主従の在り方
「何にしても、絵心があるのは良いことだ。俺の絵はカズトに言わせると『シュールレアリスム的な絵』らしい。言葉の意味は良く分からんが、褒められてない気はした」
ああ、人間界の言葉だからね。
そして、確かに褒めているとは思えない。
「シュール……、超現実主義な絵ですか……」
「え? 現実主義? ……シュールってデッサン狂ったヤツじゃねえのか? こう時計が溶けているような絵とか、妙に伸びた人間の顔とか」
具体的な例を挙げる九十九。
そして、その具体例は間違っているとは言えないのはわたしだけだろうか?
「……超現実、つまり現実を超えた空想領域のことだよ。非現実って言った方が分かりやすいかな」
まあ、それを言い出したら、魔法の世界であるこの世界も、ある意味「非現実」ではあるのだろうけど。
「つまり、カズトは遠回しに俺の絵は現実離れをしていると称したわけか。……って、やっぱり微塵も褒めてない!! あの男め! 俺が分からない言葉を敢えて使ってけなすとは……」
でも、シュールレアリスムはかなりの技術がいる技法だったはずだ。
素人が簡単に描けるようなものではないと思う。
尤も、写実的な静物画を描いたつもりがかなりの歪みを伴えば、そう評価もしたくなるかもしれない。
「それにしても……、なかなか口の悪い従者だな。仮にも仕えるべき王子殿下だろ?」
そんな言葉を九十九が言っても説得力ない気がするのですが?
わたし、あなたにかなり「阿呆」と言われていますよ?
本当のことだから良いって言うのかな?
「ああ、アイツは俺に仕えているわけでなく、王族……、具体的に言えば国に仕えているわけだからな。俺に払う敬意は最低限なんだろう」
「は~、国に……。じゃあ、端からオレと立位置が違うのか。道理で完全服従っぽくはないわけだ」
いやいやいや?
九十九も完全服従はしていない気がする。
いや、確かに服従しろとは言わないけど、時々、もう少し、わたしの扱いは考えて欲しいな~とか思うのですよ?
「イズミラル……、イズミもそうだな」
おっと、ここでもう一人の顔見知りの名前が登場したようです。
そして、どうやら黒川くんも、実際は長いようだ。
考えてみれば、水尾先輩も真央先輩も、実際の名前はもう少しだけ長かった気がする。
それに比べて、九十九や雄也先輩、ライトは短いね。
本当に魔名かは分からないけれど。
わたしも、実は長い……とか?
なんだろう?
シオリーヌとか、シオリアンとか?
「だから、俺より父上や第一王子である兄上の方が尊重されている。次男や妹は万一のための保険でしかないからな。万一のことが起きない限り、この国の人間は俺より父上や兄上の命令に従うだろう」
「王位継承権の順位ってことですね。まあ、普通、国ってのはそんなものなのでしょう。自分や兄は国に仕えているわけじゃないからその辺り、少し分からない感情ですけど」
九十九はそう言った。
「ユーヤも国じゃなかったのか? それは、意外だな。会うたびいつも、『セントポーリアの王子』に傅いていたから、てっきりアイツも国に仕えているのだと何年も思い込んでいた」
「……違いますよ。兄貴の主は昔からずっとただ一人だけです」
今までの状況から考えると、雄也先輩の「本当の主」というのはセントポーリア国王陛下のことかな。
それならば、セントポーリアの王子殿下に従うのもおかしくはない。
さらに、「命呪」を受け入れ、セントポーリア国王陛下の血を引くわたしを護ってくれている。
なるほど……、そう考えれば、彼の言動も納得いくところが多いしね。
「ユーヤの主はただ一人。では、ツクモは?」
「オレも一人ですよ。ずっと昔から、それだけは変わりません」
穏やかに、それでもはっきりと自分の意思を言葉にする九十九。
普通に考えれば、九十九の主もセントポーリア国王陛下のはずだ。
ちゃんとお給金も出ているらしいし。
だが、何故だろう。
九十九の意思は、兄である雄也先輩とは少し違う場所にあって、それで「命呪」を受け入れた気がする。
そして、それはセントポーリア国王陛下に仕えるためではなく……、勿論、今のわたしに振り回される予定でもなかったのだろう。
「お前たちの関係は不思議だな。微妙なバランスで成り立っている気がする」
そんなトルクスタン王子の言葉は、恐らく的を射ているのだろう。
わたしも九十九もなんとなく顔を見合わせる。
「だが、良いな。形がどうであれ、ずっと一緒にいられる。例え、それぞれに伴侶ができた後でも……な」
「伴侶……? ああ、え? 結婚した後も?」
トルクスタン王子の言葉に、わたしは今更ながら考えて、想像してみる。
おかしい。
それぞれが結婚しても……、何故か、わたしの世話を焼いている九十九の図が見えた気がする。
「え、なんか嫌だ」
わたしは思わずそう口にしていた。
今、自分の頭に浮かんだ図を反射的に否定したくなったのだ。
「オレだって嫌だが、状況次第ではそうなる可能性もあるな」
トルクスタン王子の言葉を、九十九は平然と受け止めている。
「なんで? おかしくない?」
「おかしくはねえだろうが。オレや兄貴が特定の人間を恋人に持ったとしてもお前を護衛すると言う任務からは結局のところ外れないんだ」
九十九は溜息交じりにそう言った。
「できるかどうかは分からんがお前に恋人ができたときも同様だ。その恋人がお前を護れるようなやつじゃなければ、オレらの任務はこのまま続行する可能性は高い」
いや、何気に酷いこと言われた気がするけど、そこが本題じゃない。
「極端な話、わたしが恋人とのデート中に護衛とかもあるってこと?」
「オレだって、あまり野暮なことはしたく無いが、状況によっては否定できん。お前に特定の相手ができた時点で、この護衛任務を解かれる可能性もあるけどな」
「……そんな状況では、わたしに恋人なんて一生できない気がするよ」
余程、その神経が荒縄でできている人間でもない限り、監視付きデートなんて耐えられないだろう。
そして、わたしはあまり嬉しくない。
「そうか? 慣れると気にならなくなるぞ。護衛は空気みたいなものだからな」
そんなトルクスタン王子の言葉にはどうしても納得できない自分がいる。
……と言うか、慣れるほどそんな状況を経験しているというのも凄い話だね。
「お前よりオレの方ができねえって。兄貴みたいに器用ならともかくいつ呼び出されるか分からないようなトラブルメーカー的なお守りがいちゃ~、真っ当な恋愛はできんな」
「悪かったね」
心当たりがいくらかある分だけ、あまり強くは言えない辺りがすっごく悔しい!
「ユーヤが器用? アイツはかなり、不器用だろ」
トルクスタン王子は真顔で意外なことを言った。
九十九は一瞬だけ、目をぱちくりとしたけど……。
「そうですね。あることに関しては、あの兄は不器用なのかもしれません」
その王子の言葉に思い当たる節があったのか、少し困ったような顔で笑った。
弟だから、友人だから分かること。
それでも、今のわたしには分からなかった。
そう言えば、意外なほど雄也先輩のことって良く知らない。
一緒にいる時間はかなり長くなっているのに、わたしは彼のことを「知識と同じくらい謎の多い九十九のお兄さん」だと思っている。
そして、そのポジションは、この旅に出てからも変わることは無く、今までずっとその形状を保っていた。
彼が距離を置いているのか、無意識にわたしが距離を取っているのか分からないけど、九十九よりはかなり遠い位置にいることだけは分かっていた。
いつか、彼との距離も近付く日が来るのかな?
ずっとこのままの距離ってちょっとだけ淋しい感じがしますよ、雄也先輩。
わたしは、そんな風に、今、ここにいない人のことを考えたのだった。
今頃、くしゃみをしていなければ良いのだけど。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




