同盟、締結
機械国家カルセオラリア城に来てから二週間。
九十九がトルクスタン王子の助手になってからは一週間ほど経過した日のこと。
「高田さん!!」
「ん?」
今日は朝早くからいた薬品調合の部屋から、水尾先輩が待つ魔法ぶっ放し放題の部屋に移動している時に、少しばかり懐かしい呼び名を聞いた。
わたしのことを「高田」と呼ぶ人間はいるけど、「高田さん」と呼びかける人間は減って久しいのだ。
余談だが、わたしたちはあまり「エアロ=シューティングスター」を急ぎの時以外は使わないようにしている。
雄也先輩に言わせると「あまりに速すぎるものは些細な変化を見落としがちになる」とのこと。
この城には、セントポーリアの王子殿下だって来ることがあるのだ。
確かに油断はできない。
「何? 湊川くん?」
そこには、人間界で出会った湊川くんがいた。
なんとなく会う時はいつも、黒川くんとセットなイメージが強いので一人だけの彼を見るのは珍しい。
「ちょっと、高田さんに話があるんだけどいいかな?」
なんだろう?
心当たりはない。
薬品調合の部屋で、トルクスタン王子の助手を務めているのは九十九だしね。
すぐ横にいる九十九に目をやる。
「オレがいちゃまずいのか?」
「……まずくはないけど……、理解を得られるとは思わない。」
「どういうことだ?」
わたしにも分からない。
ただ、なんとなく、彼が言い辛そうにしているのは分かる。
「九十九、先に部屋に行ってくれる?何かあったら、呼ぶから」
「しかし……」
九十九が躊躇う。
この城は基本的に部屋を越えるような移動魔法等は使えない。
実は、伝心魔法も使えないとかいう話だ。
唯一の連絡手段は通信珠くらいとなる。
九十九やリヒトはその例外らしいけど、そのことをあまり他の人に知られたくはなかった。
「それなら、話が聞こえない程度に離れてくれる?」
わたしが妥協案を出すと……。
「……分かった」
九十九はしぶしぶながら従ってくれた。
そうして、九十九に50メートルくらいの場所まで離れてもらう。
あれぐらい離れてくれたなら声も聞こえないだろう。
その距離なら、何かあっても目で見えるし、九十九の速度なら100メートルくらいはほとんど無いに等しい。
この城は、壁を越えなければ、普通の移動魔法を使うことだってできるのだ。
「で、話って?」
彼とは、中学校が一緒だったが、クラスは一度も同じになったこともないので、話したことなんてほとんどなかった。
記憶にある限りでは、卒業式の日に話したのが一番長いぐらいだろう。
そんな彼が、わざわざ呼び止めてまでわたしに「話がある」というのに興味が湧いた。
しかも、九十九から「理解を得られない」ような話って、一体なんだろう?
だけど、彼は言いにくそうに下を向いている。
どう切り出そうか迷っているのは分かるけど、これには少し困った。
「湊川くん? 話してくれないと護衛を離した意味がないのだけど……」
……というか、わざわざ遠くに追いやっておいて、何の収穫も無かったら、流石に九十九もキレると思う。
他国であまり問題行動は起こすなと雄也先輩に言われているけど、九十九はそんなに気の長い方じゃない。
尤も、水尾先輩に比べれば大分、長いのだけど。
それでも、彼は一向に話をしようとはしない。
困ったな……。
「一応、人を待たせているから、話がないならもう行っても良い?」
勿論、九十九のことではなく、もっと気の短い水尾先輩のことだ。
今の時間は、魔法が使える部屋にいるはずだが、彼女は別に待っているわけじゃない。
わたしが行かなくても、一人で鍛錬する人だから。
単純に、水尾先輩も一人で魔法を放つよりは、的がある方が集中できると言っているので、付き合っている面もある。
たまに、真央先輩や雄也先輩も来るけど。
「あ、あの!!」
顔を真っ赤にして、彼はようやく口を開いた。
まるで初心な少年……といった感じではあるが、卒業式での黒川くんとの会話や、中学時代に耳にした噂を思い出す限り、彼はそんなタイプではないと思う。
「高田さんって、絵を描くって聞いて……、その……」
「は?」
「い、いや、その描くことに興味があるってその……、えっと……、どれくらい好きかな~って。いやいや、そんな深い意味があるんじゃないのだけど……」
身振り手振りを交えながら、しどろもどろな口調の湊川少年。
だから、彼の言いたいことはなんとなく分かってしまった。
これは、アレだよね。
九十九に初めて「漫画を描くことに興味がある」と告げたわたしみたいだ。
「絵を描くことは好きだよ。下手だけどね。湊川くんの絵も巧いよね。悪いけど、トルクスタン王子殿下に見せてもらった」
「や、やっぱり!? どれくらい好き?」
そんなわたしの言葉に対して、食い気味に反応する彼。
柔道着が似合いそうな大柄な体格だから、少し前のわたしなら怖かったかもしれないが……、恭哉兄ちゃんほど高さはないから、幾分、マシだと思う。
「計ったことはないけど……、音楽か美術か、書道の選択授業の時、美術を選ぶ程度には好きだよ。ほとんど我流だけどね。湊川くんは専門的に習ったの?」
少し、言葉を濁しつつ、そう答える。
「いやいや! 俺も我流!」
「どれくらい絵は好き?」
「テスト中に問題用紙の裏についつい描いてしまう程度には」
その反応は既に自白に等しい。
テスト中に問題用紙の裏に描けるような絵。
……それはイラストぐらいだと思うのは、偏見でしょうか?
「あ、それ、経験あるよ。解答用紙に描いちゃうと慌てちゃうよね」
それでも、互いに決定的な言葉を口にはしていない。
大体、話題を振ったのは彼からだ。
わたしが答えを言っても仕方ないだろう。
勘違いだったら、恥ずかしいし。
「それで、わたしが絵を描くことを好きだったら何かあるの? トルクスタン王子殿下のように薬草を描けば良い?」
「いや、そ~ゆ~のじゃなくて……、その……、漫画とかに興味はあるかな~って」
「漫画?」
「退く?」
わたしの様子を窺うように、彼はそう確認する。
わたしが九十九に告げた時よりも、勇気が要ったのではないかな?
人間界にいた時からの顔見知りではあるけど、そこまで親しくはなかったから。
それに、わたしはすぐに言えなかった。
二年以上、近くにいて、ようやく彼に言うことができたのだ。
「いや、退かない。漫画読むのも描くのも好きだし。学生時代、ノートに描く程度だったけどね。ノートは魔界に来るとき処分したけど」
あんな人に見られちゃマズいもの、残してはおけない。
「マジ!?」
分かりやすく、彼の顔が喜びに満ちた。
「うん。」
「じゃ、じゃあ、俺と描かない?」
「は?」
突然の申し出に、目が丸くなった。
「俺、人間界で初めて漫画ってのを読んですっげ~感動したんだよ。それで、人間界にいる間にいろいろ勉強してその技術とか資料とか持ち帰ったんだけど、同志がいなくって」
「黒川くんは?」
「アレは駄目。読む専門」
湊川くんは、残念そうに首を振る。
「人間界から還って二年以上経つんだけど、それでも未だにこう情熱が冷めないんだ。で、王子がたまたま高田さんの絵を見せてくれて……。でも、女の子って漫画を読んでも、描くことに抵抗ある子の方が多いから」
その気持ちはよく分かる。
まあ、趣味で漫画を描く人ってオタクって呼ばれて敬遠されがちだからね。
どんな形でも趣味があって、そこに情熱を燃やせることは、凄いと思うのだけど。
「わたしは本格的に描いたことはないよ?」
「大丈夫、大丈夫! 漫画が好きで、描きたいって気持ちがあるなら!」
ああ、その気持ちはよく分かる。
「それと、条件がいろいろ付いちゃうけどそれでも良い?」
「おっけ~おっけ~!! 高田さん、愛してる~!!」
そう言って、彼はいきなり両手を広げて、接近すると……。
『神 速の光 弾』
同時にそんな声がして……。
「あぢっ!!」
彼はいきなりその場を離れた。
「……ったく、油断も隙もねえ。……っつ~か、お前が油断しすぎ! ちっとは警戒心を持て」
凄く不機嫌な顔をした九十九がすぐ近くに立っていた。
「いや……、今のは不可抗力でしょ」
特に邪な理由があってのことじゃないし。
だから、わたしの自動防御も働いていないのだ。
「用が済んだら、とっとと行くぞ。水尾さんが待ってる」
「あ、まだ済んでない」
頭を抑えている湊川くんに近付く。
「大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。……にしても、高田さんの彼氏はかなりの焼餅焼きだね。苦労してるだろ?」
「か?」
なんか久しぶりに聞いた単語だ。
「ちょっと抱きしめようとしただけで結構な魔法をぶっ放すんだよ? ソレってただの護衛じゃないよね?」
「ただの護衛だ。大体、初対面時からアレだけ露骨な会話をしといて邪な人間じゃないって誰が証明してくれんだよ」
どうやら、九十九からは警戒対象らしい。
……というより、この国に来てから九十九は妙にピリピリしているような気がする。
「う~ん。痛いところを。でも、彼女はそう言う対象じゃない。謂わば、同志だ! 数少ない同志を自分から捨てるなんて馬鹿なことはしないよ」
得意そうに言う湊川くん。
「……なんだ? その同志って?」
九十九がチラリとわたしを見る。
「お絵描き同盟」
「は?」
九十九がさらに訝しげな顔をする。
「より確実な絵の技術を学ぶための同志ってとこだよ、九十九」
「は~、なるほど。そういえば、一般人にも分かりやすいのか」
「はあ!?」
わたしたちにしか分からない会話に、九十九がますます眉を顰める。
「ただ、湊川くん。わたしはトルクスタン王子殿下と、この九十九のいるところ以外では、描くつもりはないけどそれでも良い?」
「え?」
湊川くんの目が丸くなる。
どうやら、それは彼にとってはあまり望ましくは無いようだ。
「だから、あの薬品調合したりする部屋かな。ここ3日ばかり、午前中はほとんどあそこにいるし」
「あの部屋なら広いから良いけど、高田さんは人前で描くことに抵抗はないの?」
「ないよ」
きっぱりと言う。
最近は、道具の関係で九十九の前でイラストを描かされることが増えたから、その辺りは今更である。
まだ漫画を描く姿は見せてないけど……。
それに、既に何度もトルクスタン王子殿下の前で薬草の絵も描いていることだから、そこまで拒絶感はない。
わたしにとっては、漫画の絵も、薬草画も大差は無いのだ。
「高田さんがそう言うのなら」
彼も渋々承知した。
「薬草でも描くのか?」
「後でちゃんと話すよ」
一人事情を飲み込めてない九十九は、怪訝そうな顔でわたしに言った。
本当のことを知ったら、さすがに驚くかな?
ここまでお読みいただきありがとうございました。




