外からの物音
人間界には「厄日」と言われる言葉がある。
嫌なことが続く日とか、不運に見舞われる一日とかそんな印象を持つ言葉だが、割と、今日一日のわたしはその「厄日」という言葉に該当するのではないだろうか?
いや、今日起きた出来事全てが悪いことばかりでもなかったのだけど、プラスかマイナスかで言えば、プラスとは言いにくいな、と思えてしまう。
そんな一日も、後二時間ぐらいで終わるような時間帯。
いつもなら、明日に備えてもう眠りについているはずだが……、今日はまだ、眠るわけにはいかなかった。
疲労からくる眠気と戦うために、わたしは久し振りに魔法の訓練以外で身体を動かすことにした。
ストレリチア城を出てからは、ほとんどの時間を誰かと一緒に過ごしていたわけだが、今回、久しぶりに個室を与えられている。
この部屋の壁は魔法も効かないし、音も漏れないと聞いているから、多少、暴れても問題はないだろう。
自分の荷物から、あまり着慣れない服を、素早く身に着ける。
この格好も久し振りだった。
さらに、魔力を抑えるための身に着けている装飾品の邪魔にならないように、特殊な法具を両手首と両足首、さらには首にも巻き付けた。
わたしは、グラナディーン王子殿下の婚約者で、もう一人の「聖女の卵」と違って、「神舞」と呼ばれる踊りがあまり得意ではない。
いや、人間界で創作ダンス程度しか踊りの経験がないような人間が、旅芸人一座の舞い手として城に来たような女性と比較すること自体がおかしいという自覚はちゃんとある。
そして、身体を動かすことは好きだけど、表現力が乏しいという自覚があった。
日本舞踊経験者のワカ曰く、「情緒が足りない」とのこと。
だから、動きもどこか機械的に見えるというのも分かっている。
だけど、「聖女の卵」とされてしまった以上、ある程度、儀式的なものへの参加は避けられないし、苦手だからと甘えているわけにはいかない。
もうストレリチアから離れたのだから、練習する意味はあまりないのだが、それでもいつ、何があるか分からない。
だから、踊りの練習だけは続けると、大神官には伝えた。
その時に、わたしが「神舞」の練習中にうっかり神降ろしをしてしまわないように、組紐を渡されたのだった。
因みに、この法力が込められた組紐というのは、神紐ほどじゃないけれど、かなりお高いらしい。
そして、これに込められているのは世界最高峰の大神官による法力。
それだけでも価格が高騰することは間違いないだろう。
さて、この「神舞」と呼ばれている踊り。
初めて聞いた時は、人間界の巫女たちが祈祷や奉納の際に厳かに舞う「巫女舞」のイメージだったが、実は、かなり激しい踊りもある。
そして、その中には、なんとなく、中学の時に踊ったような創作ダンスを思い出すような動きもあった。
だから思わず……。
「この踊りを考えた人は、実は時空を超えていませんか?」
と、恭哉兄ちゃんに言ったら……
「神に仕えた方ですからね」
と、肯定とも否定ともとれないような言葉を返された。
そんなちょっとだけ懐かしくなってしまった会話を思い出しながら、身体を動かし始める。
音楽がないので、自分でハミングしながら、動きを確認していく。
聖歌を歌いながら踊る「神舞」もあるが、それをすると、わたしの場合、舞よりも歌に集中してしまって雑になるので、鼻歌程度にしているのだ。
わたしは両手、両足をその指先まで集中して、動かしていく。
緩急をつけて、自分が回転すると同時に、握っている薄布を強くぶん回すと、キラキラした布の効果で周囲に光が沸き起こる。
わたしはこの光が好きだった。
でも、これを見ることができるのは一人で練習している時だけ。
流石にここまで力強く薄布をフルスイングすることは、人前ではしない。
わたしには「神舞」の神秘さがただでさえ足りないのに、こんな風に動いたら、ワカたちに何を言われるか分からないからね。
「ふっ!」
息を吸って、勢いよくジャンプする。
自分のイメージは人間界の頃、少女漫画で見たバレリーナ。
白鳥のように綺麗なジャンプだった。
でも、わたしを見ていたワカ曰く「三段跳びの跳躍か? 」というぐらいの優雅さのかけらもない片足ジャンプらしい。
踊りながら気品のあるジャンプってどうやったらできるのでしょうか?
身体を前に倒して、弾みをつけて、状態を反らす。
片手を振って、その反動で一回転。
片足で床を蹴って、その勢いで跳躍。
両手を振り下ろし、流れを利用して、大きく上に広げる。
それにしても、毎度、なんとなく体育の時間の準備運動しているような気分になるのは何故だろう?
いっそ、本当に準備運動をした方が良いのではないか?
腕を前から上にあげて背筋を伸ばす運動から?
それとも、もっと運動量の多い両足跳びで自分の重量を感じる運動から?
コツッ
思考がいつものように、明後日の方向へ向かい始めた頃……。
この部屋の大きな窓に何か当たったような音が聞こえた気がした。
この国の建物は防音ではあるが、直接攻撃……、つまり直接、壁に物が当たるとかの音までは消せないらしい。
それは、城下の宿でトルクスタン王子が壁に体当たりをした音からも証明されている。
床の方は音が消えているみたいで人の気配を感じないけど、壁や窓の側面まではその加工をしていないようだ。
確かに、普通は壁や窓にぶつかることなんてあまりないとは思う。
「風で何か飛ばされたかな?」
そう思って、窓に顔を向けた。
この世界にはカーテンの文化がないので、窓を見るだけで、直接、外の景色が見える。
始めは覗かれる心配はないのか? と思ったが、覗かれて困るようなことをする時は、ちゃんと窓のない部屋や地下を使うらしい。
だから、魔法契約をする部屋は地下にあることが普通だし、城の執務室とか政務室と呼ばれるような部屋にも窓はない。
そして、一般的な家でも寝室には窓がないことが多いと聞いている。
これに関しては、何故かは愚問だろう。
寝室にいると、朝日を浴びて起きることができないのは残念ではあるが、もともと、野外生活が多く、使用するコンテナハウスだって、基本的には窓があるため、わたしの暮らしではあまり関係なかった。
雄也先輩がそれを選んでくれたのだろう。
ジギタリス城樹は樹の中だから、全ての部屋に窓はなかった。
そこは仕方がない。
ストレリチア城で間借りをしていた時は、この部屋のように大きな窓があったけれど、人間界生活を知っているワカが、この世界に不慣れなわたしのために、ちゃんとカーテンを準備してくれていたことを覚えている。
窓の外は真っ暗な夜空と、少しだけカルセオラリア城下の明かりが見えた。
でも、それ以外は何も見えない。
だから、気にせず「神舞」の練習を続けていたが……。
コツッ
また窓に何かが当たる音がした。
一回だけなら聞き間違いかと思えるけど、二回目となるとそうはいかない。
もしかしたら、気付いていなかっただけで、「神舞」中にも聞こえていた音の可能性もある。
どうしても、気になってそのまま、窓を見ていると……、夜の闇の中、何かが飛んできて窓に当たったことが目に入る。
一瞬だけだったが、それは、木の実……? のようなものに見えた。
でも、この城の周辺にはそんな実がなるような木はなかったと思う。
正しくは、この国自体、石造りのものが多く、これまでの国と比べても、植物がかなり少ない。
さらに、見続けていると、また飛んできた。
その形状は……楕円形に近く、人間界で見たドングリのように見えた。
「なんだろう?」
手を伸ばして、窓を少しだけ開けてみる。
すると――――。
「相変わらず不用心だな」
聞き覚えのある声が、わたしの背後から聞こえたのだった。
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