マントの代わりに
「やっぱり負けた~!」
目を覚まして最初にわたしが口にした台詞はそんな言葉だった。
「勝つ気だったのか?」
すぐ近くお茶の準備をしてくれていた九十九が、目を丸くしてわたしを向く。
「せめて、勝負にはしたかった。あんな一方的な状態。勝負とは言わないでしょう?」
わたしがそう答えると、九十九は何故か笑った。
「それならもっと攻撃手段を身に付けないとな」
「それも分かっているよ」
だけど、自分がどんな魔法が使えるのか分からない。
九十九と雄也先輩が、過去のわたしが使えた魔法を教えてくれたけれど、何故かそれは全く使えなかった。
まともに使えたのは風属性の基本魔法「風魔法」だけ。
そして、さっき長々と詠唱した「風属性盾魔法」ぐらいだ。
それらは、水尾先輩には一切、通用しなかった。
「いっそ……、風の盾を移動させる方向で考えた方が良いかな?」
「まともに制御できない人間が飛ばす竜巻なんか、誰が後始末すると思ってるんだ?」
わたしの後始末にいつも苦労させられている人間に言われると、説得力がありすぎて困るね。
「ところで……、いつから物質召喚できるようになったんだ?」
「物質召喚?」
「そのマント……。アイツの……だろ?」
「ほへ?」
九十九が指差す方向を見ると、確かに丁寧に畳まれたマントがあった。
「召喚、召喚?」
だが、わたしにその意識はなかった。
単純にあの時、「この手に彼のマントがあれば便利だな~」と思っただけ。
人間界の卒業式で、お情けのように渡されたのが始まりだった。
あの時、彼のマントを借りることができたから、九十九が来るまでの時間はなんとか稼げたのだ。
次はごく最近、あの迷いの森で長耳族からの弓矢攻撃。
あの時も、彼のマントのおかげで窮地を脱出できたと思っている。
それ以外のピンチのほとんどは、九十九か雄也先輩がいる。
言い換えれば、九十九や雄也先輩がいない時には、彼がいた……ってことになるのかな?
ん? なんか違う?
「これ、わたしが召喚したの?」
「無意識かよ」
「無意識だねえ」
どうもわたしには飛んでくるものを叩き落とすのは彼のマントが適していると考えるようになっているみたいだ。
まあ、振り慣れていた金属バットとかは範囲も狭いから、一振りで複数の対処ができないってのもあるだろう。
それ以上に、金属バットなんてこの世界に来てから一度も握ってすらいないのだけど。
そう考えると……。
「金属バット……、欲しいな」
思わず、思考が駄々洩れ、それが呟きとなった。
「いや、どんな流れだよ?」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事が明後日の方向に行っていた。何も考えずにぶん回したいなと」
「ソフトボールやってたから素振りしたいって意味だろうけど、単純にそれだけ聞くと、かなり物騒な奴だぞ、お前」
「……そうだね」
言われて考える。
確かに年頃の女性としては、金属の棒を振り回したいなんて発言は、少しばかり凶暴なイメージしかない。
「バットなら兄貴に相談してみろ。一つぐらいはまだ所持してるかもしれん」
「なんで雄也先輩?」
九十九の言葉に素直に疑問を持つ。
「兄貴は中学の時、野球をやってたって言わなかったか? 確か、金属だけじゃなくて木製もあったと思うぞ」
「ああ。でも、個人所有って凄いね。バットって安いやつでも数千円。拘りの一品は数万円もするのに」
振り回したいのは野球のバットではなく、ソフトボールのバットだけどそこは仕方がないかもしれない。
……そう考えると、水尾先輩にも聞いてみても良いかも?
「……なんで、物質召喚の話から金属バットになったんだ?」
「最初に魔法対抗したのが、マントをフルスイングしたことが始まりだから? かな?」
自分の思考について考えたけど……、そんな結論にしかならなかった。
「振り回すなら、耐魔法効果のある金属製の網の方が良くねえか? 軽くて振りやすいだろ?」
「網!?」
その言葉では漁師さんしか思い浮かばなかった。
そして、魔法を網で対処……?
それは可能なものなのか?
「他には……、大神官猊下が使うような紐?」
「紐は範囲が狭い」
九十九の言葉にそう答えた。
大神官である恭哉兄ちゃんのように、見事に扱えれば良いのだろうけど……。
あの人、神紐や、法力を込めた組紐を鞭のようにも使えるのですよ?
「『神舞』を練習していた時のような薄布は?」
「軽すぎて手ごたえがない」
「適度な重さ、広範囲に広げられるもの……? やっぱ、網か?」
九十九は時々、変なことに拘るよね?
「マントで十分だよ。何度も実証しているし」
わたしがそう言うと、彼は怪訝な顔をする。
九十九はライトに苦手意識が強いみたいだから仕方ないか。
彼が、わたしのストーカーをしているって知ってから、本当に嫌悪感を隠さなくなったからね。
「そのマントじゃなければ駄目か?」
「水尾先輩は火属性だからね。耐火効果があるこのマントを使うのは当然じゃない? ああ、でも、これ以上、ボロボロにしたら申し訳ないなあ」
先ほど、水尾先輩の魔法を打ち払いまくったせいか、頑丈だったマントに少しだけ焦げ目があった。
「この国なら、全属性に抵抗するマントもありそうだが……、聞くところによると、『印付』が難しいらしいんだよな」
「……あれ?」
九十九の言葉でふと思い当たったことがある。
「どうした?」
「もしかしなくても、これをわたしが召喚できちゃったってことは……、わたし、実はこのマントに『印付』しちゃってるってこと?」
「そうなるな。……ってそのつもりで身に付けていたんじゃないのか?」
「いやいやいや! 違う違う! いつか、これは返そうって思っていたよ?」
「……他人の物を身に付けるなよ」
ああ、九十九の目が酷く冷たい。
「……それは確かに」
でも、確かに魔力が解放されているわたしなら、持っているだけで自分の物に印付している可能性はあるのだ。
「ううっ」
「オレはてっきり素直に受け取ったと思っていたが」
「いや、だって、これ、高価なものでしょ? 何も言わずに置いて行ったからって勝手にもらえないよ」
「安物なら良いのか?」
九十九から真面目な顔で、そう問われて……。
「いや、やっぱりちゃんと『くれる』って言葉を聞かない限りは受け取れないな」
わたしはそう思った。
「だが、返すならどうやって返す気だったんだ?」
「どうせ、またひょっこり現れるかなと思っていた」
会ってはいなかったけれど、ストレリチアにも来ていたみたいだからね。
「……お前は阿呆か?」
「この部分に関して否定はできないけど」
自分の身を狙っているような人が、目の前に現れるまで待っているって……、確かに変な人でしかない。
だけど……、あの様子だと絶対に現れると思うのだ。
なんかワケありっぽいし。
「あの人もセントポーリアの聖女が好きみたいだから」
どこかの王子のように、セントポーリアの聖女に似ていたからわたしが気になるらしいし。
「……セントポーリアの聖女?」
「似ているそうだよ、わたしに。ダルエスラーム王子殿下も初めて会った時、そんなこと言ってた」
「……つまり、聖女は導きの女神ディアグツォープにも似てるってことか」
言われてみれば、わたしに似ているってことはその可能性もあるのだ。
「同じ血が流れているからかなって思っていたけど……、もしかしたら、その聖女様も祖神がその導きの女神様……なんだろうね」
聖女さまは、その名前も同じ「ディアグツォープ」様、らしいし?
「……ん?」
考え事をしていた九十九が変な顔をした。
「どうしたの?」
そろそろ、ベッドから降りようと思っていたところだったけど、何故か彼はわたしをじっと見た。
「何か……混ざってる」
「へ?」
さらに、九十九から奇妙なことを言われたのだった。
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