面子を気にしても
ジギタリス城樹でも、ストレリチア城でもそうだったのだが、王族の友人として、城に招待されていたとしても、特別なことがない限り、晩餐会などの食事会などが開かれるわけでもなく、基本的に食事と言うのは個別となる。
城に勤めている人たちのために、城内に大きな厨房とそれに合わせた食堂のような場所はあるのだが、貴族や王族のような立場の人たちは家族で集まることもせず、食事はそれぞれ自室でとるらしい。
給仕する人たちはある意味、個別対応なので大変かもしれないが、それが当然のことなので疑問は抱かない、とワカが言っていた。
食事というものは生命を維持するためだけの栄養補給でしかなく、そこまで楽しいものでもないものだったからね、とも言っていたけど。
だから、どの城にもある程度の身分がある人や、招かれた客人たちの待遇によっては、その部屋に食事の用意ができる厨房がある。
城に滞在できる人なんて、ほとんどが使用人や料理人を連れているし、食事を含めた身の回りの世話係を臨時で雇い入れることもあるそうだ。
尤も、望めば、その城から給仕担当者を借りることもできるそうだけど、そんな事例はほとんどないらしい。
その行動は、その国の王族や貴族に弱みを見せ、借りを作ることになるからと聞いた。
どこの世界でも、貴族や王族と言うのは、面子に拘るからと言っていたのは、確か楓夜兄ちゃんだったか。
その辺り、わたしにはよく分からない。
面子で腹など膨れるものか。
そう言った意味でも、わたしは本当に恵まれているのだと思う。
この世界に来て食事に困ったことなどほとんどないのだ。
簡易厨房が備わっている城内はともかく、野外すら問題ないというのはかなり凄いことだろうと、魔界の料理事情を考えるたびに、そして、水尾先輩の反応を見るたびに、そう思えてしまう。
わたしたちは、野外で食事をする時は、集まって食事をするし、城でお世話になる時も自然と誰かの部屋で集まっていた。
水尾先輩とわたしは料理が得意ではなく、必然的に専属料理人となってしまう九十九としても集まっている方が都合も良いらしい。
人間界での食事習慣が身についていたからあまり疑問に思ったこともないが、ワカや楓夜兄ちゃん、恭哉兄ちゃんからもいろいろ聞いた後では、この状況と言うのは魔界ではかなり珍しいってことも分かった。
分かったけれど、今更、変えることはできないし、変える必要性も感じない。
それぞれが納得している結果だから問題もないと思う。
まあ、周囲からどんな目で見られるか分からない、と言う問題点はあるのだけど。
「良かったんですか?」
「良かったんだよ」
そんな風に、食事をしながら水尾先輩と九十九がそんな会話をしていた。
「この国の食事は味より効率重視だから嫌いだ」
水尾先輩はきっぱりとそう言い切る
確かに、城下の宿でもそんな感じの食事だった。
不味いというわけでもないのだけど、美味いというのもちょっと違うような、栄養バランスを考えた機能性食品みたいでなんとなく味気がないのだ。
具体的に言うと見た目は……、前菜はサラダっぽいけど、大量にかけられた調味料が台無しにしているし、スープはよく分からない半透明の冷めた液体で、主食は乾パンのようなもの。
そしてメインとなるおかずは、肉とかが含まれると思われるようなブロック状の何か……。
絵としては描きやすいが、一度見ただけで飽きることは間違いない。
だから、水尾先輩は、トルクスタン王子が厚意で用意してくれた料理人や使用人を全て断ったのだ。
人間界で5年も過ごし、わたしたちと二年以上共に行動した今、今更、そんな食事には戻れないそうだ。
それでも「お前の料理は壊滅的だっただろう? 」というトルクスタン王子の余計な言葉に対して、基本魔法とは言え、至近距離から叩き込んでいたのはどうかと思うが。
「トルクスタン王子殿下は……、大丈夫でしょうか?」
九十九も先ほどの攻防戦……というか、一方的な殲滅戦が気になっていたようで、そんなことを言った。
「トルクは昔から笑えるぐらい頑丈だし、火属性魔法にある程度の耐性があるから死ぬことはないよ」
昔のギャグマンガのように一部が黒焦げていましたが……?
「近くにいた使用人たちも無言で回収していただろ?」
言われてみれば、倒れたトルクスタン王子に九十九が治癒魔法を施した後に、水尾先輩が黒川くんや湊川くんではない別の人たちを呼び寄せた。
そして、呼び出された彼らも、特に何も言わずにズルズルと引っ張って立ち去っていたのだった。
あれはあれで、一国の王子の扱いとしては如何なものかとも思うが、様々な実験や開発、魔法の暴走などで爆発や怪我が絶えないこの国では、あまり珍しくもない光景らしい。
……それも怖い国だと思うのはわたしだけでしょうか?
「治癒魔法を使って対処しただけマシな扱いなんだよ」
「治癒魔法、使ったのはオレですが……」
でも、トルクスタン王子の言い分としては分からなくもない。
いつものように、水尾先輩が食事のために、わたしの部屋に来た。
そこまでは許容範囲だった。
でも、さらに九十九が来たことが問題らしい。
わたしの部屋に九十九が来ることは問題ないのだ。
彼はわたしの護衛……、体面的には従者扱いだから。
だけど、水尾先輩は違う。
トルクスタン王子から見れば、一国の未婚の王女だ。
だから、これまでの事情はともかく、この城内にいる間は彼女の体面を考えて専用の女性の従者を付けたかったと……。
結果、「余計なことだ! 」と、水尾先輩が叫んで攻撃することになってしまったわけですが……。
周囲に人がいなくて良かったとも思う。
機械国家の王子に無遠慮に攻撃してしまう魔法国家の王女とか、醜聞でしかない。
そして、その行動はこの国の第一王子殿下と婚約している真央先輩にも影響がないとは思えないのだ。
尤も、水尾先輩のことだ。
その辺りもちゃんと考えて行動しているのだろうけど。
「アイツに余計なお世話をされるのって昔から腹が立つんだよな~」
なんとなく、不穏な言葉が水尾先輩の口から聞こえてきた気もするが、気のせいということにしておこうか。
幼馴染の気安さとかそんな感情なのだろうし。
そんなことよりもわたしは気になっていることがある。
九十九が……、わたしの方をほとんど見ないのだ。
まあ、その原因に対しての心当たりはあるけれど、それでも、不自然すぎる。
あれは、間違いなく事故だったのだから、それを彼の方がいつまでも引きずる理由が分からない。
普通なら、胸を鷲掴まれた女の方が根に持つよね?
「もうお嫁にいけない! 」「責任とって! 」みたいに?
いや、今時、胸を掴まれたぐらいでそこまで言うような女がいるとは思えないけれど。
彼から無理矢理触られたとか、強引にキスされたとかではないのだ。
偶然がいくつも重なり合って起きた互いに不幸な事故。
だから、わたしの方はそこまで気にしないようにしたいのだが……、彼がそんな不自然な反応をしていると、どうしても意識せざるを得ない。
寧ろ、思い出させないで欲しいのに。
水尾先輩も何か気付いているのか、少しばかり笑顔が黒いように見える。
まるで、仕掛けた悪戯をひた隠しにして、その反応を楽しみにしているような顔をしていた。分かりやすい擬態語で言うと「ニヤニヤ」していた。
でも、多分、彼女が考えているようなことではないと言ってあげたいが、それを口にして突っ込まれるのも妙に嫌だった。
だから、黙り込むしかない。
でも、九十九がこの様子だと……、この後、協力してもらうのは無理かな?
わたし一人では無理だから彼にも頼んだのだけど、この状態でなんとか切り抜けられるとは思えなかった。
これらが杞憂に終わってくれると良いのだけど、予感は悪いものほど狙いすましたかのように的確に当たってしまうのだ。
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