お金持ちの国
「どうした?」
わたしが溜息を吐いたのが気になったのか、横にいた九十九はそんな風に聞いてきた。
「いや、水尾先輩は、無事に真央先輩に会えたかな、と思って……」
わたしは咄嗟にそう口にした。
わたしたちが客室に案内された時、身内である水尾先輩だけ、この城にいるという真央先輩に会うこととなったのだ。
「さあ、どうだろうな」
九十九はそこまで興味が湧かないらしい。
「でも……、水尾さん、何気に涙もろいところあるから、会う前から号泣していなければ良いんだが……」
彼が言うように水尾先輩は、かなり涙もろい。
そして、見た目や言動の割に、わたしより、かなり世間一般で言う女性らしい人だと思っている。
虫とかトカゲ、両生類とかそういった類のものは苦手だし、幽霊も苦手だという。
まあ、幽霊が苦手な理由については、別の理由のようだけど。
わたしも涙腺が緩いため、感情が昂った時は涙が勝手に出てくる。
これについては、正直なんとかしたいと思っているのだけど、未だになかなか直らないので困っている。
誤解されやすいからね。
だけど、虫とか、爬虫類、両生類に対して、一般的な女性が抱くような苦手意識というものが存在しない。
ゴキブリを見ても、スリッパ等で叩き潰せたし、トカゲや蛙だって自分の手でわしっと掴むことはできる。
母子家庭……、全く男っ気なしの環境で育ったせいか、普通の女性よりも神経が図太くなっているのかもしれない。
幽霊については……、あまり関わりたくないというのが正直なところである。
「まあ、姉妹が無事、再会できたのなら、喜ばしいことだよね」
「そうだな」
二人でそんな会話をしていた時だった。
チュイーン
「「え?! 」」
どこかで聞いたことがあるような独特の電子音に反応して、九十九とわたしが振り返った時には、ソレは既にわたしたちの真横を通過した後だった。
「『エアロ=シューティングスター』だ!!」
九十九がその過ぎ去ったモノの正体を口にする。
今の一瞬で見えたのだろうか?
「えっと……? 前にジギタリスで見たやつ?」
その反応と言葉にどこか既視感を覚えた。
「それの屋内用みたいだな。音が少し違った」
ごめん、九十九。
わたしにはその違いがよく分からない。
それでも、強いていうならば、前に聞いた時よりは音がかなり大きく聞こえた気がしなくもないような?
「トルクスタン王子殿下が言っていたスクーターが城内を移動するって、本当だったんだな」
九十九はどこかうっとりとした声でそう言った。
「危ないね」
わたしとしては、そっちの方が気になってしまう。
あの速度で衝突したら、魔界人でも大怪我してしまうのではないだろうか?
でも、その割には、わたしの魔気の自動防御は発動しなかったってことは、あの乗り物に危険はないってことかな?
「いや、あれは障害物を避ける優れものだから、大丈夫だ」
「それは、聞いたことがあるけど、載っている人が振り落とされないのか心配だね」
ぶつかるのも怖いけど、振り落とされるのも危ないと思う。
でも、魔界人ならある程度、頑丈だから落ちる分には大丈夫なのかもしれない。
「いや、運転する人間はしっかりと固定されてるはずだぞ」
シートベルトみたいなものがあるってことなのかな?
早すぎていつもそんなものは見えないのだけど。
「ああ、一度で良いから乗ってみて~な~」
その口調は、まるで新幹線に憧れている地方に住んでいる小学生である。
「トルクスタン王子殿下に頼んでみたら?」
「頼んだ後のその見返りが怖そうだよな。素の兄貴と対等に話できるような王子だ。あの言動が全てだとは思えん」
確かに、それは少しだけわたしも思った。
まだ、会って間もないということで、多少の取り繕いはしているだろう。
そんな猫を被っている状態の彼から判断してはいけない気がする。
これまでに会った中心国の王族は皆、一癖も二癖もある人たちばかりだ。
あの王子があのまま、裏表がない性格だとは思えない。
なんで魔界人って顔は良いのに、性格が残念な人たちが多いのだろう。
自分の横にいる少年含む。
「それに、普通は庶民じゃ替えない代物だって話だ……。そんなに簡単に手が届くようなら、各国挙って購入しているだろう」
「おいくらなの?」
そんなにお高いものなのか?
「先日寄った店では、新品で1万カルセだったな……」
「へ……?」
1万カルセって……?
「日本円にして、一千兆円」
さらりととんでもない数字が出てきた。
「一千兆!? 見間違えじゃないの?」
「いくら何でも、それはねえ。それに、あそこまで高いと逆に何度も確認したくなる」
ありえない……。
桁がおかしすぎる。
その金額って、日本の借金と呼ばれるものを完済しても尚、お釣りがくる金額ではないでしょうか?
しかも、それを乗り物一つに?
それを国家で購入していたなら、国民から暴動が起きてもおかしくないのではないかな。
「だから、個人所有はまずできない」
「いやいや、それじゃあ、国家予算でも足りないのでは……?」
「でも、ジギタリスは複数所有を可能にしていただろ? 足りるところは足りてるってことじゃねえ?」
そう言えば、ジギタリスは馬の替わりにあの機械を乗り回していた。
それも一台や二台じゃなかった覚えがある。
「しかし……、その価格帯は店頭に並べる金額じゃないとは思うのだけど……」
そんなお高い物、店で買える人っているのかな?
いないよね?
でも、店頭表示価格されているってことは、誰か買うことがあるの?
「オレが憧れている理由も理解できたか? 簡単に手に入らないからこそ、余計に欲しくなるんだろうな」
「……型落ち品価格とか、中古販売とか、レンタルとかはないの?」
「あるかもしれないけど……、そこまでは知らないな。高くて庶民には買えない代物だってことは知っていたけど、実際、値段表記されていたのを見たのは初めてだった」
それは、普通の店で販売できない乗り物だからだと思う。
チュイーン! チュイーン!!
「あううっ」
一台一千兆円が、2台も通った。
2台……、2台……。
アワセテ、ニセンチョウエンエンナリ。
ああ、うっかり価格計算してしまう自分がとても悲しい。
「機械国家だから安く手に入るかと思ったが、そう言うわけでもなさそうだな。あの店を見る限り……。そうなると、ジギタリスは余程、資金源が豊かってことか……」
「勿体無いな~。そんなお金があればもっといろいろと……」
「どうした?」
一つ、何か思い当たった……。
でも、その何かが分からない。
「何か、頭の中に引っかかったんだけど……、よく分からない」
「金銭のことか……。確かに、そんな1万カルセなんて金額があれば、土地どころか、小さい島ぐらいなら、ぽんっと買えるだろうな……」
「土地や島……」
そういえば……、水尾先輩が昔は国を興すためには島を買ったとかなんとか言っていた覚えがある。
それってつまり……?
あう……。
考えがまとまらない。
「つまり、この国は金持ちってコトなんだろうな。城にある転移門や、聖堂にある聖運門、お前が持っているような通信珠なんてのも、この国の産物だって話だ」
ああ、それで……。
「アリッサムから来た人たちに援助ができたってわけか」
真央先輩と引き換えに……。
「ああ、そう言うことか。壊滅状態にある国への援助なんて普通は簡単にできるはずはないと思う。それも、単純に国へ戻るとか復興させるじゃなくて、新天地へ向かうってなら、尚更だ。それだけの援助をするってなら、ソレ相応の資金は必要だっただろう」
「そう考えると、魔法国家の王女の価値って物凄いってコトなのだろうね。普通、身代金なんてン千万ぐらいなんだろうし」
「人間界と金銭感覚は違うだろうけど……、一国を救うほどの金額なんてコトは一般的な感覚ではありえないだろうな」
「中心国の王族ってそれだけ凄いんだね」
わたしは、王の血を引いているらしいけど、公式的には王族ではない分、かなり気は楽なのだろうね。
だけど、もし、この身体に流れている血を誰かに気付かれてしまったら……?
そう思うと……、あまり気楽なままではいられない気もするのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




