植物の絵
「え~っと、これが、『カリサクチェイン』……っと」
わたしが目の前の植物を見ながら、そう呟く。
「ほ~っ、シオリはなかなか覚えが良いのだな。俺は未だに『カリサクチェイン』と、『エクチマキリ』の区別が付かないのだが……。似すぎだよな、コレ」
害のなさそうな様子で、実はかなり恐ろしいことを言っている人がいる。
これがこの国の王子殿下なのだから、世の中って良く分からないとわたしは思う。
結局、わたしと九十九はトルクスタン王子の希望に応え、トルクスタン王子専用の部屋にて、薬の調合を手伝うことになった。
……とは、言っても薬の知識がほとんどないわたしは、目の前に差し出される植物をひたすら描き、たまに出来上がった薬を描き上げたりしている。
描く物がなくなれば、近くにある調合器具を描いたりもできるので、なかなかやりがいがある仕事……ではあるけど、真面目な顔していろいろ記録している九十九に比べれば、大分、楽な仕事のような気がしてならない。
九十九が、このトルクスタン王子の申し出を受ける前に出した条件は、「わたしを同室させること」、「わたしに危険がないように努めること」、「優先するのは主人」と実にわたし中心の条件だった。
護衛だから離れられないという理由で、彼はそう言っているのだろうけど、ちょっと過保護過ぎませんかね?
それを聞いたトルクスタン王子はニヤリと笑うと……。
「このシオリをこの城に一人で歩かせるのは心配なのはよく分かるから当然の話だな」
と、そう言った。
雄也先輩から、方向音痴なことを聞いているのだろうか?
「調味料にもなることが多い『カリサクチェイン』は、ここの茎部分に星状に広がる白い模様があるのです。そして、神経麻痺毒を持っている『エクチマキリ』はこの茎が二股に分かれているところから白く2,3本に枝分かれしています」
そう言いながら、ここ数日でスケッチした絵をトルクスタン王子に見せて、二種の薬草の違いを説明する。
それを見たトルクスタン王子は一言真剣な顔で呟いた。
「ツクモからの報告書を見た時から思ったが、シオリ……、肖像画家か?」
「はい?」
肖像画か?
いや、「か」が一つ多かった気がする。
「人物専門の絵描きのことだよ。ストレリチア城下の姿絵屋みたいなものだな」
九十九が、クリームソーダみたいな色と泡が混ざった液体を入れたガラス瓶を片手で振りながら答えた。
尤も、九十九はわたしが「肖像画家」と言う言葉を知らないとは本気で思っていない。
彼自身が、わたしに勧めてくれた職業だし。
単に、それをトルクスタン王子の前で言いたくないのだろうな……となんとなく思った。
「絵は趣味の範囲で描いていますが……、こんな風に専門的に何かの絵を描くことは無かったです。それに、こうして植物を描くのはかなり久し振りですね」
どちらかというと植物は苦手だ。
少なくとも、想像では描けない。
だから、しっかりとよく見て、葉脈の一本すら間違えることがないように描いているのだ。
「そうか。趣味でここまでというのはなかなかだな。それぞれの薬草の特徴をとらえているし、何よりも俺にも分かりやすい!」
「はあ……」
褒められているのだろうけど……、ちょっとだけ複雑なのは何故だろう。
トルクスタン王子曰く、この国にある薬草事典に載っているものは、どうも分かりにくいそうだ。
でも、わたしの絵の方が巧いならともかく、どう見たってプロの絵には足元にも及んでいない気がする。
色の塗り方もちょっと雑だと思う。
だが、魔界の画材に慣れていないという言い訳は絶対にしない。
単に腕の未熟だ。
「カズトルマ……、カズトもなかなか巧い絵を描くのだが、アイツはどうも余計な手を加えたり、逆に手を抜いたりする。ムラっけがあるというか……。だから、シオリがそうやって薬草の絵を描いてくれるのは助かる」
カズト……って、多分、湊川くんのことだよね。
でも……、実際の名前はワカのように長いようだ。
「カズト……さんも絵を描くのですか? 因みにどんな絵を?」
「見るか?」
そういって、トルクスタン王子は部屋の書棚の方へ行き、その中から一冊を取り出して、戻ってきた。
そして、わたしに差し出してくれる。
「見て良いのですか?」
本人の許可もないのに?
「この部屋にあるものは、俺の所有物だから問題ない」
なるほど。
……ってことは、いずれはわたしの絵も並ぶのだろうか?
そう考えると、ちょっと照れくさいね。
差し出された本を広げると、そこには植物の絵が描いてあった。
「うわ!? 上手!」
そんなわたしの声に、九十九も興味が湧いたのか、手を止めて、後ろからひょいっと覗き込む。
「確かに巧いけど、どっか違う気がする」
眉間に皴を寄せながら、九十九はなかなか辛辣なことを言う。
「そう? わたしは割と写実的だと思うけど」
ページを捲りながら、素直に感想を述べる。
彼の絵は描き込みも細かく、塗りも丁寧で、わたしの絵の雑さが目立っている気がしてきた。
いや、これ……。
わたしはいらないのではないですか?
「お」
数枚ページを捲っていくと、九十九が声をあげ、わたしの手も止まる。
件の二つの薬草が2ページに亘って見開きで並んでいたのだ。
「ああ、これは王子殿下の言った意味が分かるな」
九十九がそんなことを言った。
「へ?」
「確かに、このカズトってヤツの絵は巧いと思う。技術はあるし、お前より巧いのは素人目でも分かる」
「うん。すっごく巧いと思う。妙にリアルって言うか……。平面に描かれているのに立体感がある気がする」
これってかなり凄い技術だ。
恐らく、違いは陰影の使い方なのだろうけど……、それでも、わたしにここまでは描ける気がしない。
付け焼刃の技術で真似したところで、どうしても不自然になるだろう。
「でも……、肝心の薬草に関しては特徴がちょっと違う」
九十九はきっぱりと言い切りながら、絵を指さしながら、説明してくれる。
「確かに、一番はっきりとした差であるこの白い線の部分はしっかり描かれているけど、葉の形はこんなに鋭くない。色も、生草じゃなく、乾草……、もしくは保存液に入ったヤツじゃなければ、ここまではっきりした黒にはならん」
「葉の形はともかく、色については……、立体感を出すための技法だと思うけど……。油絵とか水彩とかだって違う色を使ってソレっぽく見せるようなものではないの?」
美術の時間に首を捻った覚えがある。
なんで、ここにこの色を持ってくるのだ? と。
でも、全体で見ると、それが不自然に見えなくなる絵画の不思議……。
「だから、王子殿下はそんな小手先の技法はいらねえって言ってんだよ。見たままの色、形、特徴を素直に表現しているお前の方が、薬草描きには向いてるってことだ」
「薬草は色の違い、葉の違いで大きく変わってしまうから正確に書いて欲しいといつも言うのだがな。これなんて、緑一色の葉なのにここに少しだけ紫色……。何故この選択をするのか、良く分からない」
九十九とトルクスタン王子の言葉には納得できる。
多分、湊川くんはわたしよりずっとしっかり絵の技法を勉強しているのだろう。
こうして本として見ると色とかが気になるかもしれないけど、絵画は遠くから見ることを前提にした絵も多い。
彼の技法は多分、そういった遠くから見る絵に向いているだけなのだと思う。
ただ……、依頼主の意向が分かっていて、それに近づけることをしないのは、絵に対する彼の拘り……なのかもしれない。
個人的には、少し、彼の話を聞いてみたくなった。
まあ、わたしの絵とは方向性がかなり違うのだけど、それでも、何かを得られるような気がするのだ。
でも、なんとなく、九十九は反対しそうだね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




