迷いの中で
「説明する手間が省けたな……」
周囲の炎と風が落ち着いた頃、雄也先輩がそう口を開いた。
「驚かせて済まない。主は、生来備えている魔力が桁外れのため、まだ、制御できていないのだ」
「ああ、なるほど……。俺の知り合いにもそんなのがいるな……。主に、目の前に」
トルクスタン王子がチラリと水尾先輩を見た。
「悪かったな。私の場合、単に精神的な制御が未熟なためで、高田みたいに特異なもんじゃない」
「分かっていれば問題ないと思うなよ? 大体、お前みたいに規格外な魔力を持つものが、すぐに魔法を暴発するのは、制御のない兵器を完全自動かつ機能無作為状態にしたまま歩かせているもんだ」
どうやら、この王子は遠慮がないようだ。
「……そこまで言うか」
「そこまで言わせるなよ。少しは成長しているかと思えば、全く変わってないとは。……ったく、これまでのユーヤの苦労を思うとぞっとする。俺には、魔力を軽封印していないお前を止める術なんてないからな」
「簡単なことだ。手近なものを盾にすれば良い」
そう言いながら、雄也先輩は九十九に目線を向ける。
「オレかよ!!」
確かに、雄也先輩が水尾先輩の魔法にやられているところなんて見た事がない気がする。
彼女の魔法による被害者の大半はわたしか……、九十九だ。
だけど、同時に雄也先輩が実際に水尾先輩の魔法に対して、九十九を盾にしたところを見たことは無い気がする。
単に、九十九が不運なのか、雄也先輩が幸運なだけなのか……。
「魔法国家の王女に、魔法を制御できない娘……。加えて魔力の感じない少年に、お前たち兄弟……か。数としては、少人数だから俺の友人で十分通るな」
そこで、チラリと王子はわたしを見た。
「但し……、『シオリ』……、この名は彼女の魔名か?」
「……魔名かと問われると即答しかねるな。俺は彼女の魔名を知らないから」
魔名……。
魔界人として付けられた名はわたしも知らない。
「……お前、主人の魔名も知らないのか……」
呆れたように王子が言う。
どうやら、その口ぶりから、普通の従者や護衛は知っているものなのだろう。
でも、わたしは半分、人間だから、魔名というものが付けられているかは分からない。
「信用がないらしい」
雄也先輩に、笑顔でそんなことを言われても困る。
「ああ、なるほど」
「そこで、納得するなよ。それが、彼女の魔名かどうかが重要なのか?」
「いや。単にミオがさっきから彼女のことを『タカダ』と呼ぶのが気になっただけだ」
「高田の名前が魔名か通称かなんて、どうでも良いことだろ。呼び方は個人の自由だ。今更、言い慣れた言葉を変える気はない」
「それでは、俺は、なんと呼べば良い?」
「へ?」
突然、問いかけられて戸惑ってしまった。
真っ直ぐわたしを見つめる琥珀色の瞳にちょっと緊張してしまう。
「俺は『シオリ』と呼べば良いのかな?」
「え? え? ええ、そ、それで……」
でも……、こんな顔の整った人に、こんな良い声で、自分のことを名前だけで呼ばれるのは、慣れるまで時間がかかりそうだ。
なんていうか、破壊力抜群、一撃必殺、致命傷って感じで、くらくらり~となってしまう。
グラナディーン王子殿下も美形だったけど……、このトルクスタン王子の方が好みの顔立ちだからだろう。
ライトは……、うん、なんか、彼がわたしを呼び捨てるのは逆に自然な気がする。
基本、「お前」呼びだしね、あの人。
まあ、「あんた」よりは大分、近付いた気はするけど。
「俺のことは『トルクスタン』か『トルク』で良いから」
「トルクスタン王子……ですね。周囲の目があるので、これで勘弁してください」
「……敬語なのも気になるな」
「これも譲れません! 年上、目上の方には敬語! これはわたしの中で基本です!!」
わたしがそう主張すると、トルクスタン王子が目を丸くする。
「高田は大神官やジギタリスの王子に対しては敬語を使っていなかった気が……」
水尾先輩……、ここで、余計なことを言わないでください。
「あの二人はある種、幼馴染で敬語の習慣があまりない時に会っているので、今更、直せません。それに、彼らを幼馴染としてではなく、それぞれ大神官、王子の立場で見たときは、ちゃんと敬語にしていました」
敬語にしたというか、自然になったというか……。彼らの雰囲気がそうさせたというか。
「なるほど、例外はあるけど、原則は年上に敬語ってことか。そう言う考え方、習慣自体は嫌いじゃないから許可しよう。それにしても、ユーヤ……、お前の主は想像していたよりも面白いな」
「興味を惹くという点に置いては否定しない」
「で、弟が確か『ツクモ』で……、少年、キミの名は『リヒト』だったよな?」
「はい」
『……そうだ』
リヒトはまだ自分の名前に慣れないようで、戸惑いがちに答えた。
「リヒト……、光の名か……。良い名前だな」
『オレも……、キニイッテル。死ンダ母、ツケテクレタ』
「そうか。意味のある名を……、それも希望のある名をつけてくれたキミの母は素晴らしい人だったのだろうな」
その言葉を聞いて、わたしと九十九……、それにリヒトは目を見開いた。
自然すぎる言葉。
でも、決して軽いわけじゃない。
挨拶程度とかそんないい加減な感じもなく、トルクスタン王子は優しい声でそう言った。
「ああ、確かに言葉がやや不自然だな。でも、直に慣れる。ユーヤがついていれば、語彙……、いや、言葉も増えるから心配しなくても大丈夫だ」
『ワカッテル……。ユーヤ、イロイロ、教エテクレル』
そう言って、リヒトはまだぎこちない笑顔を見せた。
あの森での出会いから約1ヵ月半……。
少しずつ彼の表情は増えてきている。
言葉も、翻訳機のようなものが備わったから、もう心配はないだろう。
「……で、すぐ、城に行くか? それとも、城下を少し回るか?」
「城に行くことは決定なのか?」
「いや、お前がマオに会いたいのだろう?」
「そ、そりゃ……、会いたいけれど……」
水尾先輩がちょっとばかり口籠る。
「ユーヤたちに不都合は?」
そんな水尾先輩の迷いを感じたのか、王子は雄也先輩にも尋ねる。
「俺はどちらでも構わない。ここ数日である程度、城下も見た。だから、水尾さん次第だ」
「オレはもう少し城下を見たいけど、水尾さんは先に城に行きたいだろうし……」
雄也先輩と九十九がそう答える。
「わたしも水尾先輩次第です」
もともと真央先輩と水尾先輩を会わせることがここに来た目的だったのだ。
それが果たせなければ、意味がない。
『オレ、ヨクワカラナイケド、皆ガソウイウナラ、ミオニマカセル』
「……だそうだ。決定権はお前にあるみたいだが? 水尾」
「すぐ城に……って言いたいところだけど……、九十九が城下を見たいって言ったな……」
「い、いや、良いですよ。気にしなくて」
「スクーターやその他の乗り物、機械国家だけにいろいろ走ってるぞ~」
水尾先輩が分かりやすく九十九を唆す。
「ぐっ。そ、そうやって人の意思を試すようなことを……」
「なんだ、ツクモ。その手のなら城にも走っているぞ。広いから、移動が大変だとかで使用人は割と利用しているが……」
「行きましょう、城に!」
トルクスタン王子の言葉に、珍しく九十九はあっさりと自分の願望に忠実となる。
「おい、こら。私の意思はどうした?」
「い、いや……、つい……」
「水尾先輩は、城に行きたくないんですか?」
「そ、そう言うわけじゃないんだが……」
でも、先ほどからどこか歯切れの悪い返事。
それに、目も宙を彷徨っているように見える。
「決心がつかないんだろう。久しぶりの再会。それも生死も不明だった身内だ。俺なら、身が竦んで動けなくなるだろうな」
「兄貴が? ありえないな……」
「確かに、ユーヤに限ってありえない」
「先輩がそんな状態なんてありえない」
確かに雄也先輩なら、どんな状況でも身が竦んでしまって動けなくなってしまうところなんて想像できない。
でも……、確かに、普通の人ならそうなってしまうかもしれない。
わたしが、初めて自分の父親とされるセントポーリアの国王陛下に会ったときは……、どうだったっけ?
ああ、あの時は、そんなことを考える余裕すら与えられなかった気がする。
「……で、実際、ミオはどうしたいんだ?」
「会いたいよ、すぐにでも……。でも……、どこかでまだ信じられないんだ」
「会えば信じられる。マオも多分、お前に会いたいと思っているはずだ」
そこで、水尾先輩の表情が少しだけ翳った気がする。
「ホントに思ってるかな」
そして、ポツリとそんなことを言った。
「少なくとも、お前の無事を知って喜ばないヤツじゃないだろう?」
ドクォォォンッ!
ここで、時砲がなった。
「と、もうそんな時間か。俺は、城に戻るがどうする?」
「わ、分かったよ!覚悟決めるよ! 行けば良いんだろ!!」
「誰も強制はしていないが?」
「してるんだよ、お前も、先輩たちも!!」
水尾先輩はそう叫んだ。
そんなわけで、わたしたちは揃って城へ向かうことになったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




