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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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お絵描きの時間

 突然、始まったお絵描きタイム。


 いや、九十九は薬服用時の記録を書き、わたしは、その時、変化した互いの姿を描いているだけだけど。


 どうもわたしの方が楽をしているのではないだろうか?


 ある程度描いたところで、手を止めて九十九を見る。


 彼がわたしの目の前で記録書とか報告書のようなものを書いているところを見るのは初めてだと思う。


 買い物リストや料理のレシピをまとめている姿はよく見るけど、それらとはまた違った表情だった。


 時折、記録を見直しては、加筆や削除などの修正を加えたり、一時停止をして考え込んだりしているみたいだけど、かなり集中して書き続けている。


 こうして、改めて見ると、九十九は本当に良い男だと思う。


 見た目が好みであることは否定しない。

 いや、そこに初恋補正は当然あるだろう。


 だけど、それらの採点の甘さを差し引いても、一般的に「良い男」と呼ばれる領域にはいると思っている。


 いや、美意識というものは、人それぞれだとも分かっているのだけどね。


 そして、かなりの努力家だと思っている。

 だから、彼の祖神が「努力の神」ではないかと思うのは当然の流れだろう。


 顔が似ているだけではなく、その性質が本当に納得できるものだから。


 でも……、わたしの祖神が「導きの女神」というのはどこか不思議でならない。

 わたし自身は、何も、誰も導いてないのに。


 ああ、でも、大神官には「導きの女神」と言われたことはあったかな?


 顔は確かに似ているだろう。

 その部分においては、自分でも認めている。


 でも、どうせならば、顔形だけではなく、少しぐらい体型も似て欲しかったと言うのは高望みが過ぎるだろうか?


 胸!

 いや、それよりも身長!!


「筆、止まっているぞ」


 九十九がわたしの方に少しだけ目線を向けてそう言った。


 でも、彼の手は止まっていない。

 ちょっと器用だね。


 集中していると思っていたけど、わたしの方を気にする余裕はあったようだ。


「カラーペンみたいなものはない?」


 わたしが手を止めていたのは、どうするか迷っていたためだ。


 決して、九十九を観察するためだけではない。


 色を付ける予定があるなら、わたしの技術的に、あまり、黒で描き込みを入れない方が良いと思う。


 白黒だけで銀髪の青い瞳の神様や、金髪に橙色の瞳を持った女神様を描くことは、かなり難しい。


 特に橙色の瞳に関しては、かなり特徴的なのに、今の自分のお絵描き能力では、表現しきれないだろう。


「まさか……、着色までする気か?」


 彼は目を丸くして、その手を止めた。


「しなくても良いけど、色付けした方がその特徴も分かりやすいでしょ? でも、この考え方って、人間界の教科書や図鑑が頭にあるせいかな? 魔界では一般的ではないかもね」


 魔界の絵本はカラーもあるけど、白黒の単色も珍しくない。

 人間界のカラフル絵本が基本だったわたしは驚いたものである。


 そして、図鑑はともかく、人間界、日本の小中学校の教科書は義務教育であるため、実は無料である。


 フルカラー印刷で製本されたものが無料配付なんてどれだけ税金をつぎ込んでいるのだと叫んだ級友がいた。


 個人でフルカラー印刷はコピー機の使用料金を考えると、確かに高いかもしれない。


 それを聞いて、教育に国がお金をかけてくれるほど、恵まれている環境って実は凄いことなのだなと、母子家庭育ちの娘は思ったものだ。


「何色が必要だ?」

「灰色、青、水色、橙、ペール……、いや、薄い橙色、黄色、黄土色があると嬉しい」

「12色じゃ、足りないな。72色あれば良いか?」


 そう言いながら、九十九はどこからかカラフルな筆記具を取り出した。


「……嬉しいけど、なんであるの?」


 そう言いながらもテンションが物凄く上がっているのが分かる。


 絵を描いたことがある人なら賛同していただけると思うけど、色塗りに使える種類が多いと妙に興奮しちゃうよね?


 人間界で、24色の色鉛筆に大興奮したことがあるけど、今回はその3倍ですよ!

 喜ばずにはいられません!!


「なんか……、すっげ~、嬉しそうだな、お前」

「分かる?」


 顔にはそこまで出してないつもりだけど。


「魔気が……、分かりやすく変わった」

「……魔気か」


 なるほど、表情だけではなく、そちらにも気を使う必要があるのか。

 制御だけで精いっぱいなのだけど、さらに課題が増えちゃったね。


「あと、他に誰もいないのだから、表情を隠すな」


 九十九は眉を顰めながら言う。


「でも、普段から練習は必要だってワカが言っていたよ」

「気を張りすぎると疲れるぞ。お前は顔より魔気に気を配った方が良い」


 まあ、確かに九十九が言うことも一理ある。


 それに、表情を隠す場面と隠さない場面をちゃんと見極めろともワカは言っていた。

 わたしの場合は、表情を出した方が良い方向に転がることもあるから、と。


 なかなか世渡りと言うのは難しいものだね。


「じゃあ、改めて。すっごく嬉しい。ありがとう!」


 わたしが表情筋を解放すると、九十九は一瞬、驚き、顔を逸らした。


「礼なら兄貴に言え」

「雄也先輩?」

「お前が絵を描くなら、いずれ、必要になるだろうって言ってたから」


 流石です、雄也先輩。

 彼が有能過ぎて怖いね。


「い、言っとくけど、お前が漫画を描きたがってるって話は、一切、言ってないからな! 絵を描くことだって、オレが購入した物から、兄貴が気付いただけだ」


 どこか慌てるように言う九十九。


「そっか」


 そこは黙っていてくれたのか。その気遣いがちょっと嬉しくて、頬が自然に緩んだ。


 雄也先輩も、他人の趣味を笑ったり馬鹿にしたりするような人ではないと信じているから、彼に対しては別に口止めをするようなことではないのだけど、彼に対してしっかり報告する習慣が付いている九十九なのに、わたしが困ると思ったのか深い部分は言わないでくれたようだ。


 でも……、それならば、誰にも言うなと口止めされている九十九の夢については、このまま、わたしの中だけで留めておくべきなのだろう。


 なんとなく秘密の共有って感じで、気恥しいね。


 でも、ここまでわたしの趣味に協力してくれている人に対して、その夢を手助けできないというのはなんとなく嫌だなあ。


 物知りな雄也先輩なら適切な助言ってやつをくれると思うのだけど、この様子だと、恐らく、九十九が一番知られたくない相手と言うのは、兄である雄也先輩なのだろう。


 今まで、彼が自分の夢について、誰にも言ったことがないというのがそのことを証明している気がする。


 普通なら、真っ先に相談するに相応しい相手だと思うから。


 でも、身内だからこそ隠したくなる気持ちも分からなくはない。


 わたしだって人間界にいた時には、「漫画家になりたい」なんて、母に言ったこともなかった。


 そんなわたしの気持ちを知っていたのは、友人だったワカと高瀬、それと来島ぐらいだ。


 反対されることが怖いと言うのもあった。


 だけど、それ以上に、「漫画を描くこと」そのものを否定や拒絶されてしまうことが怖かったのだと今なら思う。


 普通に考えても、現実的ではない夢だ。


 そして、わたし程度の絵を描く人間など、日本にはいくらでもいることも知っていたから余計にそう思っていた時期もある。


 でも、二年以上も描く機会がなかった今なら、少し考え方が変わっていた。


 プロになれなくても、楽しく絵を描けるならそれで良いのではないかって、再び、描ける場が与えられるようになった今だからこそ素直に思えるのだ。


 その辺かは、目の前にいる九十九のおかげだと思っている。


 その彼は「薬師になりたい」と口にした。


 それはわたしの趣味の延長のような曖昧な夢ではなく、ちゃんと目的意識が高いものだと思う。


 その根幹には「病気から人を救いたい」という彼らしい理由があるのだ。


 だが、それはこの世界ではかなり困難なことでもある。

 魔界ではある程度の知識があっても、薬の調合というのは不安定で難しいことだから。


 だけど、諦めかけていたわたしの夢を、守ろうとしてくれた彼の夢を応援したいと思うのは自然なことだろう。


 雄也先輩に頼らず、誰にも知られないように手助けってできないものかな?

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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