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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

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カクテルをどうぞ

 ふわり。


 九十九に抱えられて浮くのとはまた違った浮遊感があった。

 あれは腹筋が痛いけど。


 足が床についているのに、浮いていると言う感覚はなんだか変な感じだ。


 船が浮いているのとも違う。

 あっちは、浮いている感覚そのものがしない。


 人間界であった遊園地の乗り物ともどこか違い、機械音は全く無く、完全なる無音だった。


「あれ? ベルトみたいな固定具は?」


 前にいる黒川くんに声をかける。


「これはしなくても大丈夫なんだよ。ただ、ボクからは絶対に手を離さないで。どこか一部でも良いから触れていないと危ないんだ」

「こう?」


 とりあえず、肩に手を置いてみた。


「え……?」


 黒川くんの肩に触れた途端、全身が固まった感覚があった。


 ……と言うよりも、正しくは、自分の意思で身体をピクリとも動かすことができなくなってしまったような感じ。


 それはまるで、金縛りのようだった。


 ジギタリスで、占術師に動きを止められたことを思い出して、別の意味で身体がさらに固まった気がする。


 足もスクーターからほんの僅かにずらすこともできない。

 黒川くんの肩に乗せた手もピクリとも動かず、張り付けられてしまったようだ。


「ね? これなら大丈夫でしょ?」


 なるほど……これは、この機械の効果ってことなのか。

 それならそうと、先にもう少ししっかりと説明してほしかった。


 でも、確かにここまで身体が完全固定されていれば、移動中にバランスが崩れない限りは大丈夫だと思う。


「じゃあ、行こうか」


 ……と、彼の声が聞こえた時にはもう、超高速の乗り物は文字通り、すっ飛んでいた。


***


 室内なのに、凄い風を感じる。

 その反面、音は全く無い。


 はっきりと目に映るものは、黒川くんの背だけで、視界の端に入るのはドアだか柱だか良く分からない。


 もしかしたら、人とすれ違ったかもしれないが、それすらもはっきりとしなかった。


 そうして、案内されたところは……、青い床が一面に広がった部屋だった。

 磨き上げられた床は天井の光が反射して、海のような眩しさを思わせる。


 水面のように揺れていないから、それが普通の床だというのは分かるのだけど、透明感のある深い青は、水に連なるものを連想してもおかしくは無いと思う。


 周りを見てもわたしたちに用意された部屋と雰囲気が違うのは分かる。

 調度品の種類に関してもなんだけど、この部屋そのものが異質なのだ。


 居住空間としての用途ではなく、機械的なような、それでいて魔法的なような不思議な世界が広がっていて、妙に緊張する。


「魔気が濃いな……。まるで、契約の間だ……」


 先ほどまで、スクーターの余韻に浸っていた九十九が、声を発する。


「でも、ああいった部屋よりは重苦しい印象はないよ」


 セントポーリアでの家や、ストレリチアの大聖堂内にあった魔法を契約したりするための部屋である「契約の間」は、もっと薄暗く、いかにも儀式を行うための部屋って感じだった。


 この部屋の明るさのせいだろうか?


 天井にある灯りは、城にありがちな豪華なシャンデリアではなく、丸くて白いガラスみたいなのが張り付いている。


 その照明器具は、どことなく人間界の電器に似ていると思う。


 ただ……、少しだけ気になったのは、先ほどから黒川くんも湊川くんも、口を全く開かないことだ。


 何もせず、扉のところに立って、無言のままトルクスタン王子を見ている。


 そして、当の王子はというと、なんだか忙しなく動いていた。


 いっぱい瓶の並んでいる戸棚から小瓶を取り出したり、別の戸棚でグラスの選別をしているようだ。


 王族なのに、人を使わないってのは、どこか珍しい気がした。


 水尾先輩も自分で動く人だが、使う時は遠慮なくわたしや九十九を使っているし。


 ―――― コトン


 わたしと九十九の前にそれぞれ、グラスが置かれた。

 グラスの種類には疎いけど……、これは確か……。


「シャンパングラス?」

「タンブラーだ。どういう間違いだよ。形状が全く違うじゃねえか」


 料理人少年は……、何故かグラスの形状まで知っていた。


「未成年なのだから、知らなくても良いと思うのだけど……」

「タンブラーは未成年でも知っている。飲食店などでは、これで(お冷)を出すところも多いからな」

「うぬぅ……」


 料理関係に特化した雑学少年め。


「俺が創ったカクテル(Cocktail)だよ。お近づきの印にどうぞ」


 そう言ってにこやかに微笑む王子は、あの人とは全く似ていない。


 まあ、あの人は微笑むこどころか、口を開くこと自体が稀だった気もするけど……。


「カクテル……?」


 九十九が訝しげな顔をする。


 魔界人が、お酒を混ぜ合わせる行為と言うのは少し珍しい気がした。


 料理と同じで、お酒も、魔界独自の法則で変質するからだ。


 ただ、九十九に言わせると、一般的な食材ほどは変質しないらしいが、ほとんどの魔界人はそれを知らないだろう。


 ただ、大神官である恭哉兄ちゃんはよく創っていた覚えがある。


 料理は苦手だけど、お酒や薬を混ぜることぐらいはできると笑っていた。


 まあ、恭哉兄ちゃんの場合、自分で飲むためでも、他人の飲ませるためでもなく、神官の嗜みとして作る必要があったと聞いている。


 神さまへの捧げものとするためらしい。


 神さまへの捧げ物として、お酒を混ぜ合わせなければいけないってことは、神さまもお酒好きなのだろうね。


 そして、魔界人は、早い人なら5歳になる前にお酒を飲むこともあると聞いている。


 今まで、それでアル中になった例は無いって話だから、人間界の人とは体質がちがうのかもしれない。


 わたしはお酒を飲んだことがないからよく分からないけれど、多くの魔界人は身体に変化が表れるそうだ。


 人間界風に言えば、「状態変化:酒酔い」ってことだろうか?


 トルクスタン王子が創ってくれたカクテルとやらは、色が緑茶みたいな黄緑色をしていた。

 香りはほんのり甘い感じ。


 凄く甘い蜜みたいな香りがしない辺り、実は、お酒は入っていないか、アルコール控えめなのだろう。


 周囲が呑むため、魔界ではお酒が入っているものには、何故だか物凄く甘い香りがすることは知っている。


 もしかしたら、人間界でもそうだったかもしれないけど、意識してお酒の匂いを嗅いだことはないから、正直、その辺はわからない。


 母もかなり呑める人ではあるが、わたしの前では付き合いを除いて、お酒をほとんど呑まない人だったし。


「待て」


 突然、九十九の制止の声。


「どうしたの?」

「まだ、呑むな。確認が先だ」

「確認?」

「この香り……、酒を混ぜ合わせたカクテルではなく、何かの薬品ではありませんか?」

「へ?」


 薬品……と言うと……?


「くすり。医薬品の総称。あるいは、化学変化を起こさせるために用いる固体や液体などの物質。……の薬品?」

「ちっとは疑えよ、お前は……」


 九十九は大袈裟に溜息を吐く。


「カクテルだよ。混ぜた飲み物だから」


 にっこりと笑顔で、トルクスタン王子はそんなことを言った。


 これは黒い。

 そして、魔界人は笑顔で黒いことを言うというのが常識なのだろうか?


 あまりにもそんな人が多すぎる気がする。


 確かにカクテルは混ぜ物って意味もあった気がするけど……、それが薬品にも適用される言葉かどうかは分からない。


「兄が言っておりました。カルセオラリアの第二王子殿下は薬品の調合をし、人体実験を行うことを趣味としていると……」

「じ、人体実験!?」


 それはちょっと変わった趣味だよね?


「チッ。ユーヤめ……。余計なことを……」


 どうやら、彼の言葉から九十九が言ったことは嘘ではないらしい。


「へぇ……。これって、薬なのか……。こんなグラスに入っていると綺麗だ。ホントにお酒みたいだね」


 お酒よりお薬の方が飲む気になるのは何故だろうか?


「そこじゃねえだろ……、問題は」


 九十九はさらに呆れたような声を出す。


「……で、お前たち。これを薬と知った上で、飲んでみる気はないか? 勿論、タダとは言わない。それ相応の礼はするつもりだが……」


 さらにトルクスタン王子は尋ねてきた。


 どうやら、同意の上で人体実験する気満々のようだ。


「死んだり、障害が残ったりすることは?」


 そんなことがあれば、勧めるとは思わないけど、念のために聞いてみる。


「ない」


 即答された。


「おい、まさか……」


 九十九が珍しく顔色を無くす。


「じゃ、飲んでみます」


 もともと、他国の人間とは言えこの国にいる以上、高位である王子殿下と言う存在に対して、客人にすぎないわたしたちに拒否権などないだろう。


 魔界の王族と言うのはそんな存在なのだ。


「おい、こら!」

「話が早くて助かるね」


 その笑顔が黒く見えるのは、わたしの心が荒んでしまったのだろうか?


「ただ……、その前に一つだけ確認させてください。『それ相応の礼』って……、どんなものですか?」

「そうだな……。シオリに何か望みの物があれば手っ取り早くて良いのだが」

「あ、わたしの希望で良いのですか……」


 相手からの指定ではなく、こちらから指定できるのなら、話は早い。


「今、丁度欲しいものがあるところだったのです。この国でしか、恐らく手に入らないようなものが」

「高田……?」


 九十九が不思議そうな顔をした。


 わたしに欲しいものがあるっておかしいのかな?


「へえ……。あまり物欲はなさそうに見えるが……、この国のものは他国に無い珍しいものは確かに多い。それが等価ならば、それで良いが……」


 等価……、つまり、価値が同じくらいってことか。

 でも、わたしにその薬を飲む行為がどれだけのことかは分からない。


 でも、まずは言ってみよう。


「では、遠慮なく。先ほど、この部屋に乗ってきたスクーターは等価ですか?」

「「「「え? 」」」」


 その場にいた、4人の声が重なった。


 でも、仕方ないじゃないか。

 今、わたしが一番欲しいのがソレだったのだから。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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