例外の魔法
「九十九の……、魔法が?」
わたしはライトの言葉に首を傾げた。
確かに九十九はいろいろな魔法が使える。
もともと契約していた魔法に加え、水尾先輩からの知識によって、その種類は格段に増加したらしい。
でも、彼がその全てを見せてくれているわけではないので、わたしが知らない魔法も多いと思っている。
さっき、ライトに使ったと言われる魔法もその一つだった。
「そんな大層な魔法を契約した覚えはないが……」
九十九は眉を寄せる。
「相当優秀な指導者に恵まれていなければそんな戯言は言えん」
ライトはそう言い切った。
九十九は、幼少期より母の友人を師と仰いでいた。
同時にその人は雄也先輩の師でもある。
それだけでも、凄い人だってことが分かる。
さらにその雄也先輩自身も、魔法国家の王女殿下が眉を顰めるくらい優秀な人だ。
そして、その魔法国家の王女殿下こそが今の九十九の指導者でもある。
……確かに彼は恵まれすぎではないだろうか?
「優秀な師に恵まれたことは否定しないが、オレ自身は凡人だ」
「凡人が、そんな複雑な体内魔気を宿しているかよ。兄弟そろってどこの貴族の『落とし胤』だ?」
「そんなこと、オレ自身が聞きてえよ」
九十九の両親は彼に何も伝えないまま聖霊界へと旅立ったという。
彼にとっては切実な言葉だろう。
だが、ライトがそう問い質したくなる気持ちも分かる。
通り過ぎただけも含めて、いくつかの国を見てきたが、九十九や雄也先輩のように大きな魔力を持っている人間には会ったことがない。
わたしの感覚が間違っていなければ、この兄弟はジギタリス王族である楓夜兄ちゃんを確実に越えていると思う。
まあ、楓夜兄ちゃん自身は、ジギタリスの王族であることに間違いはないが、体内魔気はそこまで強くないとも言っていたけど。
「アルストロメリア? オルニトガルム? いや、やはり……イースターカクタスか?」
ライトはライファス大陸にある三ヶ国を羅列した。
「光属性の大陸にあるその三ヶ国の人間がなんで、風属性やってんだよ」
九十九にしてみれば、風属性の次に強い性質が光属性であるため、間違えられることは慣れている。
さらに彼の兄である雄也先輩の情報収集力をセットにすれば、情報国家イースターカクタスの人間だと思われることも珍しくない。
「昔から散々、シオリの魔力を浴び続けていただろう?」
昔のわたし?
「あれだけ見事に吹っ飛ばされ続ければ、自衛のために嫌でも魔法耐性が上がるはずだ」
「ちょっと待て。なんで、昔、オレがシオリに吹っ飛ばされていたことまでお前が知ってんだよ?」
その頃からストーカーしていたということなのだろう。
かなり年季が入っているようだ。
まあ、九十九たちに出会う前に、昔のわたしは彼に会っていたらしいから、それもおかしな話では……いや、おかしい。
普通の感覚では、そんな小さい頃から他人を観察し続けている行為と言うのはかなり変だと思う。
すぐにそこに思い至らなかった辺り、大分、感覚が麻痺してしまっていたようだ。
「それに兄が言うには、オレはシオリに出会う前から風属性だった」
「その兄が偽っていることは?」
「ない」
ライトの言葉を九十九はきっぱりと否定する。
「今の兄貴の嘘は分からんが、昔の兄貴はオレに嘘は吐けなかった」
ぬ?
嘘を吐かなかったではなく……、嘘を吐けなかった?
それだけ、昔の雄也先輩は今より分かりやすく素直なお子様だったってことだろうね。
何故か分からないけれど、なんとなく想像できる気がした。
「まあ、あんたたちの事情なんてどうでも良いか」
不意にライトはそんなことを言った。
「そう思うなら聞くなよ」
九十九が呆れたように言う。
「興味があることには追求したくなるタチだからな。こればかりは……、ずっと昔から変わらない」
「兄貴みたいなことを言うヤツだな」
ああ、雄也先輩は言いそうだね。
「だから……こうした時のお前たちの反応も大変、興味がある」
そう言いながら、ライトはわたしの背をトンと軽く押す。
彼がしたのはただ、それだけ。
でも、それだけで十分なことだった。
「あれ?」
不意に世界がひっくり返った。
微妙なバランスで足場の狭い塔の頂点に立たされていたわたしの身体は、素直に重力と引力に従って、落ちる。
石造りの塔の大きな目地が下から上へと流れていく。
あれ?
前にもこんなことが…………?
色褪せた景色が薄板を重ね合わせるように、交互に混ざっていく。
その中に紅い糸がいくつも見え……、その中に黒いナニかが覆う。
その黒いものは、ワタシの視界を遮って……?
「やられた!」
すぐ傍から聞こえたそんな九十九の声で、わたしの視界は色を取り戻した。
……とは、言っても、周囲は暗いため、あまり自分の視界が総天然色に戻った気はしないのだけど。
「九十九……?」
まだどこかはっきりしない思考の中で、彼の名前を確認する。
「悪い。アイツに逃げられた……」
そう言った九十九の声には、少しだけ怒りが混ざってはいるものの……、そこまで慌てた様子もなかった。
塔から突き落とされたわたしは、いつものように九十九によって助けられていた。
その間に、ライトはその姿を消したらしい。
どこまでも彼の足手纏いになってしまう自分が嫌になる。
ただ……、二年ほど前に、崖から突き落とされた時は、腕を引っ張られて担ぎ上げられたのだが、今回は、「お姫様抱っこ」と言われる横抱きの状態だった。
……いや、この抱えられ方は珍しい。
確か、以前、ストレリチア城で体重を測られたぐらいじゃないか?
そして、この場合、腕はどこに置くのが正解なのか?
今は、だらしなくぶら~んっと垂れ下がっているが、だからと言って、これを胸元に持っていくも窮屈な姿勢になりそうだ。
漫画とかって、どこに腕があるっけ?
「どうした?」
何より、顔が近い!
不思議そうな九十九の整った顔が、暗い中でもはっきりと見える。
―――― あなたはなんで平気なんですか!?
そう叫びたかったのを懸命にこらえる。
九十九は異性に慣れているわけでもないのに、平気そうにしていた。
それだけ、わたしを異性扱いしていないのだろう。
そう考えると……すうっと頭が冷えた。
うん。
意識するだけ無駄だと……。
「いや……九十九にしては、珍しい救出法だな、と」
わたしは素直にそう言った。
「真っ逆さまに落ちているヤツの足を引っ張って起こせと? そんなひらひらした服でそんなことしたら、悲劇だろう? だから、静止させて、この姿勢にしたんだが……、何か文句あるか?」
九十九にそう言われて……、少しばかり、想像してみる。
わたしは部屋にいた時から、「神舞」の練習をするために、ストレリチアでもらった衣装を着ていた。
暗いから、落ちる時に中身が見えたとは思えない。
いや、見えたところで、ちゃんとガードはしているのだけど。
恭哉兄ちゃんが言うには、わたしの踊りは元気が良すぎるから、衣装の下にスパッツが必須らしい。
短めでも良いから下に何か穿かないと、魅了されてしまう神官が増えるとも言っていた。
魅了されるかどうかはともかく、彼が遠回しに何を言いたいかはよく分かったので、素直に着用している。
だけど、それでも足を掴まれて吊り上げられる図と言うのはかなり面白すぎるだろう。
もはや救出がギャグでしかない。
「文句はない」
そんなこと言えるはずもない。
「もう自分で何とかできると思うが、結界を張ってもいないこの場所で、無意識に体内魔気を大放出されても困るからな」
それは、確かに……。
機械国家でも、魔気を感じ取れない人間ばかりではない。
特にここは城。
王族や貴族があちこちにいるのだ。
自分が助かるためとはいえ、出力調整ができない状態で放出するわけにはいかない。
「結局、逃がしちまったな」
「仕方ないよ。もともと、上手くいくかは賭けだったわけだし」
わたし程度の考えで、簡単に、彼の追跡ができるのなら、情報国家と言われる国も苦労していないだろう。
かの国もその存在を掴めないから、「魔神の眠る地」は今も尚、「謎の国」として、健在なのだから。
「ところで……、いろいろと気になっていることがあるんだが……」
わたしを下ろしながら九十九はそんなことを言った。
「お前、なんで、あの男が来るって知っていたんだ?」
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