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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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三種類の絵

「お前……、肖像画家でも十分、やっていけそうだな」


 九十九は手渡した絵を見ながら、そんなことを言ってくれた。


「あら、嬉しい」


 それが本当なら、独り立ちする時に役立ちそうな選択肢となる。


 ストレリチアの城下で大神官や王子殿下を描くだけで、儲かりそうだが、既に今いる人たちと競合することが難しそうだね。


 少し、時間はかかってしまったけれど、「努力の神ティオフェ」さまと「導きの女神ディアグツォープ」さまっぽい絵を三種類ずつ描いて、先に記録を書き終えていた九十九に渡したのだ。


 できるだけ、見たままに近い写実的な絵。

 これはモデルが目の前にいるから描けるものだった。


 写真には程遠いが、我ながらよく描けたと内心では思っていたりする。


 ただ少し、モデルよりなので、誰を見て描いたかバレバレなのが特徴でもあった。

 因みに、「導きの女神」については、鏡を見ながら描きましたよ。


 だから、少し幼く見えるかもしれない。

 ……複雑だ。


 もう一種類は、ストレリチアの大聖堂内で見た絵に近づけた。


 ただ、見ながら描いてないため、特徴は残っているけど、なんとなくどこか違う感じはしている。


 でも、会ったこともない神様の絵だから、少しぐらい違うのは仕方ないね、と無理矢理自分を納得させたものだった。


 そして最後は完全に趣味に走ったおまけのようなものである。


 三等身のディフォルメキャラ。

 見事なまでのイラストであった。


 いや、せっかくだから自分の絵でも描きたいじゃない?


 でも、実は一番、時間がかかっていたりもする。


 特徴だけはなんとか表せていると思うけど、実在の人物を自分の絵で表すと言うのは案外、難しいものだね。


 二次創作で絵を描いている人たちを本当に尊敬するよ。


「オレはこの小さいやつが好きだな」


 そう言って、九十九はディフォルメキャラを指してくれた。


 ある意味、心臓を打ち抜くほどの殺し文句だろう。


 だが、忘れてはいけない。

 これは社交辞令であることを。


 だから、本気で受け取ってはいけないのだ。


「……それは完全に自分の絵だから、採用はしないでね?」

「特徴は掴んでいるから大丈夫だろ? 親しみやすい絵だと思うぞ」

「いやいやいや、それは息抜きに描いた絵だから! それに、そう言った簡略化したキャラは、人間界で漫画やイラストに慣れていなければ、違和感しかないよ」


 人間界だって、ディフォルメキャラを受け入れない人は少なくはない。

 こう言った絵柄に慣れていない魔界人には尚更、受け入れられないだろう。


 九十九は人間界、それも日本に来ていた。

 彼はこんな絵があることも知っている。


 だから、ある意味、参考にはならないのだ。


「こっちのはリアルだな。こんなのも描けたのか」


 わたしの反応を無視して、九十九がそう言いながら少し頬を緩ませる。


「モデルがいれば、見たまま描くだけだからね」


 静物画と同じだ。

 形や長さが大きく狂わない限り、そこまで崩れた絵になることはない。


 なんとなく形だけならとれるものだ。


「お前、それが難しいと思う人間の方が多いんだぞ」


 イラストを描くように要請したら、棒人間を描くような人間は、困ったように笑いながらそう言った。


「こっちの絵は、前に大聖堂で見た絵に似ている」

「うん、参考にしている」

「魔界人に受け入れられるのは、この系統だろうな」


 それはそうだろう。


 実際、この世界にある絵に近づけるようと努力をしたのだから。


「濃淡少なくて、ベタっと塗るだけだから、楽だった」


 線も太く、輪郭に縁どられた中に色紙を張り付けているように見えるが、全て手描きで手塗りである。


 それは切り絵にも見えなくもない。


 魔界にはこの系統の絵と、人物を想像で補うように輪郭内を白抜き、黒塗りにしたような絵が本当に多いのだ。


「これだけ描き込んであるのに、楽と言うのか?」

「色塗りのバランスを深く考えないで良いからね。人物画に必要な陰影もない」


 少し色合いが気に食わないと、それだけで全消しして描き直したくなる。


 そして、そういった意味でも、自分の絵が一番、面倒くさかったと言えるだろう。

 自己満足な拘りがあふれ出して、自分の気持ちなのに収拾がつかなくなることもあるのだ。


「まあ、このリアルな絵と比べても分かるし、このイラストにしても、細かな部分ですっげ~、色の調整をしてるみたいだからな」


 うん。

 実はディフォルメキャラについては、人物よりも服などの色に対してグラデーションというほどではないけれど、段階変化を頑張りました。


 72色もあれば、そんなお遊びにもチャレンジしたくもなるでしょう。

 次はもう少し、自然な感じに出来たらと思う。


 でも、あまり、そんなにわたしの絵をまじまじと見られるのはかなり気恥しい。

 だけど、九十九は純粋に感心してくれたようだ。


「嬉しそうだな」

「うん、嬉しい。絵を描くのって本当にすっごく楽しい」


 そう考えると、九十九に話してみたのは本当に良かったと思っている。


 立場上、仕方ないのかもしれないけれど、彼はどこにでもあるようなわたしの絵でもちゃんと褒めてくれるから、見せやすいしね。


 もっと褒めろ、とまでは言わないけれど、少しでも評価されることは、本当に嬉しいのだ。


「漫画じゃなくても?」

「うん。漫画じゃなくても。……漫画はまだ描ける気がしない」


 それは精神的な話だ。


「描けない?」

「今は無理だね。絵の腕も落ちたし、まずはもう少し頑張らなきゃ、自分が納得できない」


 そのためには描きまくるしかないのだ!


 それに……、今はどこか心に余裕がない。


 まあ、つまり、漫画のネタ……、構想が思いつかないのだ。

 どんな話にしたいのか、それすらも全く思い浮かばなかった。


 人間界では描きたい話はどんどん思いついたのに。


 そもそも、この世界で受け入れられる物語って、どんなものだろう?


 神話? 恋物語? 冒険譚? 旅行記? グルメ紀行? 歴史? まさかのホラー?


 そんな風に、この世界の一般的に好まれる系統が分からないから、余計に考えがまとまらない気がする。


 この世界での書物は……、魔法、神話、歴史ぐらいしか見ていない。


 周りの人たちが好むのがそれぐらいだからかもしれないけど、まずは、文字が読めなければ話にならないのだ。


 だから、暫くは絵の腕を磨こう。


 せっかく、評価してくれる人がいるのだから。

 ああ、でも見慣れたら批判、悪い所も指摘して欲しいな。


 今はまだ、ある意味珍しいからと言うのもあるだろう。

 だけど、もっと上手くなりたいから、ちゃんと悪い所は認めたいのだ。


「これで良しっと」


 九十九は、先ほどまとめた報告書に、わたしの絵を挟み込みながら紙の束をトントンと机でそろえる。


「とっとと報告すっか」

「こう言うのって、もっと経過観察とか……、ある程度、時間をかけるものじゃないの?」


 薬の服用効果は時間差で表れるものもある。

 だから、暫くは状態を確かめるかと思ったのだが、魔界では違うのだろうか?


「いや、依頼人は少しでも早く情報を知りたがっているタイプだ。今後、別の症状が表れたら、その都度、報告を追加していく方が良い」


 九十九は何でもないようにそう言うが……。


「それって面倒じゃない?」


 まとめて報告をした方が楽だし、間違いも少ないと思うのだけど……。


「兄貴と同じ、知りたがり屋っぽいからな。情報に鮮度を求める気がする」

「……と言うと?」

「類友だな。だから、兄貴と同じように扱う」

「類友なのか……」


 でもそれって、なんだか意外な気がした。


 かなり隙の大きそうなトルクスタン王子と、隙が見当たらない雄也先輩のどこが似ていると言うのだろう?


「まあ、いいや。その報告が終わったら、ちょっと付き合ってもらえる? 用事を思い出したのだけど……」

「構わないが、なんだ?」

「後で言う。まずは報告が先でしょ?」

「……そうだな」


 だけど、わたしは考えもしていなかった。

 勿論、報告書をまとめた九十九も予想すらしていなかっただろう。


 こんなのんびりとした趣味の時間がきっかけで、あんな事態が起こるなんて。


 九十九がこの時に書いた服薬経過記録報告書。


 それを、トルクスタン王子に手渡したところから、ひっそりと全ては動き出してしまったのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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