どちらも信じている
「なんで、こんなアホな勝負をしたんですか?」
オレは、すぐ傍にいる女性の顔も見ずにそう言った。
「いろいろと試してみたかっただけだ。それに、高田なら耐えるだろ、あれぐらい」
「いや、あれぐらいって……」
あの炎の弾丸はともかく、火の鳥の方はどう見たって巨大魔法だった。
この広い契約の間を覆いつくさんばかりに翼を広げた大鳥。
あれを自分が耐えられるか聞かれたら、まず何も対抗しないと言うのはありえない。
「で、どうだった?」
「どう……とは?」
「言った通り、良い物、見れただろ?」
「胸糞悪い物なら見ましたよ」
オレが忌々し気にそう言うと、目の前にいる女性は一瞬、目を丸くした後、くくっと笑った。
「どのことだ? 私の魔法が届くより先に風の盾を創り出したところか? それとも炎の弾丸を弾き返すところか?」
どこか挑発的な物言い。
だから、オレは彼女が望む答えをくれてやらない。
風の盾については驚いたが、「迷いの森」で一度使用している。
その時と詠唱は少し違った気はするが、そこは問題じゃない。
炎の弾丸を弾くところについては、以前、似たようなものを見たことがある。
間接的な手段ではあったため、実際にそれを見ることができた今、器用なことするんだなという感想以外は出てこなかった。
「何度言っても、『魔気の護り』を攻撃手段として使おうとする高田です」
オレはそう答えた。
確かに何度も言ってるんだ。
隙が大きくなるし、魔法力の消費量も多すぎるから、実践向きじゃない、と。
それでも、魔法に対する対抗手段を持たない彼女は、どうしても、あれを使おうとしてしまう。
彼女が言うには「楽だから」だそうだ。
普通は楽じゃないはずなのに、桁違いの魔法力がそれを可能としてしまう。
本当に困ったものだ。
「もっと別の回答を期待したんだが……」
そんなことは分かっている。
だから、その答えは口にしない。
「不満顔ですね。まだ暴れ足りませんか?」
「いや、あの火の鳥を創り出した時点で、結構満足。初めてだったからな……。あれだけ観客がいて失敗していたら、私は羞恥のあまり、目撃者を消すしかなかった」
「物騒ですね」
そう言いながらも、あの魔法が高田の「風の盾」と同じように、ぶっつけ本番だったことに驚く。
「天才」ってこういう人に使う言葉なんだろうな。
「高田の具合は?」
「寝ているだけですね。怪我もなく、魔気の乱れもほとんどないです」
「高田マニアの九十九が言うなら間違いないな」
「兄貴ほどマニアしていませんよ」
「そう返すか」
実際、オレの情報収集能力なんて、兄貴の足元にも及ばないのだ。
確かに彼女のことは以前よりはずっと分かっているつもりだが、それでも、予想と違う行動をする彼女から振り回されてしまうのは今も昔も変わっていない。
「水尾さんの方は、何か得られました?」
「高田の風の壁を破れなかった。悔しい」
あの火の鳥は、高田の出した「風の盾」……、と言う名の竜巻に激突し……、そのまま数秒、形を維持したが、引き裂かれるようにその羽を散らして消え去ったのだ。
「本当に防御特化型ですね、この女」
オレは、腕の中にいる女を見る。
呑気な顔が酷く腹立たしいが、同時に安心もした。
「アレを『盾』と言い張るのはどうかと思うけどな」
あの形……、彼女の周りを囲むように起こった竜巻は、まるで結界のようだった。
確かに、アレを見た後では、「盾」という言葉を彼女がどう捉えているか疑問である。
「完璧な防御だが、あれじゃ、動けん。時間稼ぎにしかならんだろ?」
だが、高田はその時間稼ぎをしたかったのだと思った。
水尾さんが最初に大きな魔法を使うことは分かっているのだから、まずはそれをなんとかして、隙を誘った……、こんな所だろう。
「あの形を移動系にするとか?」
竜巻は確か人間界で移動する存在だった。
魔界では……、その場に留まる魔法でできた旋風しか見たことがないが、人間界での竜巻や台風の動きを知っている高田なら、あっさりと動かしてしまいそうだ。
「それ、高田に伝えるなよ。今度はあの風の盾とやらを攻撃手段として使いかねない」
なんとなく、独楽同士が体当たりするように、竜巻を発生させながらいろいろ弾こうとする高田を想像した。
「高田の攻撃手段は少ないから、面白いんじゃないですか?」
「九十九や先輩がそう簡単に許すから、高田の攻撃手段はどこか笑いにしかならないんだ」
その辺に関してはオレのせいじゃない。
彼女のソウゾウリョクに言ってください。
「私としては、『聖歌』を歌う可能性を警戒したんだが……」
「こんな所で『導きの女神』を降臨させたら大騒ぎですよ?」
それより、導かれるつもりだったのだろうか?
あれは迷える魂を導くための聖歌だと聞いている。
つまり、生きている人間相手に使うものではないらしい。
「それが単体でできるかどうかを見たかったんだよ」
「できないでしょう。大神官様もそう言っていました」
少なくとも、「現時点の彼女にはできない」……と含みを持たせて。
条件を満たして、神力ってやつが上がってしまえば、単独降臨もあり得るとも言っていたが、彼女がそれを望んでいないことは明らかだった。
彼女は大神官と、毎日のように顔を合わせていたが、何かを学んでいる様子はなかったのだ。
まあ……、神に捧げるための舞って言うのは、「聖女の卵」として、教えられてはいたようだが、それを見た時に特別な効果はなかった気がする。
「まあ、もう少し様子見だな。高田の魔法はまだ安定していなかったことはよく分かった」
「『風魔法』で、竜巻をぶっ放した時は驚きましたけどね」
手のひらから目標物に向かって伸びた竜巻。
少し前に、「迷いの森」でオレ相手に放っていた時は、空に伸びた竜巻がオレを巻き込むタイプだったのに、先ほど見たのは明らかに別の魔法だった。
「あれはまともに当たったら、この身体を貫通してたな」
水尾さんの言うように、なかなかエグい魔法に進化していたようだ。
勿論、この彼女にそんな意識はなかったのだろうけど。
「少年もいっちょ、やってみるか? 私と魔法勝負」
「勘弁してください」
勝てる気はしない。
それに……、平気そうにしているが、あれだけの魔法を連発しているのだ。
勝負をできなくないが、万全でもないだろう。
「オレは、新作のお菓子を作る予定があるので」
「それなら仕方ないな」
あっさりと引き下がってくれる女性。
これが方便だと気付いていたことだろう。
「今回は『昏倒魔法』じゃなかったんですね」
「昏倒させるのは立派に攻撃魔法だからな。あの距離で高田の自動防御が働くことは避けたかった」
「なるほど……」
確かに高田の「魔気の護り」は強力で凶悪だ。
こちらの思考が追い付くよりも先に発動する。
ほんの僅かな敵意も見逃さないように。
あれを抑え込めるようになっただけでも、彼女は随分、成長しているのだ。
「それにしても、よく九十九は止めなかったな。高田か九十九が本気で嫌がれば、私は止める気だったぞ」
高田を抱きかかえた時、そう声をかけられた。
「もしかして、九十九は私が高田を殺せないと思っているのか?」
「殺せない……じゃなくて殺さない……の間違いでしょう?」
オレは溜息を吐く。
舐められたものだ。
こんなことも分からないと思われているなんて。
「オレは高田を信じているし、水尾さんのことも信じているんですよ」
水尾さんがどれだけ高田を大事にしてくれているか、よく分かっている。
流石に若宮ほど危険水域にあるわけではないが、水尾さんだってオレが気付かないような部分までしっかり守ってくれていることは知っているのだ。
「それこそ買いかぶりじゃないか?」
「買い被り……ですかね?」
そう言って、オレは高田から一瞬だけ手を離すと、抱えていた彼女のバランスが崩れ、少しだけずり落ちる。
「何やってんだ! 護衛なら眠っている女を少しでも揺らすな!!」
そして、案の定、怒られた。
「これぐらいで怒るような人を信用しない方が間違っていると思いません?」
「段々、先輩に似てきたな、弟」
オレの意図が分かったのか、彼女は睨みつけてきた。
「同じ血が流れる兄弟で、しかも、兄はオレの師でもありますから」
そう言って、オレは笑うのだった。
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