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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~
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【第34章― 何事にも例外はある ―】事故から始まる自己嫌悪

この話から第34章です。


少しばかり品のない表現がありますが、R-15内だと思います。

ご注意ください。

 暗闇の中、じっと自分の両手を見つめながら、大きく息を吐いた。


 ここまで暗闇に閉ざされていると、何も見えないが、自分の手のある場所ぐらいは分かっている。それに伴う感覚も。


 そこに今も残り続けている感覚を思い出すだけで、自己嫌悪のあまり、死にたくなってしまう。


 ―――― あれは、事故だ。


 それは間違いない。

 だが、それでも、不快な思いをさせてしまったことも事実だった。


 ―――― 話は、少し前に遡る。


****


 あの紅い髪の男への用件が済んだ後、オレたちは部屋に戻るために階段を下りていた。


 ただ……、何かを考え込むような高田の姿が気になったので、いつものように声をかけたのだった。


「どうした?」


 恐らくは、その声をかけたタイミングが悪かったのだと思う。


 オレの声で、彼女の意識が思考から現実に戻る瞬間、その身体が大きく揺れたのだ。

 いつもは平面の足場だが、今日に限って、段差がある場所だった。


「あれ?」


 どこか呑気な高田の声が耳に届いた時はもう遅かった。


 反射的に伸ばした右腕とその掌に、不自然なまでに柔らかな感触が伝わる。


「うわっ!?」


 そんな声を上げたのは自分か、彼女か?

 それすらも分からないほどオレは慌てていたのだと思う。


 高田の重さから、右腕と指に触れた部分が深く食い込んだが、それにも構わず、さらに力を込めて上に引き寄せ、オレは両腕を使い、重力に従おうとしていた彼女の身体を、なんとかその場で制止させた。


 プラプラとオレの両腕に支えられる高田の身体。

 下に向かって、先ほどまで彼女の履いていた靴が落ちていくところが見えた。


 オレは深く息を吐いて……。


「こんな段差があるところで、ぼんやりと歩くなよ!」


 そう叫んだ。


 ……しかし、いつもならあるはずの反応がない。


 気絶するほどの高さでも衝撃でもなかったはずだが……?


「どうした? 生きてるか?」


 あまりの反応のなさにオレは高田に尋ねる。


「つ……九十九?」


 少し弱ったような声。


「どうした? 怪我したか!?」


 声の割に魔気の乱れは……、混乱しているものの、弱まってはいなかった。


 しかし、このままの体勢は、両腕であっても、かなり辛い。

 せめて、自分の足で立ってもらえないものだろうか?


 そう思いながら、彼女の次の言葉を待っていると……。


「どこを……握っているか、分かっている?」


 そんな不思議な質問をされた。


「どこって……?」


 改めて考えてみる。


 人体の中で、ここまで柔らかくて温かい場所はどこだろう?


 彼女は生物学上、女だから、基本的にオレよりはどこも柔らかいと思うが、よく掴む肩や腰、二の腕よりも、もっと柔らかい場所と言うと……?


「!?」


 その事実に気付いたオレは思考を停止しかけ……、慌てて、彼女の身体を持ち上げ、肩に担ぐ。


 彼女の背中がオレの肩に乗った図は、まるで何か格闘技の技のようではあるが、状況的にこの体勢については我慢して欲しい。


 オレは無言で、そのまま、移動魔法を使う。


 この城内は壁の外から中に対しては魔法が使えないが、何もない空間では移動魔法も使えるのだ。


 この国の建物自体がそんな造りになっているらしい。


 そして、それは結界が張られているわけではなく、単に建物の材質によるものだとも聞いている。


 そのまま、階段下に移動し、落ちている彼女の靴を回収した後、扉を開けて、すぐに部屋の前まで移動した。


 そして、高田の部屋に入って、彼女を下ろすと……。


「悪い!」


 すぐさま、素直に土下座をした。


 この世界にそんな文化はないが、人間界育ちの彼女にとっては最も分かりやすい誠意の表れだろう。


 いや、オレ自身、あんな事態を狙ってやったわけじゃない。

 だから、あれは事故だって分かっている。


 そして、そのことは彼女も分かってくれているはずだ。

 だが……、理屈と感情は別の物だろう。


 相手の反応が怖くて顔を上げられない。

 こんなことは初めてだった。


 今、そこに立っている彼女の顔に浮かんでいる表情はどんな色だろう?


 軽蔑か、侮蔑か?

 羞恥か、憤怒か?

 困惑か、混乱か?


 だが、どう考えてもオレに対して、マイナスの感情しか予想ができねえ!!


「九十九……」


 オレを裁く者が声をかける。


 その声だけでは、感情を読み取ることができない。


「顔を上げて」


 そう言いながら、オレの傍に座る気配がした。


 どうやら、顔をしっかり見ろということらしい。


 オレはゆっくりと顔を上げると……、そこには、少しだけ眉を下げてはいるが、いつもの彼女の顔があった。


「そんなにアホみたいな謝り方しなくても良いから」


 どこか呆れるような彼女の声。


「あ、アホみたいってお前……」


 思わず反論しそうになるが……。


「見ていて居たたまれない気持ちになるからやめて」


 オレの言葉を制止しながら、彼女は困ったように、垂れている眉をさらにハの字にした。


「さっきのは、誰が見たって、わたしが悪いのだから、九十九が謝る必要は全然ないよ」

「い、いや……、でも……」


 そう言われても、それとこれとは話が違う気がする。


「階段で考え事をしていたのはわたしで、踏み外したのもわたし。いつものように九十九は助けてくれただけでしょう? ごめんね、嫌な思いをさせちゃって……」


 もっと嫌な思いをしたはずなのに、そう言って、高田は笑った。


 だが、正直、オレは嫌な思いは全くしていないのだ。


 何故、彼女がそう思うのかがよく分からない。

 男にとってご褒美以外の何ものでもないのだ。


 だから、これでは釣り合っていない気がする。


 だが……。


「そんなことよりも……、気になっていたことがあって……」


 そう言いながら、彼女が早急に話題を変えようとしたので、それが彼女の意思ならば、とオレは従うことにした。


 そこに引っかかりがなかったわけではない。


 ただ……、これ以上、彼女がこの話を続けたくないのなら無理に引っ張るわけにはいかないだろう。


 だから、そのこと自体、自己嫌悪に陥る必要はないはずだ。

 あれは事故なのだから。


 だけど……、オレの右腕に押し付けられたものや、特に鷲掴んでしまった掌には、今もその感触が残ったままだった。


 信じられないほど柔らかかった、大半の男には存在しない脂肪(母性)の塊。


 それが、「城郭での出来事(野郎に舐められたこと)」という胸糞悪い出来事を、一瞬で跡形もなく吹き飛ばしてしまうほどの激しい衝撃を食らったことはよく分かる。


 人間界で中学生をしていた頃、ませた同級生が、「女の胸を掴むと生きてることを神に感謝したくなるよな~」などと言っていたヤツがいた。


 そんな遠回しな自慢を聞きながら、その時は、何を阿呆なことを……と思っていたが、事故とはいえ、実際、掴んでしまった今となっては、その気持ちに少しだけ共感したくなってしまった自分がいる。


 オレも十分、阿呆であったらしい。


 いや、それ自体は青少年の健全な思考だと思えなくもない。

 呆れるほど単純で、純粋な欲望の塊。


 そんなもの大小の違いはあっても、大半の男なら持っているものだろう。


 だけど……、彼女との会話を終え、自室に一人戻った時、真っ暗な部屋の中で、うっかり思い返してしまったのだ。


 手にしっかりと残ったままの感触をしっかりと。


 オレはそれまで、彼女をそう言う対象として一度も見たことがなかった。


 確かに、相手は異性で、男とは違った身体の造りをしているということは理解していたけれど、本当に、そこまでの意識はなかったのだ。


 そして、それは当然の考え方だと思っている。


 彼女は守るべき立場にあるものであって、それ以外の感情もそれ以上の感情も、持つことをしてはいけない。


 護衛が危害を加えるなど、裏切りも良い所だろう。

 だから、考えないようにしていた。


 それでも……、オカズがあれば、何も考えずに食っちゃうよな? 男なら。


 そんな理由から、正気に返った後、真っ暗な部屋で一人、ぐるぐると自己嫌悪に陥っていたわけである。


 ……オレは、次に彼女と会う時に、どの面を下げれば良いのだろうか?

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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