姉妹の会話
「それにしても、話を聞いて驚いたよ。まさか、ミオが高田と一緒に行動していたなんて思いもしなかった」
ようやく、落ち着いたのか、真央先輩がそう切り出した。
水尾先輩に与えられた部屋は、わたしたちの部屋よりも広くて、大きなテーブルがどどんっとあった。
そして、出入口以外にも扉が付いているので、やはり別室もあるのだろう。
ストレリチアも、大聖堂の部屋は一室限りだったけど、城内でワカが準備してくれた部屋は、別室があったし。
トルクスタン王子と雄也先輩、リヒトは場を外し、わたしと真央先輩、水尾先輩が席についている。
九十九だけは、わたしのために残ってくれているが、何も言わず、背後で立っているだけだった。
個人的に、彼に対してこんな扱いをするのは嫌だと思ってしまう。
彼は護衛をしてくれているけど、同時に友人でもあるのだ。
確かに、一緒にいてくれているけど、九十九はわたしの使用人というわけでもないのに。
「まあ、出会ったのは偶然だが、その後は成り行きだな。私もまさか、高田に世話になるとは思っていなかった」
「後輩に迷惑かけるなんて、図々しい先輩だね、ミオ」
「うるさいなあ、分かってるよ」
「迷惑だなんて……。わたしは水尾先輩にかなり助けられていますよ」
「おや、優しい後輩で良かったね、先輩?」
「分かってるってば!!」
えっと?
これはもしかして、普通の姉妹の会話なのだろうか?
九十九たちもこんな感じだよね?
一人っ子の自分にはその辺りの基準が分からない。
どこまで本気なのか、じゃれ合っているだけなのか。
その判断がつかないのだ。
「それにしても……、ミオ。随分、魔気を抑えられるようになったね。アリッサムにいた時よりかなり落ち着いている」
「まあ、いろいろあったんだよ」
正しくは、ストレリチアでは目立ちすぎるから魔気を抑える道具を身に付けるようになっているだけだ。
それらを外せば……水尾先輩は膨大な量の体内魔気を周囲に振りまくことになる。
身に着けた装飾品の数こそ変わらないけれど、この二年で彼女が身に付けている装飾品はかなり強化されていた。
「それに……、装飾品の趣味も変わった?」
「分かっていて言ってるだろ? マオ」
「まあね。でも、相当、感知に優れていないと見抜けない程度ではあると思うよ」
「それ、遠回しに『感知に優れた私なら分かる』って言ってるよな?」
「痩せても枯れても魔法国家アリッサムの王女ですから」
その言葉で、水尾先輩の肩が一瞬、震えた。
わたしでも分かったのだから、感知に優れているという真央先輩に分からなかったはずはないだろう。
でも、彼女はそれに触れずに会話を続ける。
「まあ、ミオがアリッサムを脱出してから、セントポーリア、ジギタリス、ストレリチア、バッカリス、エラティオール、そしてこのカルセオラリア……と渡ってきたのは分かったよ」
そのほとんどは、わたしに付き合せてしまっているだけです、真央先輩。
「まるで、神官たちの巡礼のようだね」
真央先輩はくすりと笑った。
「巡礼のように聖跡巡りはしてないぞ」
「分かってるよ、ミオ。例えだよ、例え」
実は、水尾先輩は、真央先輩に対してこれまでの詳しい事情は話していないらしい。
彼女に伝えたのは、わたしがセントポーリアの王子に追われているということだけだった。
これ以上は、まだ話さない方が良いと、水尾先輩自身が判断したらしい。
トルクスタン王子にも何も話していないようだし、わたしとしても、あまり他人を巻き込みたくはないので、話す気はなかった。
ある意味、丁度良かったと思う。
「今度はそっちの番だ。なんで、ウィルクス王子の婚約者なんてものに収まってんだ?」
「国のため」
水尾先輩の鋭い問いかけにも、真央先輩はあっさりと言葉を返した。
「いや、違うな。姉さまのためだね」
真央先輩は何かに気付いたかのようにそう言った。
「姉貴の命令か?」
「そうなるね」
真央先輩は何でもないことのようにあっけらかんと言う。
……ちょっと待て?
確かにアリッサムの人たちがこの国に来て、真央先輩がこの国の王子の婚約者になることで援助をしてもらったという話は聞いていた。
だけど、二人の話を聞いた限りでは、それって……先輩たちの実のお姉さんが、言葉は悪いけど真央先輩をこの国に売ったってことになるのではないだろうか?
ああ、そう言えば……、リヒトがこの城に来る前に何故か「身売り」って言葉をわたしに尋ねてきたことを思い出した。
言葉を知らないはずの彼が何故、あのタイミングでそんなことを口にしたのかは分からないけれど、もしかしたら……、誰かの呟きが聞こえたのかもしれない。
「まあ、仕方ないよ。まともな財産はほとんど持ち出せなかった。混乱していたからね」
「女王陛下や王配の行方は分からないままなんだな」
「うん、あの二人は、離れていたからね」
「離れていた? あの状況で?」
「うん。私は姉さまと聖騎士団長のラスブールたちに守られていたけど、その分、女王陛下たちの守りは薄かったかもしれない」
まるで他人事のように、真央先輩はそう言った。
わたしが、水尾先輩と再会した日から、もう二年以上は経っている。
既に真央先輩が、気持ちの整理は付けていても可笑しくはない。
「姉貴は……、国を再興すると思うか?」
「思うよ。あの人がやられっぱなしで終わるような性格だと思う?」
真央先輩が何故かわたしを見て言った。
「思わない」
水尾先輩もわたしを見て答えた。
いや、何故、二人とも、わたしを見るのだろう?
反応を確認されている?
二人ともわたしを見るので、その視線から逃れるように、ずっと無言を貫く九十九へ目線を移したくなったが、我慢する。
ここで、弱気なところを見せるのは良くない気がした。
「ところで、話を聞いた限りでは、カルセオラリアに来たのは偶然ってことかな?」
「いや、カルセオラリアの人間がストレリチアで口を滑らせた」
「おや」
「マオと間違えたらしいぞ」
「それは心外。ミオと私はこんなにも似てないのにね」
「心外って……」
「事実だよ?」
「そうだな」
言っていることは少しよそよそしく思えるが、今のわたしならはっきり分かる。
この二人は全く似ていないことに。
以前から、顔は似てはいるけど、違う人間ってことは、わたしには分かっていた。
それでも、人間界では何故か、二人は間違えられることが多かったのだ。
でも、今なら間違えようはないだろう。
ここまで特徴が違う魔気を身に纏った人間が同じであるはずがない。
「それにしても、相変わらず、すっげ~、魔気だな」
「これでも大分、抑えてるんだけどね。まあ、今の所は表に出る予定はないし、別に問題はないかなって思っているよ」
「それ、この国だからできることだからな」
「経験談かな?」
「そうだよ。法力国家で注意された」
この国の建物は魔力を通しにくい素材でできているためか、確かに、魔気がかなり軽減されている気はした。
だから、扉を開けるまで、真央先輩がここまで凄いなんて思わなかったのだ。
「先輩に頭下げれば魔法具を融通してくれるかもな」
「別に私はミオと違って笹ヶ谷先輩に含みはないから良いよ。確かに、抑えっぱなしって苦しいし。でも、ミオだって相当ストレスたまったでしょう? 国では毎日、魔法をぶっ放していたからね」
そうなのか……。
それは、見てみたいような。
そうでもないような……。
「いや、適度にストレス解消をさせてもらったから。動く的は気合が入って集中できる」
誰のことでしょうか?
「動く的?」
真央先輩が九十九の方を見た。
「そっちじゃない。こっち」
水尾先輩はわたしを差し示す。
「高田を的に……?」
「おお。器用だぞ」
「へえ……」
「ほぼ全弾避ける」
「ホントに?! え? 加減なし?」
真央先輩が驚いて、わたしを見た。
「加減したら疲れるだろう?」
「つまり、……殺す気で?」
「……流石に、そこまでは」
ちょっと待ってください。
なんか、今、すっごい物騒な単語が聞こえた気がしますよ?
「ふ~ん」
真央先輩はそう言いながら、意味ありげな視線をわたしに送る。
この会話の流れから、嫌な予感しかしない。
「ミオ、高田に全力は出せそう?」
「さっき言っていた殺す気でってことか?」
「うん」
その言葉で、九十九は顔色を変えず、気配だけが少し、変化したのが分かる。
「マオは責任、とれるのか?」
「ミオ、私を誰だと思っている?」
そう言って魔法国家の第二王女殿下は笑顔でとんでもないことを言った。
「即死でない限りは致命傷でも生存させてしまう女ですよ?」
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