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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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少年は自己紹介をする

「それで少年は、高田に会いに来たってことで良いのかな?」

「笹さんはかなり熱心な通い妻ならぬ通い夫だよね」


 高田の知り合いっぽい女の質問に、高瀬が助け舟のような冗談のようなことを口にする。

 同時になんで、それをお前が知っているんだ? とも思う。


 ここで高瀬と会うのは、まだこれで二回目だったはずだが?

 

「確かに……、高田と帰ろうと思ってここに来たのは否定しないけど……」

「青春だね」

「高瀬だって、家からわざわざ来たんだろうが」


 今日の彼女は以前見たお嬢さま学校の制服ではなく、私服だった。


 どことなく、この双子たちに似た雰囲気の服ではあるが、彼女たちはパンツルック。

 対して、高瀬は割と丈の短いスカートだったりする。


「従姉妹やその友人と愛を深めに来たのですよ。受験前は忙しくてなかなか来れなかったからねえ……。会える時には会いたいじゃない。会えなくなる前に……」


 高瀬はそう意味深な言葉を口にした。

 その表情は読みにくいが、いつものようなおふざけではないことは分かる。


 もしかして、この女は何かに気付いているのか?


「まあ、ウチの高校はここと違って、高瀬の学園から大分離れているからな。これまでみたいに放課後、遊びに……って簡単にはいかないよな」

「高瀬さんも受けたら良かったのに」


 ああ、そういうことか……。

 一瞬、オレは別の意味にとってしまった。


水尾(みお)さんや真央(まお)さんのような先輩がいるなら魅力的だとは思ったのですが、生憎、家の教育方針ってやつもありまして……」


 オレたちが受けた高校よりも、高瀬の通うところはもっとレベルが高いのだ。

 それを考えれば、わざわざランクを落とす学校を受ける理由はないだろう。


「そう言えば……、笹ヶ谷少年?」


 高瀬に「真央」と呼ばれていた方が、オレに声をかけてきた。


「はい?」

「割と、今更だけど、キミの名は?」


 言われて……、、オレは名乗っていないことに気付いた。


 いや、名乗る暇もなかったというのが正しい気もしないでもないが。


「九十九です。笹ヶ谷九十九……。貴女たちと面識がある笹ヶ谷雄也の弟です」

「おやおや、自己紹介もなしにいきなり絞められたって……、笹さん、何したの?」

「知るかよ。兄貴がこの双子に何かしでかしたんだろう?」


 兄が敵を作ること自体は珍しくない。

 オレに被害が出るほどの事態は初めてだったけど。


「じゃ、改めて……。姉の富良野(ふらの) 真央(まお)です。こっちが妹で水尾(みお)。具体的に笹ヶ谷先輩に何かされたことはないんだけどね」


 ……姉?

 ……つまりこっちも女だった。


 危ない、危ない。

 また失言をかますところだった。


 しかも、こっちの方が怒らせたらかなり怖い気がした。

 なんとなく。


「単にあの男が嫌いなだけだ。こう、生理的に!」

「嫌われたもんだね、笹さんのお兄さま」

「まあ、分からないでもない。軽い男に見えるからな」


 実際、兄貴は軽くはない。

 寧ろ、オレよりもずっと重いかもしれない。


 だけど、意識的にそう見せている。


「軽いだけであそこまで嫌うかなぁ? あの富良野先輩……水尾さんの方は、中学生時代、結構、他校にも評判の生徒会長だったんだよ? 対して、笹さんのお兄さんは北高の生徒会副会長に選ばれた人でしょう?」

「……って待て。何で高瀬がそんなことを知ってるんだよ?」


 この中学のことは若宮や高田がいるから分かるにしても、大分、離れた高校のことまで知っているのはおかしくないか?


「なんか情報が勝手に入ってくるのよ? 学園一の才女ともなるとね」

「自分で言うなよ」

「そんな方が『軽い』……ってのが、分からないなと」

「「外面(そとづら)が良いんだよ」」


 オレの声と水尾とかいう女の声が重なった。


「なるほど。軽くて外面(そとづら)が良いと言う事は、社交性が豊かってことで良いのかな?」


 高瀬が自分なりに納得したのか頷いている。


「小学校の頃にチラリと拝見した雄也さんはモテそうな感じではあったけど、そこまで軽そうには見えなかったから……、つい、ね」

「小学校からあの手の早さなら大問題だ」


 どうも兄貴は水尾とか言う女にひどく嫌われているようだ。


 まあ、仕方ない。

 それは自業自得というものだ。


 オレに飛び火したのは納得いかないところだが。


「う~ん。水尾……? お話も良いんだけど……、残念ながらそろそろ時間がないみたいだよ。」

「あ? もうそんな時間か……」


 どうやら二人には制限時間があったようだ。


 なんとなくオレはホッとした。


「あら、それは残念ですね」

「ああ、高瀬。会ったばかりで悪いけど、この花、高田に渡しておいてくれるか?」

「私でよろしければ」


 そう言って高瀬に花を渡すと、双子たちは帰っていった。


 まるで嵐のようだった。

 突然来て、何事もなかったかのように去っていく。


「災難だったねぇ、笹さん?」

「まあな」

「助かってよかったねえ、笹さん?」

「おう」

「誰のお陰で助かったんだっけ? 笹さん?」

「……何が言いたい?」

「私、これから恵奈と高田とカラオケに行きたいな~とか思っているんだけど? 笹さん?」

「……奢れと?」

「奢ってくれたら嬉しいな。ね? 笹さん?」


 そう満面の笑みで言う悪魔に逆らえる人間がいるだろうか?


「分かったよ。三人分で良いんだな?」

「話が分かる男の子って、素敵よね~」


 褒められている気がしない。

 それも微塵たりとも。


 こうやって、白い花束を抱えて笑顔を崩さないこの姿はそれなりに絵になると思う。


 だが、それは罠だ。

 油断して近付くと頭からぱっくりといただかれてしまうこと間違いないような女なのだ。


「カスミソウだけの花束かぁ……。センス良いよねぇ」

「一時間ぐらい考えたらしいぞ」


 そんなことを言っていた気がする。


「高田は幸せ者だね。それだけ、悩んでくれるなんて……。私の卒業式なんて略奪される側だったから」

「お嬢さまが、略奪?」

「そ。身に着けているもののほとんど後輩に持っていかれたよ」


 ちょっと想像ができない。

 さっきの女が大量発生したら分からなくもないが、そんなお嬢さまは嫌だ。


 やはり男の理想としては、「お嬢さま」とか「お姫さま」とか言われるような存在は、可憐で清楚、健気でいじらしい存在であって欲しいと願う。


 いや、目の前の彼女がその「お嬢さま」の一員である時点で、そんな幻想は脆くも崩れ去るわけだが。


「才女も苦労しているんだな」

「まあ、正しくは、身に着けたものはすべてその場でオークションに掛けたんだけど。いや~、それまで自分の身に付けていたものが、あっという間にあんなに高値を付けるなんてどうしようかと?」

「いや、売るなよ」


 その発想は「お嬢さま」ではなく「商人」だと思う。


「ご心配なく。恵奈と違って、自分の利益にはせず、ちゃんとしかるべき場所に寄付させていただきましたから」


 よく分からないが、彼女の卒業式にもいろいろとあったようだ。


「それにしても……、富良野姉妹。並んでいるところを久しぶりに見たけど、流石の迫力だったね~」

「あんなのが元生徒会長だったとは……」


 ここの学校の生徒たちは、校内の騒ぎに夢中になっているためか、先ほど騒動に気付いた人間はオレたちと同じように外から来た高瀬以外にいなかったようだ。


 かなり自由な学校だと思う。

 普通なら傷害事件だぞ?


「あんなのって、よっぽど酷い扱いを受けたんだね、笹さん」

「初対面で絞め落とされたのは初めてだからな」

「まあ、笹さんが抵抗らしい抵抗もしなかったことも一因かと」

「いきなり過ぎて驚いただけだ」

「そうかな? 笹さんは優しいところがあるから。もしかしたら、無意識に女性とわかったんじゃない?」


 そう言って、高瀬は少し含みがある笑みを浮かべた。


 実際、抵抗しなかったのは魔力を抑えていたためだが、悪いように受け取られなかったなら、この方が良いだろう。


「彼女はこの中学校で初の女生徒会長だったらしいよ。今までの、生徒会を根幹から変え、教師誘導だった生徒会を生徒主導に変えたのもあの人の手腕だったって話。さらに、二人して学業も常にベスト5、それなりに運動も出来るんだから人気があるのも分かる気はするけど?」

「有能なのは分かった。だが、性格は?」


 無能なのは論外だが、上に立つ人間ならそこも大事だと思う。


「はっきりとした物言いの上、行動力もあり、有言実行型の妹と、多くは語らず要点だけを付く不言実行型の姉。そして、どちらもさばさばした性格だったと記憶しています」

「姉はよく分からんかったが、妹はずけずけとした物言い、……口より先に手が出るタイプに見えたぞ」


 オレはあれをさばさばした性格とは認めない。


「たまたま笹さんが珍しい面を見ただけだと思うけど……。まあ、水尾さんは体育会系ところもあるし」


 体育会系とかそんな問題じゃなかった気がする。


「ただどちらも間違いなく人を引き付けるタイプだとは思うよ。性格とか言動とか抜きにして、持っているカリスマみたいなものが普通の人と桁違いな感じがするんだ」

「カリスマ……ねぇ」


 確かに門に立っていただけなのに、気になるっていうか……、目が吸い寄せられる印象はあった。


 まあ、背が高くそれなりに容姿が良いのは認めざるを得ない。

 そして、それが同じ顔していれば、どうしても目は行く気もするんだが。


 カリスマとかいう話を持ち出すのなら、今、ここで話している彼女も同じようなもんだとは思う。


 それにその従姉妹も。


 2人が並ぶとやはり、自然と目がその方向へと向かうのは否定できない。


 たとえ、その先に待っているのが期待から斜めにずれた言動だったとしても。


「笹さん? なんか失礼なこと考えてない?」

「いや? さっきのあの双子にも目が行くのは否定しないが、高瀬と若宮も並ぶと威厳あると思っただけだ」

「威厳……そこまではないと思うな。確かに恵奈ならあるかもしれないけど、わたしはまだ若輩の身なので……」

「高瀬が若輩なら大半の同年代の男たちは形無しだな。オレも含めて……」


 どう考えても落ち着きとかそう言ったものが、同じ年齢とは思えない。


 妙に達観しているというか、別世界にいるというか……?


 そこまで考えて「別世界」という言葉を使った自分が可笑しくなった。

 オレは初めから彼女たちとは違う世界にいるのに。


「殿方の面目を潰す気はさらさらないのですがね。ただ、人を引き付けるという意味では、私や恵奈より、キミの彼女さんが一番じゃないのかな」

「は?」

「気付いていないなら良いよ。……というより、気が付いてしまうと、笹さんが大変になるかもしれない」

「それはどう言う……?」


 オレが言い終わるのを高瀬は手で制止して……。


「……っと、今のはちょっと失言だった。私が本来言うべき言葉じゃなかったね」


 そして、話題を変えるかのように、校舎の方を向いて言った。


「それはそうと、恵奈が来たみたいだよ? 高田は……、いないみたいだね」


 言われた方を見ると、若宮がてくてくと歩いてきた。

 手には、どこかでもらったのか花束らしきものがある。


 だから、彼女の口からその続きを聞くことができなかった。


 アイツが不思議と人を引き付ける性質があるって、ことぐらいオレはとっくに気付いていたことだ。


 だが、何故、それがオレにとって大変になるという理由に繋がるのが分からない。


 人を引きつける……それは自分にとって利益ばかりではないのだ。

 害意、憎悪、悲観、そう言った負の感情を持つ人間たちまで呼び寄せる。


 そのことをオレが知るのは、残念ながらまだ先の話である。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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