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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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あの時あの場所で

「つ……、疲れた……」

「そうだな。何だろう? 勝ったはずなのに、なんとなく負けた気分なのは……」


 どうやら、九十九もわたしと同じ気持ちだったようだ。


 あれでは勝った気がしない。


 カラオケバトルも無事(?)終わり、わたしと九十九は並んで歩いていた。

 日も暮れて、街灯が映し出す影も同じように並んで見える。


「「ところで……」」


 お互いに切り出そうとした声が重なった。


「あ……」


 九十九がなんとなく、ばつが悪そうな顔をする。


「いいよ、九十九からで。わたしの荷物を持ってくれているし」


 良いって言うのに、彼はわたしが持っていた大量の荷物を全部引き受けてくれた。

 重さはないけど、いろいろと嵩張っているので持ちにくいのに。


 因みに当人の卒業式後の荷物はもう持って帰ったらしい。


「そうか……。じゃあ、遠慮なく」


 そう言って、少し間を置く。


 でも、その先、彼が言いたいことはなんとなく分かっていた。


「今日、あの場で何があったんだ?」

「やっぱり……、そのことだよね」


 わたしは肩を竦めた。


「今回は覚えているんだな」

「そりゃ、お手紙を頂きましたし」


 忘れていたはずの通信珠とその横に添えられていた手紙。


 それには慌てて書いたような文字でこう書いてあったのだ。


『後で話がある。 ―――― 九十九』


「覚えているなら、話が早い。説明してもらおうか」

「それは構わないけど、家に着いてからで良い? ちょっと気になることもあるんだ」

「気になること?」

「それに……、魔法とかの話をこんな歩きながら話すわけにはいかないでしょ?」

「……まあ、傍目に見たらイタイ中学生だな」


 そんなわけで、わたしたちはわたしの家に向かった。

 いつまでも、九十九に荷物を持たせたままでいるのも心苦しいし。


***


「さて、聞かせてもらおうか」


 わたしの家に着き、客間で荷物を下ろすなり九十九が切り出す。


「気が早いな~。せめて、これらの花を飾る暇ぐらいくださいな」


 せっかく、いろんな人からもらったのだ。

 このまま放置はあんまりだと思う。


「あと、制服のままなんで着替えぐらいはさせてよ」

「分かった。そう言えば……、着替えてなかったな。窮屈なわけだ」


 そう言って、九十九は一瞬で制服から私服に着替える。


 魔界人って……、なんかずるい。


 わたしなんか、わざわざ、別室でもぞもぞとしないといけないってのに。

 なんで、自分の家でこんなに気を使う必要があるんだとも思う。


 まあ、それは仕方ないのだけれど。


「魔法ってそ~ゆ~とこ、便利で良いよね」


 とりあえず、お茶を出しながら九十九に言う。


「そ~ゆ~とこ?」


 お茶請けに出した煎餅に手を出しながら、九十九は反応した。


「着替えとか、荷物を運んだりとかするのが楽じゃない。移動にしても、一瞬で遠くまで行けるし」

「いろいろと制約はあるぞ。なんでも出来るわけじゃねえ」

「魔法使いなら何でも出来るんじゃないの?」

「例えば着替え……。当たり前だが自分の私物しか着替えは出来ない。私物にしても手に入れたばかりのものとか、人からもらったものとかはすぐには馴染んでないから難しい」

「そうなんだ」


 でも、馴染むってなんだろう?


「荷物の転移もそうだ。だから、お前の持ち物は持って帰っただろう?」

「そう言えばそうだね」


 その辺は全然気にしなかったけれど、言われてみればそうだ。


「移動も、魔界ならもっとマシかもしれないが、人間界では近距離しか移動できないな。大気魔気が微量過ぎる」

「近距離って……、結構な距離を移動している気がするんだけど?」

「前にも言ったと思うが、人間界なら10キロぐらいの距離かな、オレが移動できるのは」

「十分だと思うよ? 10キロならタクシーが要らない」

「自転車で移動できる程度だぞ?」

「一瞬でゼロになるんだから自転車とは比べようがないよ」


 尤も、車……、新幹線や飛行機でも勝負にならないんだけど。


「だから、今日のも正直、ギリギリの距離だった」

「そっか……。ありがとう。九十九が飛んできてくれなかったら……って、あの後、どうなったの? なんで全部戻ってたの?」


 九十九の手紙がなければ、夢だと思うところだったくらい、完璧に元に戻っていた。


「わたしの怪我を治してくれたのも九十九でしょ?」


 あの時のわたしは、あちこち火傷したり、出血したり、痣が出来ていた気がする。制服だって、ボロボロだったはずだ。


 だけど、九十九は別のことを口にする。


「右手」

「へ?」

「出せ。また怪我してただろ」


 九十九に言われて思い出す。


 言われてみれば、怪我をしていたのだった。


「あ……、でも、マイク持てる程度だったし」

「良いから、出せ」


 まあ、折角、治してくれるって言うんだから、これ以上拒むのも申し訳ない気がする。


 わたしが素直に手を差し出すと、九十九は無言で治してくれた。


「なんか……、治癒ってその部分がぞわぞわ、じんじんするね」

「自己治癒を促進しているだけだが、馴れてないと違和感はあるかもしれないな。」


 九十九のおかげで、傷一つない手に戻る。

 痕すら残っていない。


「治癒魔法にも制約はあるの?」

「死んだら蘇生不可。オレは得意なわけじゃないから、止血とかそれぐらいだな。あと、生命力そのものが低下してると、本人の自己治癒も低下してるから効果は薄い」

「ゲームや漫画みたいに単純じゃないのね」

「ゲームのは反則だよな。あれは驚いた。打撃攻撃後も火炎魔法後も氷結魔法後も魔法力以外の制約なしで回復魔法や蘇生魔法。普通傷跡とかのことを考えてそれで対処していくはずなんだが……。でっかい魔法の後の疲労とかも計算されてないのが多いし」


 いろいろ考えられるらしい。


「まあ、フィクションだし。……誰でも使えるの?」

「魔法ってのは割と面倒な手順があってな。一番大事なのは契約が出来るかできないか。契約しても、相性で効果が異なったりもする。オレのは自他共に治癒できるけど、兄貴の治癒魔法は破壊魔法……、いや、粉砕魔法?」

「……治癒の真逆なんだね」


 言葉を聞いただけでも想像できてしまう状態と言うのは、それって大変危険な魔法なのではないのでしょうか?


「で、さっきの話に戻るが、あの場を直したのは、あの紅い髪の男の取り巻き。以前会ったあの3人組みたいなヤツらだった」

「へ?」

「お前の身体と服をなおしたのはあの紅い髪の男だったがな」

「……なんで?」


 あの紅い髪の人の考えていることが本当に理解不能だ。


「まあ、ある種の証拠隠滅ってところか? あの体育館全体を覆う結界も張ってあったみたいだからな」

「それで、なんでそんな自分で火をつけて消火するみたいなよく分からないことをするの?」


 それって、結構、無駄なことじゃないのかな?


「簡単に説明はしたかもしれんが、魔界人の行動は基本的に住んでいる人間たちに害がないようにしなければいけない。魔界人同士のいざこざも表沙汰になったら大変だ。昔ならともかく、今、人間が行方不明になったとしたら、様々な手段で捜そうとするだろ?」

「まあ、警察とかいるしね」

「記憶……、記録等の情報操作も限度はある。問題が大きくなって、魔界人の存在がばれてみろよ。人間……、地球人には魔法がないが、それにかわるもんがあるだろ?」

「魔法に替わるもの……、科学?」


 この世界では、科学が発展し、その代償に魔法などの神秘の力は失われていったというのが、ファンタジーのお約束だった。


「そ。それでなくても魔気の守りがない状態のお前みたいなヤツは転んだだけでも傷を負う。オレだって無防備状態の時、包丁で心臓を一突きされたら死んでしまう確率が高い。その上、銃火器や核なんてものを持ち出されてみろよ。一対一ならともかく、多対一なら魔界人でも笑えるぐらいあっさり負けるだろうな」


 なかなか物騒な話だけど……。


「でも、その場にいる人を消し炭には出来そうだよ?」


 あの紅い髪の人はそれぐらいはやりそうな印象だった。


「仮に100人、無傷で人間を殺したところで地球上には何十億と人間はいる。魔界と地球の全面戦争はありえないから、地球にいる魔界人と地球人……。魔界人にだって体力、魔法力の上限はあるんだ。力を使い切ったところでズドンとされるだけだろうな」

「う~ん。本当に怖いのは人間ってこと?」

「まあ、無抵抗の人間に手を出した時点で、他の魔界人が粛清に来る可能性のほうが高そうだがな。それだけ、魔界人の存在は秘密にしたいもんなんだよ」

「まあ、魔法使い……っていうより、異星人がその辺でうろうろしていたら、世界中も大騒ぎしそうだしね。某大国とかから黒尽くめの人がいっぱい現れて強制連行……」

「その想像力はどうかと思うが、そんなところだ。あの紅い髪の男も無茶苦茶なことはしているようで、ある程度魔界人の暗黙規則(ルール)に従って動いているってことだな」


 九十九はそう結論付けた。


「そ~ゆ~意味では常識人?」

「常識人は魔界人を燻り出すためだけに結界張ってまで大事(おおごと)にはしない」

「うぬぅ……って、九十九は彼の目的を知ってたの?」

「多少、会話はしたしな」


 驚いた。


 本当のところ、九十九が来て、魔法使い同士の激しい戦いがあった後、九十九が勝利してあの場を完全修復したとばかり思っていたのに。


 でも、彼らが多少の言葉を交わして、紅い髪の人が全てを修復して何事もなかったかのようにその場は収まったとかって普通は考えないよね?


「まあ、今回ヤツらの目的は魔界人捜索にあって、お前はオマケだった感じだから正直お前が襲われたというカテゴリに入れていいかどうか微妙なんだが……、そもそもどうしてああなったんだ?」

「へ?」

「あいつらが行動する前に通信珠でオレを呼べば、あそこまで大事にならなかった気もするんだが? 現にオレが結界破って進入しただけであっさり撤退したわけだし」

「そ、それは……」

「?」

「通信珠をね? 忘れちゃったの……。その……、昨日、九十九を呼び出したまま、部屋においてきちゃって……」


 わたしがそう言うと、九十九は黙ってしまった。


 ……その沈黙が怖いです、九十九くん。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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