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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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【第35章― 趣味は人それぞれ ―】王子殿下からの呼び出し

この話から第35章の始まりです。

 機械国家カルセオラリアの城に水尾さんのおまけで、招待されて一週間。

 そろそろ今後の方向を決めなければならないと思っていた頃。


『九十九、ちょっと良いか』


 兄貴から連絡が入った。


 毎晩、定期報告はしているのだが、こんな昼間っからの通信は珍しい。


「なんだよ?」

『トルクスタンがお前と栞ちゃんに何やら話をしたいらしい』

「トルクスタン王子殿下が?」

『まずは話を聞いてやってくれ。その上で、嫌なら断れ』


 それだけを告げて、一方的に通信は切られた。


 せめて、今、どこにいるか。

 その場所ぐらい説明して欲しいのだが。


「雄也先輩から?」

「ああ。なんか、トルクスタン王子殿下がオレたちに話があるらしい」

「この前の報告書かな? やっぱり、絵を入れたらまずかった?」


 高田は不安そうな顔をする。


 一週間前、オレたちはトルクスタン王子殿下から渡された薬を飲んで、その服用経過報告書を提出していた。


 その日は、その後にもいろいろなことが起こりすぎて、その報告書を渡したことも忘れていたのだが……。


「絵は大丈夫だろう。分かりやすかったし」


 そう言いながら、オレは彼女の手元を見る。


 白い紙の上には、目の前にある焼き菓子を描いたものがあった。


「人物画はどうした?」

「静物画も描きたくなるんだよ」


 オレは、高田の描くイラストが好きだった。


 静物画は間違いなく上手いが、面白味はない。


 本当に、見たままの絵だからというものもあるだろうけど、できれば、人物画、特にイラストを描いて欲しいと思っている。


 上手いかどうかと言われたら、よく分からない。


 もっとうまい人間はいるという彼女の言葉に嘘はないだろう。

 でも、彼女の描く絵は、その人物の動きや表情も豊かで、好感が持てるのだ。


 描いている時に、高田が同じような表情をしている姿も見ていて楽しいし、何より、描き終わった後に、小さく拳を握る姿が本当に嬉しそうで、見ているこちらの口元まで緩ませていることに、彼女は気付いているだろうか?


「で、お前はどうする?」

「へ?」

「トルクスタン王子殿下の召喚依頼」

「断れないでしょう」


 水尾さんの付録としてお世話になっている身だ。


 確かに、オレたちに拒否権はない。


「あ~、でも……、リヒトに会う予定だった」

「リヒトに?」

「うん。わたしの絵が見たいんだって。だから……、この焼き菓子の絵を……」

「それなら、もっと良い題材を選べよ」


 人に見せる絵に、焼き菓子はないだろう?


「そんなことを言われても、リヒトの好みが分からなかったから、何を描けば良いか分からなかったんだよ……」


 少し、俯く彼女。

 道理で、先ほど描き始めるのに、時間がかかったわけだ。


「リヒトとは時間の約束は?」

「してない。描き終わったら……とは言っていたけど」

「じゃあ、連絡して描き直すから遅くなると伝えろ。静物画なら、せめて果物とかにしておけ。いくらなんでも、菓子はねえ」


 オレはそう言って、トルクスタン王子殿下に連絡をとった。


 彼がいるなら、私室ではなく、あの薬を服用した部屋だろうと思って……。


****


「シオリ、ツクモ。不自由はないか?」


 開口一番、トルクスタン王子はそんなことを言った。


「はい、不自由なく過ごしております」


 わたしではなく、九十九が返答する。


 そして、その言葉に嘘はない。


 午前中は、水尾先輩のストレス解消に付き合い、午後からはガッツリ絵を描いて、夜は「神舞」や「聖歌」を練習する。


 三食とも九十九が給仕してくれて、のんびり過ごす日々。


 ストレリチア城での怒涛の日々が嘘のようだ。

 いや、その中のほとんどは王女殿下に振り回された結果だった気もするけどね。


「お前たちに頼みがあるのだが……、特にツクモ。お前に協力を依頼したい」

「「はい? 」」


 トルクスタン王子の申し出に、九十九とわたしの声が重なった。


「ユーヤから聞いた。ツクモは、薬に対しての知識が少なからずある……と」

「はあ……」


 九十九はどこか曖昧な返答をする。


「それで、俺の薬品調合に協力してほしいのだ」

「薬品調合?」


 九十九が反応した。


「知っての通り、薬を作るのは俺の趣味なのだが、協力者がほとんど得られない状態なのは知っているな?」


 そりゃ……、あんな薬ばかり作ったら、大半の人は逃げると思う。


 早い話が「実験動物(被験者)」ってことになるからだ。


「そこで、ツクモに協力してほしいのだ」

「兄ではダメなのですか?」


 あ、九十九が逃げようとしている。


「前にユーヤに頼んだ時、フラれたんだよ。それで、三日前にもフラレた」


 王子殿下という立場の御方からの要請を拒絶できるのも凄いです、雄也先輩。


「兄に務まらないものが自分に務まるとは思えません」


 九十九は笑顔でお断りを始めた。


「じゃあ、ツクモ()諦めよう」


 ん?

 今、なんと?


「ツクモ……()?」

「ツクモだけが目的なら、シオリを呼ぶ理由はないだろう?」


 ニヤリとトルクスタン王子は笑った。


 あ、これ……罠だ。


 目的は九十九。

 そして、わたしを「餌」にする気だ。


 トルクスタン王子にがっしりと手を掴まれた。


「シオリ……、お前にも俺の薬の調合を手伝って欲しいのだ」

「でも……、九十九と違って、わたしには薬の知識がありませんよ」

「だが、お前には絵があるだろう?」

「え?」


 洒落ではない。


 わたしが短く聞き返した直後、九十九がやんわりとトルクスタン王子の手を外させる。


「主人を巻き込まないでください」


 トルクスタン王子に向かってにこやかな笑顔を向けながらも、口から出たその声は酷く冷たくて、どこか九十九らしくない気がした。


 気のせいかもしれないけれど、雄也先輩も九十九も、この王子に対して、少し厳しい対応をしている気がする。


 もともと友人だった雄也先輩はともかく、九十九がここまでの態度はかなり珍しい。


「目的は俺でしょう? そんな見え透いた手には従いません」

「いや、ツクモは調合の助手として欲しい。そして、シオリは、薬草などの記録を手伝って欲しいのだ」


 そう言って、にっこりと笑った。


 魔界人は基本的に容姿が整っている人間が多い。


 中でも断トツなのは間違いなく恭哉兄ちゃんだけど、単純な好みだけで言うならわたしはトルクスタン王子の方が好きな顔だったりする。


 でも、この笑顔にときめかないのは何故だろう?

 もしかして、わたしは美形を見慣れすぎたのか?


 いや、違うな。

 彼が心から笑っているわけじゃないからだ。


 雄也先輩や恭哉兄ちゃんのように含みがある笑顔とも違う。


 なんだろう?

 どこか空っぽな感じ?


 なんとなくだけど、心ここにあらずのような印象がある。


 しかし、困ったことにそんなところが、どこかあの人に似ている気がした。

 基本的な表情は全然違うのに、この瞳がそれを思い出させる。


「……どうする?」


 九十九がわたしの意思を求めてきた。


「今回は九十九が決めて」


 トルクスタン王子の目的は九十九なのだ。


「いや、オレはお前の意思に従う。お前の護衛だからな」


 うぬう……。

 いつものように任されてしまった。


「良いな、シオリは。俺もそんな従順な従者が欲しい」


 そんなことをトルクスタン王子が口にした。


 従順?

 九十九が?


 そんなことを思ったこともなかった。


 確かに彼は、過保護だとは思うことはあるけど……、それ以外の面で、わたしの扱いは、結構、酷い気がする。


 必要があったとはいっても、麻袋に詰めて肩に抱えるような人を「従順な従者」とはわたしは認めない。


「不満が顔に出ているぞ」

「おっと……」


 九十九に指摘されて、わたしは顔を通常に戻す。

 交渉の場において、これは良くないね。


「どうする? シオリ。お前の従者はお前に従うらしいが?」

「そうですね……」


 そう言いながらも頭にあるのは九十九の夢。


 彼は「薬師になりたい」と言っていた。


 でも、明らかにこれは、方向性が違うだろう。

 胃薬を作りたい人に育毛剤の研究所に入れと言うようなものだ。


「トルクスタン王子殿下は何故、薬を作りたいのですか?」

「俺?」


 わたしの質問は予想外だったのか、トルクスタン王子は少し、考えて……。


「俺は魔法で救えない人を救いたいと思った。それが始まりだな」


 先ほどとは違う笑顔で、彼はそう口にしたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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