会話の違和感
「ところで、一つ疑問があるんだが……。トルク? お前、なんで私たちがあの場所に居るって分かったんだ?」
水尾先輩の言葉に、トルクスタンはきょとんとした顔を見せ……。
「疑問に思うことか? お前、そこの店で錬石にいくつか魔力込めて、魔石の精製をしただろう? ユーヤと一緒に」
と、歩きながらトルクスタンは翻訳機を買った店を指した。
「あ、ああ」
「で、店員に聞いたら、『二人とも向かいの宿に暫くいるそうです』とか言ったから、訪ねたんだよ」
「あれを訪ねたという表現で済ます気かよ」
そんな水尾先輩を気にせず、彼は続ける。
「幸い、俺はお前の魔気もユーヤの魔気も記憶していたからな。加えて目玉商品とされて並んでいた魔石たちが、二種類とも知り合いの魔力なんて偶然、あるわけないだろ。二人が連れだっているなら、これは、呼び出しだなとも思った」
「単なる金銭目的の行動じゃなかったのか……」
チラリと雄也先輩を見ながら水尾先輩はそんなことを言った。
無理もない。
あの場に居た誰もが、雄也先輩の言葉と行動にそんな狙いがあったなんて気付かなかったのだから。
「何の話だ?」
「いや、こっちの話」
トルクスタン王子の言葉に水尾先輩は曖昧に返したが、彼は気にした様子もなく、会話を続ける。
「でも、会うまでは半信半疑だった。あの時点ではお前の生死が分かっていなかったし、ユーヤとの繋がりがあることも知らなかった。マオなら魔石の魔力だけで確信しただろうが、残念ながら、俺はマオほど感覚が鋭くないのだ」
「アレは規定外だ。比べるな」
「確かに。ま、それで、単身、捜索したわけだ」
「……っていうか、供も連れずに王族が城下に出るなよ!」
ま、まさか、この人も脱走王子?
「店までは二人ぐらいは一緒だったぞ。だが、宿に行くときに帰した。幼馴染との感動の再会に水を差されたくはなかったからな」
「それで、テメェで水をぶちまけてりゃ、世話ねえな」
あ、水尾先輩の口調が昔に戻っている。
「あはは、全くだ。俺は、余程、慌てていたらしい。シオリにも申し訳ないことをしたな」
「お前は割といつもそんな感じじゃないのか?」
「酷いことを言う。普段の俺は、もっとしっかりしているぞ。なあ、ユーヤ?」
「それは同意しかねる」
「同意しろよ、友人」
「申し出は却下だ、友人」
なんと言うか……、雄也先輩が新鮮で面白い。
いつもは優しいお兄さんって感じなのだけれど、同年代の友人と会話すると、こんな風になるようだ。
相手は王子だというのに、本当に九十九に対する言葉に近い気がする。
でも、弟に対する雰囲気ともちょっと違う。
……返答も違うせいかもしれないけど。
―――― くいっ
「ん?」
不意に右袖が引っ張られる感覚。
見ると、リヒトがわたしの袖を握っていた。
「どうしたの?」
『シオリ……。「ミウリ」ッテ、何ダ?』
「は?」
彼からの、突然の問いかけに、思わず思考が一瞬だけ停止してしまった。
リヒトの言う「ミウリ」……?
まさか、「箕売り」ってことはないだろう。
ここには人間界と違って、「箕」がない。
そうなると、「身売り」のことだよね……、やっぱり。
彼はどこでそんな言葉を耳にしてしまったのだろう?
いや、もしかして、さっきの会話に出てきたか?
「う~ん……。確か……、自分の身と引き換えに金銭を得ることって意味だった気がするのだけど……」
その言葉が持っているイメージ的には、人間界の影響か、江戸時代ぐらいに遊郭へ売り飛ばされる女性が一番に出てきてしまう。
他には、時代劇とかによくある借金のカタに娘を連れて行って、その奉公先で「あ~れ~」と、帯をくるくるされて……って、もしかして、わたしの知識ってどこか偏っている?
だが、そんな阿呆な妄想に、リヒトは更なる追加攻撃を繰り出す。
『「カコイモノ」ッテコトバモ、オナジナノカ?』
「か……っ!?」
……誰だ?
まだ人間の世について、わたし以上に知らないようなリヒトにそんな言葉を教えたのは……。
しかし、聞かれた以上は人として、答えなければいけない。
「『カコイモノ』……、多分、『囲い者』のことだと思うんだけど……、それは少し違う気がするね。えっとなんと言いましょうか……」
リヒトの言葉……。
「囲い者」から、連想されるのは「妾」とか「囲い女」とか、「二番さん」とかそんな感じの言葉くらいだ……。
ああ、もっと語彙が欲しい……。
「正式な奥さんがいるのに、その……、浮気相手……、いや、別の女性をどこかに匿っている状態ってところかな」
……ああ、整理しながらだと話しにくい。
そして……、我が母も立場としてはそんな状態だけど、「囲い者」はともかく、「身売り」とは違う。
つい最近もらった手紙にも、いつまでも国王陛下に頼らないように、内職を少しずつしているところだとあったし。
この世界の内職ってなんだ? と、思わなくもないけれど。
いずれにしても、母は身の安全と、ある程度の生活の保障はされているのだから、全くの援助がないってわけじゃないけど……、それでも、「身売り」じゃない。
でも、真央先輩のことを考えると、母さんの状態も、わたしに対する人質の感はあるかもしれない。
「そんな返答で分かってもらえるかな? 雄也先輩……、いや、ユーヤなら、もっと正しい返答できると思うのだけど……」
いつも「雄也先輩」と呼んでいるため、「ユーヤ」という単語に違和感がある上、少し、照れくさくなる。
『イヤ、アリガトウ……、シオリ……』
少しだけ、リヒトは口の端を緩めて、言葉を続ける。
『シオリは、コトバ、少ナクナイ。ユーヤ、多イケド、シオリモ、コトバ、オレヨリズット多イ』
片言で、拙いながらも一生懸命にわたしに気持ちを伝えてくれようとする。
その気持ちが嬉しいね。
「う~ん。でも、まだまだ勉強不足なのは間違いないかな。ユーヤや、水尾先輩……、ミオルカ様の言葉が難しくてよく分からない時もあるし」
考えてみると、わたしの周りは語彙が豊富な人が多すぎる。
つまり、やっぱり勉強不足なだけだ。
17歳も既に数か月が過ぎ、ぼちぼち「18」という数字が見えてきているというのに、進歩が見られない。
そして、雄也先輩と行動を共にしているリヒトが、そのうちわたしを追い越していく可能性は高い気がしている。
『ソンナコトは、ナイト思ウガ……』
「現状で満足していちゃ、駄目だってことだよ。もっと、勉強しなきゃ……」
このままじゃ、足手纏いからいつまでたっても脱出できない!
少しでも、皆の役に立つために。
「勉強より先に、お前はしなきゃいけないことがあるだろ。そっちのがどう考えても最優先事項だと思うが」
わたしたちの会話を聞いていたのか、九十九が口を挟んだ。
「魔法の制御でしょ。分かっているよ。ストレリチアで多少、魔気の制御ができるようになったはずなのに、魔法が使えるようになった途端、あんなに簡単に放出してしまうようじゃ、全然駄目だね」
「まあ……、魔法が使えなかった頃、魔気の調整ができなかった時に比べれば、格段の進歩なんだがな」
九十九はそう言ってくれるが……、わたしはその言葉を素直に受け止められない。
「使えない時の方がマシじゃない? 周りに害がなかったわけだし」
「あれこそ、いつ、暴発してもおかしくないような状態だったんだ。ならば、確実に放出されるって分かってる方が、対応できるだろ」
「そうなのかな……?」
『シオリは、ソノウチ、マホウ、カクジツニスル。ドリョクスルニンゲン、カナラズ、ムクワレル。オレ、ソウ思う』
「ありがと、リヒト」
リヒトに言われるとそんな気がしてくる。
彼は、嘘を言わない。
だから、本心からそう思ってくれているのが分かるのだ。
その気遣いを凄く嬉しく思う。
でも、努力が必ずしも結果に繋がるわけじゃない。
それを知ってしまった後に、更なる努力をし続けるのは難しいことだけど、やらなければ、何も始まらないのだ!
わたしは、そう気合いを新たにした。
だから……、先ほどの会話に何度かあったちょっとした違和感。
それにすぐ気付くことができなかったのだけど。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




