どんな偶然だ?
「そこにいるのは、シオリとツクモか……? 二人して何してるんだ?」
「へ?」
背後から声を掛けられ、後ろを振り向く。
そこには、二人の従者を携え、九十九の憧れているスクーターに乗ったトルクスタン王子の姿。
だけど……、わたしは、それ以外の部分で驚愕するしかなかった。
いや、いくら何でも、これはない……と。
「城内を散策しておりました。水……ミオルカ王女殿下はどうされていますか?」
わたしの代わりに九十九が答える。
「ああ、ミオなら俺の私室で、マオと対面中。いくら俺でも二年半も離れていた姉妹の感動の再会に邪魔するほど野暮はしたくないから、その間、こうして供を連れて……って、どうした? イズミ、カズト?」
従者の二人にトルクスタン王子が声をかける。
そして、「イズミ」と「カズト」と呼ばれた二人は、わたしを見たまま、固まっていた。
その反応を見て、わたしは確信する。
ぐはぁ!!
今度こそ間違いない。
この二人は似ているじゃなくて、かなりの確率でご本人さまのようだった。
「お久しぶりですね。黒川くん、湊川くん」
そのわたしの言葉を聞いて、二人は金縛りから解けたように表情を崩した。
「……まさか、こんな所で会うとは……、世の中、結構、狭いんだね、高田さん」
と、黒川和泉くん。
「うわっ! マジで本人かよ」
そう言ったのは、湊川和人くん。
どちらも、記憶にあるより背は高くなっていたし、声も低くなっていた。
それでも、分からないほど変化していたわけではない。
「……まさか……、お前の知り合いか? 高田……」
わたしたちの反応で、九十九も状況を察したらしい。
「中学時代の同級生」
「……またかよ……。どんな偶然だ?」
「そんなのこっちが聞きたいよ」
こうなると、今までに、人間界で会った人、全てが魔界人だったとしても、もう驚かないだろう。
そして、さらにこの魔界で遭遇してしまってもおかしくはない気がした。
「オレは若宮たちぐらいしか面識なかったが……。ああ、水尾さんたちともギリギリ人間界で会っていたか……」
九十九はそう溜息を吐いた。
「ああ、お前たちは人間界、地球とやらに行ってたな。しかし……地球とは、そんなに狭い星なのか?」
「いえ……。地球はアクアほどではありませんが、狭い星ではなかったと思います。ただ、確かに私たちの暫く生活していた地域には魔界人が密集していた気はしますね」
「え?」
トルクスタン王子に対して、説明している黒川くんの言葉に、わたしが今度は固まった。
「なんだ。高田さんは知らなかったのか? あの辺……、というか、あの町自体かな? 通常よりも魔界人が多かったんだ。通常、魔界人が地球人の中に1パーセントいるかいないかのところを、10パーセントはいたと思うな」
今度は、湊川くんが得意げに言う。
「ひゃ、10人中、1人!?」
100人中10人と言いかけて、わたしは慌てて言葉を変える。
意味は同じだが、受ける印象はだいぶ違うのだ。
「10パーセントか。地球人の中で魔力を全く持たない人間がいる確率よりも遥かに高いな」
九十九も彼らの言葉に少し驚きを隠せないようだ。
この反応からすると、彼も気付いてはいなかったのだろう。
魔力を全く持たない地球の人間って……、確か、文字通り、万に一つの確率だったはずだが……。
それを聞いたのは少しばかり昔の話なので、自信はない。
「ああ、それは転移門のせいかもな。転移門はある程度安定した空間にしか繋げることができないようになっている。だから、ある程度は同じ地域に集中してしまうのは仕方のないことだ」
トルクスタン王子はそんなことを言った。
そういえば、大阪で会った楓夜兄ちゃんと恭哉兄ちゃんも互いのことを知識として知ってはいたものの、魔界では面識が全くなかったらしい。
偶然、同じ地域で出会ったと言っていた気がする。
なるほど……。
トルクスタン王子の話を聞く限りは、あの二人が出会ったことにも理由があったということだね。
「この国の人間は、5年間他国に滞在するついでに、その地で様々な実験や調査をするんだ」
「その地で……、実験や調査?」
「そう。ボクたちの場合、内容は人間界の文明と、魔界人の居住率、そして大気魔気の濃度などかな」
黒川くんがそう教えてくれる。
なんとなく調査と言うと情報国家のイメージが強いけれど、別に情報国家だけの特権ではない。
未知なる世界に興味があるのはどこでも一緒だということだね。
「大気魔気の濃度はともかく、誰もが魔気を抑えて生活しているわけだから、知覚だけじゃ分からないところも多すぎて、嫌になった」
黒川くんの言葉に湊川くんも続く。
「測定器も使ったけど、それで分かったのは人間界とこの世界では機械の動力に大きな違いがあるってことだった。この世界の道具は人間界で使えなくはないけれど、効果は落ちるし、その逆で、人間界の家電と呼ばれる機械はこの魔界では全く使えない」
それはあちこちで聞くことだった。
電気を魔界で使おうとしても、人間界のような効果が出ないというのは何度も聞いた。
「結局、最終的には自分の感覚に頼るしかなくなった。それでも俺もイズミも、高田さんが魔界人って知ったのは、かなり後のことだったよ」
「へ?」
わたしも自分が魔界人だと知ったのは、かなり後だったわけですが。
「高田が魔界人だと知った……?」
九十九が、そこに疑問を持ったようだ。
「……ああ、よく見ればキミは卒業式で、高田さんを助けに来た人だね」
「あれだけ、派手なことをされたら誰だって気付くだろ、普通」
ああ、なるほど。
卒業式で、ライトの魔法が効かないのは魔界人だけだったと聞いた。
つまり、あの場にいた魔界人のこの二人が知っていてもおかしくはないんだ。
「……ってことは、もしかして、あの時、助けてくれたのは二人のうちどちらかだったの?」
「ああ、例の……あの紅い髪の男に椅子ぶちかましたってヤツか……」
わたしがそう尋ねると、二人は静かに首を横に振った。
「あんな状況で、そんな無謀はできない。悪いとは思ったが、俺たちは、なるべく正体は伏せておきたかった」
「ボクたちも自分の身が第一だからね。高田さんはなんか深い事情がありそうだったし」
ワカもそんなことを言っていた気がする。
……ってことは、まだ、他の魔界人に会う可能性もあるはずってことだ。
一体、誰なんだろう?
自分の正体がバレるかもしれないような危険を冒してまで、わたしを助けてくれた人は……。
「ボクが興味深かったのは、大気魔気の薄さと、……後は、料理かな。失敗が少ないのは嬉しかったね」
黒川くんの言葉には納得できる。
大気魔気について、わたしは分からないままだったけれど、料理については、間違いなく、人間界の方が楽だった。
「俺が興味を持ったのは、医療と……大衆娯楽だったな。医療……、薬については、間違いなく人間界の方が上だった。それに……、この世界にも美術品、装飾品、嗜好品はあるけど、一般国民のための遊戯施設、娯楽施設はなかった」
湊川くんのその言葉に対しても、大きく頷きたくなる。
この世界で、遊園地や動物園、水族館などのテーマパークを、今のところ見たことがない。
ゲームセンターもないし、勿論、漫画もない。
これらの娯楽は、誰か一人が思いつけば、やれないことはないはずなのに。
黒川くんの視点は、「自然現象」、「科学」に近い。
魔界と人間界という世界が違うからこそ起こること。
そして、湊川くんの視点は、「思考」、「工夫」に近い。
世界が違っても、発想さえあれば同じではなくても近づくことはできそうなこと。
同じ国の人間でも、興味、関心は別のところにある。
なかなか興味深い話だよね。
「ところで……、散策中ってことは、ヒマなのか、お前たち」
トルクスタン王子が声を掛ける。
「まあ……」
九十九がチラリとわたしを見る。
「では、付き合え。お前たちを面白いところへ連れて行こう」
「「え? 」」
「イズミ、カズト。例の部屋へ連れて行く。それぞれ、後ろに乗せろ」
わたしたちの返事を待たずに、彼は話を勧めていく。
なんか……、王族ってのは、本当に強引な人たちが多い気がするのは気のせい?
「じゃあ、高田さんはボクの方が良いかな」
「え~? 俺もどうせしがみつかれるなら女の方が良い」
「だから、駄目なんだよ、カズト」
「え? マジ? スクーターに乗れんの?」
九十九の目が光る。
まあ、これからの予定なんか全くなかったのは事実だしと、軽い気持ちで付いて行くことに決めた。
雄也先輩の友人だし、真央先輩や水尾先輩の幼馴染だからそう悪い扱いを受けることはないだろう。
しかし……、世の中にはこういう言葉があったのだ。
―――― 類は友を呼ぶ
わたしがその言葉を実感するのは、ほんの数分後である。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




