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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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試飲の結果

「馬鹿いうな。スクーターがこんな趣味の延長みたいなのと引き換えにできるかよ」


 九十九が言うのは当然だ。


 一千兆円もするのと引き換えなんてできるはずが無いことなんて、分かっている。


 でも、わたしは欲しいのだ。


「それは、屋内限定の『ルームエアー』だから、その性能も、金額も、通常、外を走る物よりは遥かに劣る。しかし、シオリが一人でこの薬を飲むのと引き換え……とは、できないな」

「そうですか……」


 やっぱりそうだろう。


 しかし……「ルームエアー」か。

 なんか……、人間界では別の機械だった気がする。


「だが、ツクモと二人で飲むのなら、丁度良い物を用意できなくもない。等価ということで、中古品にはなるけどな」

「九十九と……?」

「そうだ。一人でのデータより、二人の方が良い。だからこそ、二人に同じものを勧めているわけだしな」


 うううっ。

 中古品とはいえ、これぐらいであの乗り物が手に入るのなら……。


 でも、そのためには九十九も巻き込むことになるわけで……。


 そうなると、()()()()()()()()気もする。


「お前がモノに固執するのなんて珍しいな」

「そう? 執着心は割と強いほうだと思っているけど……。でも、今回はちょっと特別かな。ここを逃したら、手に入らない可能性の方が高いでしょ?」

「はぁ……。その気持ちは分からないでも無いが、そのために、こんな得体のしれないものを呑む気か?」

「うん」


 わたしが迷いもなく答えると、九十九が少し逡巡するようなものを見せた後、自身の前髪をくしゃりとし、顔を俯かせた。


「じゃあ、オレが先に呑む。オレが奇妙な状態異常を起こしたら、お前は絶対に呑むな!」

「は?」


 九十九の言葉にわたしは驚きを隠せなかった。


「そんな毒味みたいなこと、させられないよ。言いだしっぺはわたしなんだから、わたしが先に呑むのが筋ってもんでしょ?」

「毒味みたい……、じゃなくて、事実上の毒味なんだよ。お前はオレの(あるじ)なんだから当然のことだ。お前がこうと決めたら、オレも兄貴も従うしかねえんだから」


 なんだか……、最近の九十九は以前より主従関係を明確にすることに拘っているようにみえるのは気のせいだろうか?


「良い話だ。イズミ、カズト。お前たちも俺がこの薬を呑むと言ったら、その前に呑んでくれるか?」


 トルクスタン王子が扉の二人に笑顔で声を掛ける。


「お断りします」


 黒川くんは、にっこりと……でも、きっぱりと断った。


 中性的な顔立ちの人がする笑顔って、結構、迫力があるよね。


「あれ以上、飲ませる気ですか!?」


 そして、湊川くんは激しく反対した。


 彼の反応は酷く分かりやすい。

 これまでの苦労が偲ばれる。


「冷たい家臣たちだ」


 トルクスタン王子は苦笑しながら、そう言った。


 既に、従者である彼らは散々飲まされているようだ。


 しかも、その反応からすると、あまり良い目に遭っているとは言いがたいような気がする。


 それはそれとして……、どうしようか?


「キミが呑むと言えば、ツクモも呑むことになる。結果として二人呑むわけだから、キミの望みの品を与えることはできる。だが、キミが呑まないのなら、恐らく、ツクモも呑まないだろう」

「まあ、そんな露骨に怪しげなモノを自分の意思で呑みたいとは思いませんね」


 九十九も笑顔でトルクスタン王子に応える。


 その顔とは裏腹に、結構なことを言っている辺り、やっぱりしっかり彼は雄也先輩の弟だ。


「ううむ。呑みたくないものを呑ませるのはどうかとも思うし……」


 しかも、わたしが欲しいのに、彼を巻き込むってなんか違う気がするのだ。


「じゃあ、『ルームエアー』は要らないんだな?」

「あうっ!」


 迷いに追い討ちを掛ける王子殿下。


 ううっ。

 あまり、わたしを惑わせないでください。


「そんなに欲しいのか? あれ……」

「九十九は欲しくないの?」

「そりゃ~、欲しくないと言えば嘘になるけどよ~。それで、あの液体を呑むってのがどうも。ああ、でも室内専用って言ってたけど、さっきの乗り心地を考えると…………、想像以上だったわけだし……、今回は後ろだったけど、自分で運転できればもっと良いよな~とも思った」


 九十九は少し戸惑いながらも、そう言った。


「なら、九十九、わたし、アレ、欲しい」

「なんでカタコトなんだよ。……ったくしゃ~ね~な。お前、案外頑固だから……」


 そう言って、彼は傍のグラスを手に取り、くいっと黄緑色した液体を口の中に流し込んだ。


「あ……」


 ごきゅっと動く喉……。


「お」


 どこか嬉しそうなトルクスタン王子の声。


「呑んだ」

「南無……」


 黒川くんと、湊川くんのそんな声がしたが、わたしは九十九を見ていることしかできなかった。


 その九十九はというと、なんともいえない奇妙な顔をしたかと思うと……、露骨にその顔を崩す。


「うげ~! カルパスとジャイニ、ワルタン、イルクを混ぜんなよ~!! 苦味モンばっかじゃねえか!!」


 顔を真っ赤にし、口を押さえながら叫ぶ九十九。


「は!?」


 そのカクテルを創ったマスターは目を丸くする。


 この反応は予想外だったんだろう。


「に……、苦いのか……」


 苦味はある程度まで大丈夫だけど、九十九の反応を見る限り、通常より苦いのかもしれない。


「他は……、変化しているが、ルディアルパか? と……、多分、ハンバリー?」


 こんなところでも、味を見分けている辺り、九十九の舌がとんでもないんだろうね。


 漫画に出てくるような天才料理人になれるんじゃないかな?


「あ……、味わってる?」


 驚く黒川くん。


 まあ、普通は驚くよね。

 こんなグルメ漫画に出てくる人みたいな反応って。


 それも、状態変化の激しい魔界の食材でやっているのだ。


 彼は一体、どれだけの食材を、どれだけの組み合わせで口にして、ソレを記憶してきたんだろうか?


「変態だな……」


 ある種、冷静なことを言うのは湊川くん。


 確かに、奇声を上げながらも素材を判別しようなんて真っ当な人間の感性ではないというのは頷ける。


「変化は特に……、ないか。これでは、何の……」


 と、トルクスタン王子が九十九を分析し始めた時だった。


「え……?」


 九十九の魔気が激しい変化を見せ始めたのだ。


 他の人がどれだけそれを理解できたか分からないけれど、わたしの眼には、それがはっきりと分かる。


 まるで……九十九の中で、何かが激しく混ぜられているような……?


「うわああああああああああああああああっ!!」


「つ、九十九!?」


 九十九にしては、かなり珍しい彼の絶叫とともに蒸気が上がる。


 そして、まるで、噴霧器のように、九十九の身体から一見、水蒸気のようなものが激しく噴出されたのだ。


「な、何だ?」


 蒸気の中から、九十九の声がする。


 その間にも激しく、彼の体内魔気が変化していく。


 そして……、その蒸気が落ち着き、黒い人影が見えたかと思えば、そこに現れたのは、わたしの知らない男の人? だった。


「おや……。今回は状態変化系か……」


 トルクスタン王子は嬉しそうに九十九を眺める。


 ここで、「今回は」という部分を気にしてはいけないのだろう。


「つ……、九十九だよね?」


 そこにいたのが九十九だったのだから、間違いないと思いつつも、全く違うように見える人物にそんな言葉を掛けるしかできなかった。


「は? 何、言ってんだよ?」


 どうやら、九十九自身はその状態に気付いていないようだ。


 わたしがどう説明したものか迷っていると……。


「カズト」

「は~い」


 トルクスタン王子に促され、湊川くんが召喚したのは、少し大きめの鏡だった。


 彼は、慣れた動きで、それを九十九の前に出すと……。


「なんじゃこりゃ~~~~!?」


 九十九が珍妙な叫びを上げる。


 でも、驚くのも無理はないし、叫ぶのも仕方は無いことだろう。

 自分の外見が思いっきり変化するなんて普通、ないよね?


 鏡に映し出された九十九は、髪が銀色だったのだ。


 楓夜兄ちゃんよりもっと濃い色なのだけど、光沢があるから銀色って言って良いだろう。


 ダークメタリックってやつかな?


 でも、それだけじゃなくて、いつもは黒い瞳も、透き通るほどに青くって、心なしか体つきも違う。


 さらによくよく聞いてみると、声もいつもの九十九の声じゃない気がしてきた。


「な、な、な?」


 だけど、行動っていうか、言動はいつもの九十九だ。


 だから、余計に違和感が大きい。


「ふ~む。ここまで、激しい状態変化だと基準が分からないな。普通は、一箇所とかが多いんだが、これではまるで完全に別人だ。何らかの条件はあると思うのだが……」


 その原因を創り出したトルクスタン王子は考え込んでいる。


「ツクモは状態変化した以外には特に影響はなさそうだな。じゃあ、シオリ……。毒ではないと分かったところで……」

「はい」


 差し出された飲み物を見る。


 黄緑……、の液体は、お茶のようであり、子どもの頃のままごとで草を擂り潰して水を混ぜた時の液体のようにも見えた。


 九十九の感想からすると、後者はあながち的外れではないような気がする。


 だが、女は度胸。

 死ぬことは無いだろう!


ごきゅんっ!


 わたしは、思い切って、口に流し込んだのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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