ずっと思っていた
祝・600話!
「良かったな、貰えて……」
部屋から出るなり、九十九がそう言った。
「うん! すっごく嬉しいよ」
これは、なんとしてでも手に入れたかったのだ。
「そりゃそうだろ。屋外用よりは幾分機能が劣るとはいえ、先ほどの走りからすればあまり問題にならない。魔気で印付すれば、いつでも召還できるからな」
「その印付が、わたしはまだできないのだけど」
だから、自分の持ち物に関しては、九十九に助けてもらっている。
そろそろ何とかしたいのだけど、物質召喚のイメージが湧かないのか、上手くいかないのだ。
「あれほど無闇に放出してるんだ。お前にその気がなくても自然と印付できるはずだ。まあ、中古だから以前の持ち主の魔気が多少宿っているかもしれないが……。それでも、いずれ完全にお前のモノになる」
「ふ~ん。でも……、カルセオラリア製って……、魔法が効かないなら、印付もできないんじゃないの?」
「それについては、後で分かるだろう。でも、珍しいよな。お前がソコまで一つのものに固執するのって……」
九十九はそう言うが……。
「そうでもないよ? 人間界にいた時は自分で手に入れることができるものなら、とことん集める変なコレクター魂はあったし」
「そういえば……、お前の部屋って物凄い量の漫画があったもんな……」
「でも、ちゃんと小遣いの範囲だよ。中古や頂き物もあったけど……」
母子家庭で育っていた身ではなかなか欲しいものがあっても母親にねだるなんてことはできなかった。
今はどこからか稼いでくる雄也先輩からお小遣いのようなものを貰っているけど、それもちゃんと緊急時のために必要以上に使うことはない。
万一、九十九や雄也先輩から離れてしまっても最低限、何とかできるようにと。
でも、結局のところ、自活できなければどうしようもない話ではある。
正直、魔界には漫画がないのが幸いだったのかもしれない。
その分、お金が貯められるわけだしね。
「中古って言ってたけど……、随分、綺麗だな。多分、1,2回ぐらいしか乗ってねえんじゃないか?」
確かに、貰った「ルームエアー」は銀色でピカピカしている。
傷もほとんど見当たらない。
「で、どうする? 早速、運転するんだろ?」
「……ううん」
わたしは首を振る。
「それは九十九のだよ」
「は?」
それはずっと考えていたことだった。
「ずっと前に、このブレスレット……、いや、御守りをくれたでしょ? その御礼だよ。ず~っと考えていたんだから」
あの時のブレスレットは、一度、九十九の前で思いっきりぶん投げてしまったし、いろいろあって、もう、九十九がくれたときよりは大分変わってしまっているけど……、それでも今も左手首で光っている。
このアミュレットにわたしはずっと救われてきたのだ。
だから、それに報いることをしたいと思っていた。
時間はかなりかかってしまったけど、これでようやく、お礼ができると思ったのだ。
「は? あ? でも……、あれは、お前……」
「良いから、黙って受け取って。わたしは、貰いっぱなしじゃ気が引けるの!」
「馬鹿! こんなの貰えるかよ!!」
「なんで?」
「そのブレスレットって……、あの時のだろ? 2年以上前にクレスノダール王子殿下からオレが買ったやつ。そんなのとこの屋内用スクーターじゃ差がでかすぎるってんだよ。素直にお前のモンにしとけ」
どうやら簡単には受け取ってくれないようだ。
まあ、彼の性格上そうなるとは思っていた。
「これは、わたしの命を何度も救ってくれた。ストレリチアで起こったことだって、この御守りがなければ、もっと大変だった。それとも……、わたしの命は、このスクーターより軽いもの?」
「ぐっ!」
我ながら、意地の悪い言い方だと思う。
九十九は、わたしに対して過保護なぐらい守ってくれている。
それなら、こう言われては、断りにくくなることは分かっているのだ。
「それに、九十九はそれを受け取る権利がある。忘れた? わたしたち二人で薬を飲んだから、等価が成り立ったのでしょ? つまり、わたし一人のモンじゃないってことにはならない?」
「欲しがったのはお前だろ? こんな高いモン、ほいほい人にやるなよ!」
「違う。欲しがっていたのは九十九だよ。九十九が欲しくないのなら、わたしはいらない。あんな早い乗り物、運転も怖いし」
こうなれば何がなんでも受け取ってもらう。
寧ろ、意地だった。
「この阿呆が……」
「九十九も十分、阿呆じゃない? いくらわたしと主従の関係にあるからって、得体の知れない薬品を口にするなんて通常じゃ考えられない。先に飲んだ方が危険は高いのだから、九十九の方に権利があるのは当然でしょ?」
「~~~~~」
いつもと違う姿のせいか、お互いどこか調子が狂っている気がする。
だけど、その根幹は変わらないと思う。
姿形が違っても、わたしはわたしだし、九十九は九十九だった。
「分かった。お前がそこまで言うのなら、ありがたく貰ってやる。この広い城を動き回るのにこれがあると都合がいいのは確かだ。但し……、オレはお前のためにしかこれは使わない。二人で呑んだ薬だ。お前にだって権利は半分ある」
ソコが妥協点のようだ。
「でも……、緊急時の時はわたしがいなくても迷わず使ってね」
「…………緊急時って早々ないことを願うんだがな」
それでも、わたしたちの場合、今までが今までだけにゼロとは思わない。
それでなくてもこの国は、「城崩れんとするとき、一陣の風が神の国へと門を拓く」と、城が崩れることを予言されているらしいのだから。
「城が崩れるってどんな状況なのだろうね?」
「水尾さんが言っていた盲いた占術師の予言……か」
「まあ、それがいつなのか、本当にその言葉通りに受け止めて良いのかも分からないのだけどね」
占術師の言葉って基本的にそんなものだと思っている。
自分も占ってもらって、謎の言葉を頂いたが、結局、他の人に相談しても、本当のことは分からなかったのだ。
まあ、心の準備と思えば良いのだろう。
「占術師の言葉は独特だからな。終わった後で気付くことが多すぎる」
その意見にはわたしも同感だった。
****
ルームエアーの握り手に九十九が触れた。
「でも……、正直、すっげ~嬉しい。ありがとな、高田」
そう言った九十九は耳まで真っ赤だ。
惜しむべくは、それが、本人の顔や声じゃなかったことか。
「……って、なんだよ? その顔は……」
「い、いや~、九十九が素直でビックリしているところ」
「オレはいつも素直だよ」
「そうだっけ?」
……その顔と声が、わたしの中のナニかを揺さぶる。
いつもと同じ九十九の言葉、九十九と仕種。
それなのに、ちょっとだけ違う顔と声……。
九十九と違う雰囲気を持ったドコかのダレかさん。
この姿は、多分、努力の神「ティオフェ」さまで間違いはないのだろう。
だけど……、同時に別の場所でもわたしはこの姿に会っている気がした。
銀色の髪、青い瞳。
輝く光を背負ったその姿は、誰よりも……?
「どうした?」
九十九のように覗き込んでくる美形。
よく叫ばなかったと思う。
トルクスタン王子の顔って実はかなり好みだな~って思っていたら、今の九十九の顔はもっと胸にときめく顔だった。
いや、自分が美形に弱いことは分かっている。
そして、困ったことに魔界人はそんな自分の胸を揺らすような美形が多すぎる。
だけど……、ここまでの衝撃は初めてだ。
いや、ドキドキしても、それが恋愛感情に繋がらないことは分かっている。
でも、なんだろうね、この感覚。
小説風に言えば、魂に刻まれた感情と言うか?
ああ、人間界のゲームで一番好きだったキャラクターによく似ている……とも思った。
銀髪、青い瞳の剣を使う魔法使い。
……いや、九十九はわたしの前で剣を使わないけれど。
そう思った途端、頭がひゅんっと冷えた。
そして、胸の内からふつふつと湧きあがる別の感情。
そんなわたしの感情の変化が分かってしまったのか、九十九のような美形はあっさりとこう言ってくれた。
「また……、絵の資料か?」
とうとう、600話です。
狙っているわけではないのに、土曜の夜更新になるのは本当に偶然です。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
ブックマーク登録、評価も嬉しいですが、ここまで読んでくださっていることが本当に嬉しいです。
まだまだこれからも続きますので、よろしくお願いします。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。




