学を身につけたと思う。
流石はあのユーヤの弟といったところか。
元々持っていた知識に加え、今までの経緯を記した書物からも身に付け、さらにその結果から新たな試みを始める。
薬学は魔法契約の失敗以上に発生する危険が発生する頻度も高い。
だが、臆することなく次々に新たな薬品に手を出す度胸もなかなかだった。
記録も詳細に渡って付けており、書記としても申し分はない。
できれば、ずっとここに留まって一緒に研究を続けてもらいたいぐらいだ。
「ただの護衛なら何も考えなくて、良いのだろうがな」
「王子殿下はあの女の真の恐怖を知らないからそんなことが言えるんですよ。目を離すと必ずトラブルに巻き込まれてるんですから、おちおち目も逸らせない」
俺の言葉にツクモは疲労感を漂わせながらそう言った。
その割に、ユーヤはそこまで過干渉はしていないように見える。
以前、この国へ来た時、自国の王子からは、ほとんど離れずに側に傅いていたぐらいだ。
女の主なら、それこそずっと側にいて昼夜も付ききりで護るタイプだと思っていたのだが。
尤も、このツクモもずっと付きっ切りというわけでもなさそうではある。
ツクモがシオリの側にいるのは俺が知る限りでは、自室を離れる時だけのようだ。
完全警備と言う意味では自室こそ危険があると言って、側にいるべきだとも思うが、そこまではしていない。
「目の届くとこにいてもいなくてもあまり変わらないような気もするが」
「少なくともオレの精神は安定します。見えないところで何かされるよりは見えるところで何かしているところを監視できる方が良い」
薬品を混ぜながら、九十九はそんなことを言った。
「面倒な性格だな」
「自分でもそう思いますよ。完全に無視できればもっといいはずなのに」
「それでは、護衛の意味がないだろう?」
「自分から厄介ごとに巻き込まれる人間の護衛をしていたら、本当に神経が磨耗するんですよ」
良く分からないが、まあ、いろいろあったらしい。
ツクモの疲れた顔を見ているとあまり詳しく聞きたくはなくなってくる。
自国の王族から追われる身となった母子の話は、セントポーリア城で、ユーヤ自身の口から聞いていた。
そしてそれを護るために、自分たち兄弟が近くで護っていることも。
数年前は、人間界と言われる場所にいたはずだったが、いつの間にか戻ってきていた。
その上、他国の王族であるミオまで巻き込んで、自国の王族から逃亡生活をしている辺り、やはりそれなりにいろいろなことがあったのだろう。
セントポーリアの国王陛下はこの国の国王陛下と同じように浮名を漂わせていないから、それまではお家騒動というより、王妃殿下の私怨で追われていたようだが、それに最近息子も絡んできた辺り、またいろいろと複雑な事情がありそうな気配はする。
ユーヤが護っているという娘。
以前、話に聞いていた限りではもっと儚げな印象があったのだが、実際に会話してみて驚いた。
確かに、遠慮深いところはあるが、頭の回転は悪くなく、小柄で可愛らしい外見に反して、かなり物事をはっきりと口にする。
どこかぼんやりとしているように見えるのだが、意外と、ちょっとした細かい点にまでよく気が付く。
まるで昔のミオやマオを見ているみたいだ。
いや、アイツらはぼーっとしたところも遠慮も慎みも皆無だが。
そして、何よりも魔力が強い。
王族であるこの俺が嫉妬してしまうぐらいに。
ユーヤもツクモも魔力は強いが彼女の魔力はそれ以上のような気がする。
魔力感知能力がそこまで長けていない俺でも分かる。
日頃、感じる体内魔気は抑えられていても、魔法を使う瞬間は誤魔化せない。
普通の人間が魔法国家のトップクラスに値する人間と魔法勝負をして、あれだけの攻防を繰り広げることなんて不可能だ。
しかも、俺の結界にあった衝撃。
あんなことができるのは、魔法国家の王族であるミオぐらいだと本気で思っていた。
案外、自国の王族に狙われる理由もその辺りにあるかもしれない。
あの王子は魔力が強い人間を毛嫌いする子供のような部分があるから。
だが、その辺は聞かないで置こう。
必要ならばユーヤが話すだろうし、話さないということは俺に話す必要がないだけのことなのだから。
「で、王子殿下」
「なんだ?」
ツクモの声で、思考を現実に戻される。
「この前の薬品、カルパスの代わりにヤドゥーでもいけそうですけど、どうします? ヤドゥーならこの苦味も緩和されて飲みやすいとまでは言えなくても、飲めないことはないって位には変化しますが」
「いけるなら、そっちでも。服用するための薬品は飲んでもらわなければ意味がない。加えて、ツクモが今、改良中の薬品は何かと役に立ちそうだからな」
「コレが……ですか?」
「ああ、役立つ」
ツクモは不思議そうな顔をして目の前の緑色の液体を見ていた。
つい昨日までは黄緑色だったソレは、使用する薬草が変わったせいか、緑色が濃くなっている。
恐らくは、この薬品の効果は、今まで作った薬品の中では飛び抜けた効果を持っていることは間違いないだろう。
完全魔力遮断効果や、感知魔力微弱反応効果、存在遮断効果等の魔力に関するモノとも違う上、容姿、性別変化効果、発毛や育毛効果等の見栄えが完全に変わるモノとも違う。
完全なる別人になる薬……、特定の人間にはかなりの需要があるだろう。
「何人に試してみました?」
「10人かな。お前たち含めて。まだ被験者としては物足りないが、もう少しマシにしてからもっと試して反応を見ようとは思っている」
薬は、人間に効果が出るかを試さなければいけない。
勿論、毒薬かどうかは他の生物で試してから使用するが、薬自体は人間に効果がないと意味がないのだ。
「それにしても……、このサボ……じゃない『棘のある植物』も災難ですね」
そう言って、ツクモは目の前にある緑色の植物が入った鉢植えを軽く突付く。
「薬を作るたびに、始めから動物に与えるわけにもいかないだろう。俺だって犠牲は少ない方が良い。その点、この『薬品判定植物』なら今までにどの薬にも耐えてきた」
「それも凄いですね。人間界の薬でも生きていられるのでしょうか?」
「イズミが持ち込んだ『ノウリュウサン』、『エンサン』では、針が飛び出したな」
特に「ノウリュウサン」の時の針の飛び出し方は凄かった。
そのまま、針が武器になりそうな勢いだったと思う。
「何故、その系統の薬で試したのですか? もっとこう人体に明らかに影響のある薬を選べばいいものを……」
「始めから効果の分かっている薬を調べても面白くない」
人体に害がないと分かっている薬をこの植物に与えても意味はないのだ。
「いや、今、上げた薬品の効果もある種、分かりやすいですが。そんな薬品にも耐えるのは良く分かりました。……って、どうやって入手したのですか?」
この「パーシチョプス」という植物は、俺が知る限り魔界一頑丈な植物だ。
生き残りに長けた植物とも言う。
旧き書にもその記述があることから、その生命力には目を見張るものがあるが、繁殖能力は低いため、一部を除いてあまり群生することはないようだ。
その特徴として、害のあるものが近付くとこの丸い形状の植物が針を出して身を護り、逆に養分となりうるものが近付くと紅くなる。
毒にも薬にもならない場合は無変化らしいが、今までにそんな状態は見た事がない。
必ず大小や量の差はあっても針が出たり、微量ながらも紅く変化したりするのだ。
俺の名誉のために、紅くなった時以外に動物実験や人体実験はしたことがないことだけは追記しておく。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




