新たな火種
「わざわざお疲れさま、高瀬。それに笹さん」
若宮がそう声をかける。
「おす」
「お疲れ、恵奈。なかなか大量だね」
「残念ながら殿方からは一切なかったけれどね。最後くらい期待したんだけど……。こう内気な男の子が思い切って!」
内気な男の子だったら……、若宮に花は渡せないと思う。
少なくとも、オレには無理だ。
「私も殿方から頂いたことはないなぁ……」
「同居人は?」
「アレは対象外だから」
その会話を聞いて、高田が言っていたとおり、高瀬に同居人がいることは間違いないようだ。
魔界では赤の他人が同居して生活するのはそこまで異常なことではない。
寧ろ、多いぐらいだ。
だが、人間界だと親戚だと言っても、こうやってからかいの対象になるんだな。
「高田はまだ来てない?」
「まだみたいだね。それより、恵奈。笹さんがカラオケ、奢ってくれるってさ」
「え? ホント? ラッキー、笹さん。腰細いのに太っ腹~」
「褒められている気がしないんだが?」
「や~ね~。細腰は十分褒め言葉よ? 妬ましいぐらいにね」
若宮の声色が「妬ましい」の部分で一段階低くなった。
「妬ましいのかよ」
これでも一応、腹筋等の筋トレとかはしっかりやっているんだ。
努力を知らずに結果だけで評価されても困る。
「でも、私は殿方の腰は細いより、もっとがっしりしている方が好みかな」
高瀬はオレの腰をまじまじと見ながら、そんなことを言う。
「まあねぇ。羨ましいけど、折りやすそうではあるからねぇ、細腰男は」
続けて若宮までこんなことを言い出した。
「いや、折るなよ!?」
……ってか、やっぱり褒められてないよな!?
折りやすそうな腰ってどんな腰だよ!?
「いや~ん。笹さんってば、怒りやすいんだから」
「カルシウム不足かもね。牛乳掛ける?」
「そこは『飲む』じゃないのか?」
高瀬の言葉に反応する。
「知らないの? カルシウムは体内に吸収されにくいんだよ?」
「それが何故『掛ける』に繋がるのかが理解できない」
「肌からなら吸収しやすそうじゃない?」
「イメージ的には牛乳風呂! かのクレオパトラも愛用していたという究極の美肌効果も加わるじゃないか!」
高瀬に若宮が賛同するが……。
「趣旨が変わっていると突っ込むべきか?」
どう考えてもノリで話されているような気がしないでもない。
気を付けないと、この悪魔コンビはあの手この手で善人を惑わし、罠にはめるのだ。
間違いない。
オレも学習した!
「あれ? わたしが最後? ひょっとして、待たせた?」
そんな声とともに、紙袋と花束を持った高田がぽてぽてと現れた。
暢気そうな表情と声に誤魔化されそうだが、その右手には白い布が巻かれている。
「ほとんど待ってないよ。お疲れさま、高田。そして、どうしたの? その手」
オレが口を開くより先に、高瀬が高田に尋ねた。
「ああ、これ? 転んだの。ここまでしなくても良いとは思うんだけど……」
確かにちょっと転んだにしては大袈裟すぎる気もする。
「……自分で、こんなに丁寧には巻けないよね? 利き手だし……」
若宮が高田の手を覗き込む。
「うん。黒川くんがしてくれたの」
「なんと!? あのぷりち~剣士に!?」
「何? そのネーミング」
若宮の言葉に高瀬が尤もな反応をする。
「いやいや、彼は本当に可愛いんだって。その辺にいる下手な女の子より、ふりふりが似合いそうで……」
オレの聞き間違いではなければ……、若宮は、今、「彼」って言ったよな?
「恵奈はフリフリが苦手じゃなかったっけ?」
「自分が身に付けるのはヤ!!でも、可愛い子が着るのならオールオッケ~!!」
「まあ、私や恵奈みたいなタイプはフリフリよりビラビラ系の服の方が相性もいいみたいだしね」
「違いが分からん」
フリフリはなんとなく分かるが、ビラビラ系ってなんだ?
「要は、レースやフリルの服より、フレアスカート系の方が合うと言いたいんだよ。」
高田がオレの疑問に答えてくれた。
……が、オレにはよく分からないままだ。
そもそもフリルとレースの違いってなんだ?
同じものじゃないのか?
「わたしもフリルは苦手だな。レースも引っかかるし……。どちらかといえば、動きやすい服の方が好き。もしくは、ぶかっとした大きめサイズ」
確かに高田の私服は、小学校の頃からあまり模様もなくすっきりしているか、ぶかぶかしているかの二択だ。
よく言えばシンプルだが、洒落っ気がないとも言う。
「そうなのよ! 笹さん!! 勿体無いと思わない?」
「な、何が?」
突然の若宮の言葉に微妙に訛った返事になった。
「高田にはピンクやフリルが似合うと私は思うのよ! それなのに、この子。着てくれないの~!!」
「ミニスカもほとんど履かないね」
若宮の言葉に高瀬も続ける。
当人は、凄く複雑な顔をしていた。
どうやら、本当に苦手らしい。
「高瀬みたいな脚線美なら惜しみなく出すよ」
高田にしてはぶっきらぼうな言葉を吐いた。
言われてみれば、今着ている制服のスカートも、膝丈の若宮に比べて長い気がする。
膝下……何センチだ?
そして、いつの時代の娘だ?
「……って言うかこの子!! スカートそのものもほとんど履かないのよ!? あー、勿体無い!!」
「そんなこと言われたって……。似合わないし」
「笹さん? 何とか言ってやってよ!! 『お前ならスカート似合うよ』とか、『このオレにお前のスカートを見せてくれ』とか!」
それは一歩間違えば、通報レベルじゃね?
「そんな九十九……、嫌だな……」
そして、肝心の当人が退いている時点で無理だろ、それ……。
「それが駄目ならせめて浴衣!!」
「季節を考えようか、ワカ……」
「温泉宿にでも行かない限り難しそうだね」
本人が嫌がってるんだから、無理に勧めるのもどうかと思う。
そして、他人のファッションに関して、どうして、ここまで盛り上がれるのかは謎だ。
それにしても、こいつのミニスカフリル……ねぇ……。
まあ、許容範囲ではあるかな?
ちっこいから、頭にでっかいリボンつけても良さそうだ。
「何?」
オレの視線が気になるのか、高田が尋ねる。
「いや? フリルとかよりお前はダボダボパーカーで十分だろ? ……って思っただけだ」
「うん。なんか……、フリルには良い思い出がなくてね」
そう遠い目をしている辺り、何かあったんだろう。
それでも……、オレはこいつのフリル姿も覚えていたりするんだが……。
それは、口にしないでいることにしよう。
あの双子に加えて若宮にまで絞められるのはごめんだ。
「ところで、笹さん?」
「ん?」
ようやく落ち着いたのか、若宮が普通に声を掛けてきた。
「制服、ボタン……あげちゃったの?」
「は?」
言われて気付いた。
第一、第二共にない。
「いや? 誰にもやらなかったはずだが?」
うっかりどこかに落としてきたんだろう。
学ランのボタンはというやつは、意外に外れやすいのだ。
裏ボタンも壊れやすいしな。
「ああ、笹さんのボタンってコレ?」
と、高瀬が手を見せると……、確かにオレの中学の制服ボタンだった。
「そこに落ちてた」
……ってことはさっきのどさくさだろう。
胸ぐらつかまれたときか、締め上げられた時か。
嫌な二択しかない。
「でも、これじゃ、第二がどっちか分からないね」
高瀬が笑う。
「別に良いだろ?」
そう言って受け取る。
「や~ね~、笹さんてば、鈍感さん」
と、若宮が言った。
「は?」
「愛する人に、その証をあげるってのが良いんじゃないの~?」
ニヤニヤする若宮。
まあ、言いたいことは理解した。
この中学校は本当にこんなイベント好きな生徒が多いらしい。
「お前はいるか?」
そう言うと、何故か複雑な顔をする高田。
どうやら……、欲しくはないらしい。
「もぉっ! 二人とも恋するトキメキとかをもっとふんだんに盛り込んでよ!」
「そして、お前に見せろと?」
「そう!!」
どこのゴシップ記者だ?
「高田や笹さんは人前でいちゃつくようなタイプじゃないでしょ、恵奈」
「え? じゃあ、隠れてコソコソといちゃいちゃ?」
その表現もどうかと思う。
「まあ笹さんは天然たらし型だろうし、高田はのほほんとしているから、下手に突かないほうが面白そうではあるか」
「なんだ、その天然たらし型って……」
こいつら、妙な造語が好きだよな。
「無自覚で女性を落としちゃうタイプのこと。自然体や真顔で人を褒めたりする人間に多く、その上、笹さんの場合、照れ屋要素も含まれているでしょ? いろいろと反応も素直だし、周囲の好感度が上がりやすいタイプだね」
「ただこの手のタイプの厄介なのは、自覚がない点かな。だから、相手の子をその気にさせちゃって、ずるずると後を引くことも多かったりする。鈍感すぎると女の子を泣かせるタイプだから、気をつけてね、高田」
若宮と高瀬は口を揃えてそう言うが、オレにそんな覚えはない。
ましてや「たらし」なんて……、兄貴じゃあるまいし。
「九十九が……、女の子を泣かせる……、ねぇ」
心なしか、高田の視線が冷たい気がする。
この2人の言葉を鵜呑みにしているのか、少し距離をとられた。
「まあまあ、高田。それはそうと、富良野姉妹に会ったよ。そしてこれ、預かった」
「え? 先輩たち来てたの? 挨拶ぐらいしたかったな~」
どことなく男前な表情の高瀬だったが、大して気にせず花束を受け取る高田。
「なんか時間があるみたいだったから仕方ないね」
「な~んだ、私にかと思ったけど……。恵乃~、私には~?」
「なんで、卒業生同士で私が一方的に渡さないといけないのかな?」
「チッ、けち~」
「恵奈には負けるよ」
そんな2人の会話を尻目に、高田はすごく嬉しそうに花を抱えていた。
オレにとって、出会い方は最悪だったけど、高田にとっては良い先輩だったのはその表情から良く解る気がした。
オレにとっては最悪だったけど!
不意に若宮が何かに気付く。
「あ……、ヤなヤツが来た」
「ヤなヤツ……って来島か?」
「いや、それとは次元が違う感じ。アッチは性格的に嫌いなヤツ。こっちのは生理的嫌悪感がするようなタイプ」
「じゃ、行きますか」
高瀬が、直ぐ近くにいた高田の手をエスコートするかのように引く。
「そうね。話しかけられるのも面倒だし」
そう言って、若宮もそそくさと校門から出る。
だけど、オレはうっかり見てしまったのだ。
若宮が言った方向にいた異様な雰囲気を纏った2人組と、この世界では絶対にありえないはずの空気を。
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