【第33章― 二人の王女 ―】先輩との再会
この話から33章に入ります。
九十九と二人で、ある部屋の前に立った。
彼が軽く、その部屋の扉をノックをすると……。
「九十九か?」
と、水尾先輩の答える声があった。
「はい、高田も一緒です」
「そうか。二人とも、入っていいよ」
いつものように答える水尾先輩の声。
だから、九十九は迷いなく、その扉を開いた。
―――― ごふぉぉぉぉっ!
「「うわっ!? 」」
中から溢れんばかりの熱を浴び、わたしと九十九は声を上げる。
扉の向こうから迫る異常に高い熱気。
一瞬で全てが焼き尽くされたかと錯覚してしまうほどの高温。
だけど……、それだけの熱を浴びて尚、わたしからは自動防御となる風の渦が生じなかった。
いつもはわたしへの殺意や敵意などの害意に対して反応する「魔気の護り」。
考えるより先に発動するはずのそれが一切なかったのだ。
つまり……これはわたしへの攻撃ではなかったということ。
だけど……。
「高田!?」
真横から慌てるような声。
ああ、大丈夫だよ。
これは攻撃じゃない。
それでも……これだけの魔気を食らったのは初めてで……、わたしは、暫くの間、意識を飛ばしてしまったのだと思う。
「はれ……?」
ぼんやりとした視界に入るのは、真っ青でどこか無機質な天井と……、わたしを心配そうに覗き込む黒い髪、黒い瞳の青年。
「大丈夫か!?」
現状と、彼の様子から判断した限り、どうやら、わたしはぶっ倒れたらしい。
「ああ、うん。大丈夫」
まだ少し、頭がくらくらとする気がするけど……、いつまでも彼に支えられているわけにはいかない。
わたしは、ゆっくりと身体を起こす。
「悪いね、高田」
わたしのすぐ近くから聞こえてくる水尾先輩によく似た女性の声。
だけど、彼女のものとはどこか違う声。
わたしは、その声の方向を向くと……。
「少し、体内魔気の調整をミスったみたいだ」
そう言いながら、肩までの長い髪、黒い瞳の水尾先輩そっくりな女性が立っているのが見えた。
「いえ、お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
わたしは立ち上がって、彼女の方へ向き直り……。
「ご無沙汰しております、『マオリア=ラスエル=アリッサム』王女殿下。こうして再びお会いすることができて、大変嬉しく存じます」
そう言って、両手でスカートの裾を持ち上げ、軽く一礼する。
ストレリチアにて、ワカにこの礼だけは叩き込まれたのだ。
どの国の目上の人間に対しても通用する礼だと。
この国で、聖女になる気がないなら、これぐらいは覚えていけ……、とも言われた。
わたしが、そんな礼をとるのが意外だったのか、息を呑む気配がした。
「私に対しては、そんな礼はいらないよ。今は公式的な身分を持たないからね」
そう言ってどこかきまずそうに言う。
「マオリア王女殿下は、この国の第一王子殿下である『ウィルクス=イアナ=カルセオラリア』さまの婚約者と伺っております」
わたしは頭を下げたまま、そう答える。
身分とかそう言ったものに詳しくはないが、今の真央先輩は昔とは違うことぐらいは分かっている。
「あ~、ミオ? この後輩、なんとかして?」
わたしの態度に困ったのか、目の前にいる王女殿下は、近くにいると思われる妹に丸投げした。
「……マオの方は挨拶がまだだよね? せめて、それぐらいしたら?」
対処を頼まれた妹殿下だが、意地悪そうな声でそう答える。
「……久しぶりだね、高田。私も会えて嬉しいよ」
溜息を吐きながらも、どこか棒読み口調の王女殿下。
どうやら、何かご不満らしい。
「……そろそろ顔を上げて欲しいのだけど?」
そう言われたので、わたしは顔を上げると……。
「うわあ、本当に高田だった」
そう嬉しそうに笑ってくれた。
「さっきも言ったとおり、私は公式的に身分を持たない身だし、王子の婚約者ってのもまだ内々のもので、対外的に喧伝してないから、今まで通りの口調と態度で大丈夫だよ」
「そうは言われましても……」
わたしは困ってしまう。
ストレリチアでも、人前では一応、王女であるワカに敬語を使っていたのだ。
「ミオに対しては? 敬語じゃないでしょ?」
「敬語です」
「敬語なのか」
何故か、真央先輩は目を丸くした。
そんなに意外なことかな?
「先輩なので」
どんなに仲良くても、そこは大事だと思うし、一度ついた癖ってなかなか抜けないのだ。
「相変わらず、そんな所は本当に真面目だね。でも、ミオにも敬語なら仕方ないか」
「先輩なので、そこは譲れません」
わたしはきっぱりと胸を張って言い切った。
それでなくても、体育会系の部活は上下関係が厳しいのだ。
弱小チームではあっても、その辺りのけじめはちゃんとつけていた。
「……じゃあ、そこの笹ヶ谷先輩に対しては?」
そう言って、トルクスタン王子とリヒトに挟まれるように立っていた雄也先輩の方を見ながら、真央先輩は確認する。
「勿論、敬語です。年上なので」
わたしが即答すると、真央先輩はやれやれと首を振った。
「……従者にも敬語だったのか。それなら、仕方ない。私が折れよう」
「これまでだって、真央先輩に対しては敬語でしたよ?」
それ以外の口調で話しかけた覚えはない。
「あ~、人間界はともかく、魔界は年齢関係なくタメ口が多いから、ちょっと落ち着かないんだよ」
「真央先輩は、……王女殿下ですよね?」
それなら、敬語を使われることが自然だったのではないだろうか?
「『王女殿下』も……、二年ぐらい離れているから」
そう言いながら、照れくさそうに笑われても、内容的にそれ以上、わたしは会話が続けにくい。
そんなわたしの様子に気が付いたのか、真央先輩はわたしではなく、傍に跪いている別の人間に声をかける。
「久しぶりだね、笹ヶ谷くん?」
「ご無沙汰いたしております、『マオリア=ラスエル=アリッサム』王女殿下。お目通りがかないまして、光栄至極に存じます」
顔を上げないまま、わたし以上にお堅い言葉を返す、九十九。
「……よく躾けられた弟御ですね? 笹ヶ谷先輩」
「弟には、何事も最初が肝心だと日頃より指導しておりますので、当然の反応かと存じます、王女殿下」
雄也先輩がにこやかにそう答えると、真央先輩は露骨に嫌そうな顔をした。
対照的に、双子の妹である水尾先輩は妙に笑顔だ。
この状況を心底楽しんでいることがよく分かる。
でも、彼女のその目元が少しだけ赤くなっている辺り、既に一度は泣いた後なのだろう。
さて、まるで示し合わせたかのようなわたしたちの対応ではあるが、実は、一切の打ち合わせなどしていなかったりする。
例え、人間界で出会っていたとしても、王女と呼ばれるような立場の人に対して、最初から無礼な対応で良いはずがない。
まあ、雄也先輩は空気を読んだうえで、先程の言葉を返したのだろうけど。
別に非礼な行いではないので、真央先輩はなんとも言えない表情のままだった。
「念のために確認するけど……、笹ヶ谷くん……、九十九くんだっけ? キミは水尾相手にもそんなお堅い口調かな?」
「はい、自分の名は九十九で間違いありません。覚えていてくださって嬉しいです。そして、水尾さんにもここまでではないですが、基本的には敬語を使うようにしています」
九十九の返答を聞いて、真央先輩は大きく肩を竦めた。
「あ~、うん。キミたちが真面目なのは本当によく分かった。じゃあ、私に対しても、水尾と同じような口調でお願いします」
そう言って、王女殿下という身分をお持ちのはずの、真央先輩の方が何故か深々と頭を下げたので、わたしと九十九は慌ててしまった。
いや、この場合、わたしも九十九も別に何も悪くないよね?
だけど、それを見ていた水尾先輩は、何故か凄く楽しそうだったのだ。
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