夢の中で
―――― 夢を見た。
いや、これは引きずり込まれた……、というべきかもしれない。
「そうだよね。夢に入れる人だもの。夢に引きずり込むなんてわけはないか」
わたしがそう言うと……。
『人を夢魔みたいに言うなよ』
すぐ近くで、聞き覚えのある声がした。
「夢魔よりマシだとは思うよ。生命力を吸い取るようなことも、樹に吊り下げるようなこともしないから」
「……生命力はともかく、樹に吊り下げるってなんだよ? 夢魔相手にどんなマニアックなプレイを希望したら、そうなるんだ?」
目の前にいる人物は怪訝そうな顔をわたしに向けた。
「夢魔のお食事を邪魔しようとしたら、樹に吊り下げられたことがあった」
日頃はあまり、思い出せないけれど、夢での出来事だったためか、この場所でなら、はっきり思い出せる。
「……夢魔の食事? もしかして、お前、あの弓道部の男を助けようとしたのか?」
「ぬ?」
あの時、夢魔に襲われていたのは九十九だった。
ああ、でも……、元は弓道部だった松橋くんが飼っていた夢魔がきっかけだったっけ。
でも、そこまで彼が知らないのも無理はない。
「いろいろありまして……」
そんなわたしを見て、彼は呆れたように溜息を吐いた。
「ところで、今回の用件は?」
「用がなければ、お前に会いに来てはいけないのか?」
「あなたは、用がなければ、会いに来るタイプではないでしょう?」
少なくとも、本日は二回ほど現実で会っているのだ。
だから、「顔が見たくなった」と言うのは、理由にならない。
彼はその気になれば一方的にわたしの顔を観察できる立場にあるみたいだしね。
「そこで、少しぐらい顔を赤らめてくれたら、俺の気分も変わるのだが……」
「そんなサービスをする理由がない」
「……サービスって」
彼はなんとも言えない顔をするが、自分が赤面した顔って他人にあまり見られたいものではないよね?
「まあ、良い。用件だったな」
彼は気を取り直して、わたしに向き直る。
「邪魔が入らないところで伝えたいことがあった」
「邪魔……って、九十九のこと?」
まあ、それ以外に彼が「邪魔」と言いそうな人間に心当たりなどないのだが。
「お前の護衛、張り付きすぎだろう? いい加減、鬱陶しくないか?」
「九十九も、『ストーカー』には言われたくはないと思うよ」
九十九は護衛だから仕方ないとしても、ストーカーに張り付かれるのは問題外だろう。
姿を見せないだけ鬱陶しさもないのだけど、会うたびにストーカー遍歴を語られるのは流石に困っている。
「九十九は護衛だし、わたしが彼を付き合わせている面も多いから、鬱陶しさはあまり感じていない……かな」
彼らのおかげで、わたしの行動範囲は広いのだ。
多少の無理や我が儘でも聞き入れてくれる兄弟がいるから、わたしはわたしのままで、魔界でも生活していられる。
まあ、強いて言えば、九十九は少し、過保護……かな?
ちょっとしたことでも、治癒魔法を使おうとするので、心配になる。
「ヤツを恋人にすると、束縛されそうだぞ」
それは想像できる。
「彼の未来の恋人さんは本当に気の毒だね」
彼は強情だし、真面目だし、過保護だし……。
そんなわたしをどう思ったのか、ライトは溜息を吐いた。
「ここまで探りの入れ甲斐が無い方が気の毒だろ」
「どういうこと?」
「いや、気付かないなら、その方が俺にとっては都合が良い」
「??? 」
彼の言葉がよく分からない。
人間界では国語が得意だったのだけど、魔界に来てからはその自信もなくなっている。
とにかく、皆さん、何故か主語をぼかすのだ。
これって、頭にある自動翻訳機能のせいなのかもしれないけど、日本語のように、主語を省略したり、曖昧にしたりしてしまうような言語って……、多分、ないよね?
「まあ、座れ」
「……どこに?」
そういえば、夢の中で座れって言われたのは初めてかもしれない。
ほとんどは浮いているか、立っているかの二択だ。
「俺の膝?」
「うん、断る」
冗談だと分かるようなことを言わないでほしい。
「テーブルセットでも出せるか?」
「どうやって?」
「お前の夢なのだから、好きなようにいじくれるだろ?」
「……そうなの?」
なんと、これはわたしの夢の中だったのか。
つまり、いつも白い靄に包まれているのは……、わたしのイメージが貧困だったということなのかな?
夢の中……で、違う景色?
そう思い出して……。
「何故、桜の木が出てくる?」
「……何故だろう?」
なんとなく、夢の中で景色を変えるのにちょうど良い気がしただけなのだけど……。
「まあ、何もない殺風景な状況よりマシか」
そう言いながら、彼はそれ以上の要望をせずに、桜のような木の根元に腰かけた。
だから、わたしもその近くに座る。
「いや、なんで、そこなんだよ?」
「木の根に腰かけたら、あなたの顔が見えないじゃないか」
わたしがそう言うと、何故か彼は自分の額を手で押さえた。
いや、対話するなら相手の顔を見ることは基本だよね?
「じゃあ、お前がこちらに座れ。土ではなくても、何もない場所に女を座らせるのは俺の矜持に関わる」
「はあ……」
言われるままに、彼が座っていた場所に座る。
地面の方が、お尻は痛くないと思うが、夢のためかあまり感覚はない。
「九十九がいると話せないことって?」
改めて本題を切り出す。
「お前は前の夢のことをどれくらい覚えている?」
「ほとんど覚えていなかった……というのが、正直なところかな。わたしは、夢の中で起きた出来事のほとんどは、忘れてしまう性質があるようなので」
「……なるほど」
でも、夢に来て、いろいろと思い出した。
まあ、なんとなくそうなってしまう理由にも見当はついているのだけど……、今のところはそれが正しいか分からない。
「じゃあ、ここでの会話も忘れてしまうということで間違いないか?」
「一部は残っているっぽいから、全てじゃないけどね」
「残っているものの条件は?」
「不明」
そもそも忘れていたことも覚えていないのだ。
心に残ったことが何だったのかなど、思い出せるはずもない。
「でも、前回、夢で話してくれたことは、この場所なら思い出せるよ」
「ほう」
「去り際にされた余計なこともしっかりと覚えている」
「なるほど。それで、この距離か」
先ほどからわたしが距離を空けている理由に彼も気付いたようで苦笑いをしている。
「異性慣れをしていない身なので、その辺りはご容赦くださいな」
前回、彼が初めてわたしの夢に現れた時に、彼は別れ際に、わたしの頬にキスをしていったことを思い出す。
それも口に近い位置だった。
流石にあんなことをされて警戒しないほどわたしは呑気ではない。
「でも、あなたは同性でもオッケーな人だったね」
その意趣返しとばかりにわたしはそう口にする。
「まあ、あの男のことは、そこまで、嫌いでもないからな」
彼は涼しい顔でそう答える。
しかし、その答え……。
それはそれで、結構な問題だと思ってしまうのはわたしだけでしょうか?
「お前に振り回されて、気の毒だと本心から同情したくなる」
なるほど。
彼はわたしに喧嘩を売りに来たらしい。
「用件はそれだけならお帰りくださいませ」
「いやいや、まだ本題に入ってないからな?」
その場で一礼したわたしに慌てて、彼は止める。
「それに邪魔なのは、あの男だけじゃねえ。俺に『シンショク』している存在はどこに行っても邪魔してきやがる」
「……『シンショク』」
彼の左腕に広がっていた気配。
それは確かに現実でも広がっていたような覚えがある。
「流石に他人の夢にまで介入はできないみたいだがな」
「でも、その間に身体の『シンショク』が進んでしまうのではないの?」
「俺の魔力を餌にしているみたいだから、封じればそこまで大差はない。一晩程度の効果しかないけどな」
そう言いながら、彼は力なく笑う。
彼の話を聞く限り、シンショクの進み具合は想像以上に速い気がする。
そして、魔力を餌に……ってことは、それに直結しているはずの、体力と精神力も、ゴリゴリと削られているのだろう。
わたしはなんとなくそう思ったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




