神々が集う場所
法力国家ストレリチア城内にある大聖堂。
その祭壇がある大広間から出た廊下の突き当りにその部屋はあった。
部屋一面に張り巡らされた神々の絵。
その中に、栞は大神官とともにいた。
彼女が意識だけとはいえ、降臨させた女神の肖像を確認するために。
「それにしても凄い。これ、全部神さまなのでしょう?」
栞の言葉に大神官は微笑みながら返事をする。
「そうですね……。全ての神々がここに集うとされています」
「全ての神……。何千人くらい?」
「神々の名は覚えていますが、人数までは把握していませんね。でも、恐らく、何千という単位ではないと思いますよ」
「は~、広い部屋なのも納得だね」
本来ならば、突っ込みどころはそこではないのだが、いつもの護衛少年は、残念ながら彼女の傍にはいなかった。
さて、大神官ともあろうものが、神々の人数を覚えていないと言うことに疑問を感じる方もいるだろうが、それはおかしな話ではない。
既に固定化されている創造神、大陸神だけならともかく、名前を司る神である「名神」、動作を司る神である「動神」、感情を司る神である「感神」に加えて、人の心に入り込むとされる精霊に近い神である「精神」の数は、常に変動しているのだ。
流石の大神官もおおよその数は把握していても、正確な数が分からないと言うのも無理は無いことだろう。
「この世界にも、神話はあるよね? 人間界にあったみたいに」
「はい。神の数ほどあると言われています」
「それは覚えるのが大変そうだ」
「そうですね。こうして、私たちが生きている間にも、神々は生まれ、そして纏わる神話は創られているわけですから」
「へ?」
大神官の言葉に、栞は短く返す。
「神々はこの世界と異にする場所に今も尚、生き続けています。人間界のように、神話だからその全てが昔話ということではないのですよ」
「……神さまって現役なの?」
「ええ、この世界とは違う場所に存在しています。だからこそ、私たち神官が法力を行使できると言われています。そして、あの時、あの場で『導きの女神』が、私たちの呼びかけに応えてくださったのも、あの方が、今も存在するためです」
「……『導きの』……『女神』……」
栞はぎゅっと両手を祈るように握り締めた。
大神官の言うとおり、彼女はここに確認に来たのだ。
そして、先ほど、世界を救った「救国の神子」の絵姿とともに、黒い羽を持つ金色の髪の女神の姿を見ることになった。
それもセントポーリアの「聖女」と呼ばれた人間に、よく似た姿をした女神を。
「何故……、その女神さまと『聖女』と呼ばれた人が似ているか……、恭哉兄ちゃんには分かる? 神さまって昔は人間だったって事?」
栞は……、導きの女神の顔を思い出す。
それは本当に以前、彼女がセントポーリアの城内で見た聖女にそっくりすぎて……、どこか落ち着かない気分になったのだ。
「栞さんに似ている……という話でしょうか?」
「いや……、もっと有名な……、さっき言ったセントポーリアの聖女の方。わたしに『聖女』なんて荷が勝ちすぎるのは恭哉兄ちゃんが一番よく分かっているでしょう?」
勿論、その姿にしても、当時描かれた絵ではなく、近年、描かれた絵だったはずだ。
そして、その名前についても、全く関係ないはずの他人から聞いただけのものだ。
だが、別々に見て聞いたものが、ここまで一致するのはただの偶然だとは栞には思えなかった。
「神降ろしをしてしまった栞さんは、困ったことに十分、聖女の素質はあるのですが……」
随所に、大神官の本音が出てしまっているその台詞に栞は笑いが出てしまう。
大神官は栞を「聖女」にしたいわけではないのだ。
神を嫌うに至ったことのある人間が、神に近しい場所に、親しい間柄の人間を立たせたくはないのだろう。
「『聖女』については、認定を断ったのだから良いよ。でも……、その神さまに似た人間がいるってど~ゆ~ことなのだろうね? 神さまって実は、昔、人間だったってことかな?」
なんとなく栞は人間界の神話を思い出しながら言った。
人間界に伝わる話では、神が人間になる話は珍しくなかったからだ。
「それは違いますよ」
だが、大神官はあっさりとそれを否定する。
「神と人間はその成り立ちからして違います。神は自然界より生まれた存在。そして、人間は神からその形……、血や魂を与えられた者。ですから、人間はその力の一部を魔法という形で行使することができます。特に……、王族ともなると、その力は大きいようですね」
「ふ~ん。なんでだろう?」
大神官の言葉を整理しながら、栞は疑問を浮かべる。
「最初に人間に魂を与えたとされる神……、これを『祖神』というのですが、魔界人の多くはその祖神の影響を受けているとされます。そして、王族は特にそれが顕著だそうです」
「祖神?」
「自分の力の祖となる神のことです。祖神の影響を受けると、顔や性格、力の質など様々な点が似てくると言われます。恐らく、栞さんが言う聖女がこの女神に似ているというのもそう言うことからでしょう」
「……なんか、難しい話だね……」
「そうですね。それに……、単なる偶然かもしれませんよ。世の中、似たような方はいらっしゃいますから。ただ、私はそう信じています」
神様が嫌いだったという大神官も、神様を信じていないわけではないのだ。
だから、それに纏わる話も否定しない。
学問と言うのはそんなものだろう、と栞は思った。
そして、それから少し他愛ない話をしている時に、栞はふと気付く。
「恭哉兄ちゃん……、あの人も……神さま?」
「ええ。ここにある絵は全て神々の絵ですから」
栞の声はどこか震えていた。
その視線の先には、短い銀色の髪、青い瞳、導きの女神ディアグツォープと同じく黒い羽の男の神の姿がある。
「こちらは努力の神『ティオフェ』様ですね。瞳が青いところを見ると、水の神『ラートゥ』に連なる御方でしょう」
「ティオフェ……?」
この神の雰囲気……。
それを、栞はどこかで感じたことがあったのだ。
「恭哉兄ちゃん……、さっき言っていた『祖神』って……、王族じゃなくても影響を受けることってあるの?」
「そうですね。祖神は必ずどなたにも存在するものです。神から魂を分け与えられた後、人間には多くの血が混ざってしまったため、その影響が分かりにくい方もいらっしゃいますが……、どんな方でも調べれば一番影響を受けている祖神は分かるはずですよ」
「……顔や雰囲気が似ていれば祖神ってこと?」
「そうとは限りませんね。昔は、その人間の祖神について、一番分かりやすいのは契約する魔法だといわれていましたが……、これも近年では定かではないようです。それだけ人間は混ざりすぎたということなのでしょう」
確かに、同じ神様だけの血を引く相手だけを選び続けるわけにはいかないだろう。
「聖堂にある『祖神鏡』と呼ばれているものを神官が透し視るか、確かな力のある占術師に視ていただけば間違いないとは思いますけど……」
「『祖神鏡』? そんなのがあるの?」
「但し、儀式上、止むを得ない時などの事情が無い限りは視ることはできません。古代魔法の中には魔名ではなく真名を必要とすることもありますから」
「真名?」
「通常のサードネームの場所に祖神の名前を入れた名前です。ヒトではなく、カミとしての契約になる特殊な魔法となるので、契約は困難を極めると言われています」
「はあ~、なんか……よく分からないけれど、大変ってこと?」
「普通の生活をしていれば、祖神という言葉も耳馴染みがないでしょうね。必要がありませんから。ただ、神官を志す以上は必要な知識です。ああ、祖神を知る方法がもう一つありますよ」
そう言って、大神官は珍しく苦笑しながら言った。
「かなり不確実な方法ですが、『祖神変化』をすることです」
「祖神変化? 先祖返りみたいなもの?」
どこかで聞いたことがある単語だと思いつつも、栞は大神官に尋ねる。
「何らかの形で自らの身体を変化させ一時的に祖神になってしまうものがいると文献にはありました。まだ私はお目にかかったことがありませんがね」
そう言って、齢21年の大神官は栞に微笑んだのだった。
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