表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 機械国家カルセオラリア編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

589/2788

内輪で決めた約束事

 突然、カルセオラリアの王子から告げられた言葉に、水尾先輩とわたしがそんな突然のことに驚いてしまったのも無理はないと思う。


「こ、こここ、婚約って……い、いつの間に!?」


 あ。水尾先輩が思いっきり動揺している。


 それを見て、わたしは逆に冷静になれた気がする。

 気のせいかもしれないけど。


「2年ほど前だ。公式的なものではなく、内輪で決めたものだがな」

「……2年? マオたちがここに来てすぐくらいか?」

「まあ……、そうだな」


 やや歯切れが悪そうな王子の返答。


「でも……、マオは……」


 何かを言いかけて、水尾先輩は俯いてしまった。


「なるほど……。交換条件か……」


 それまで、黙っていた雄也先輩が突然、どこか不穏な響きのある言葉を口にした。


「交換……、条件……?」


 水尾先輩が、ゆっくりと雄也先輩を向く。


「どういうことだ? 兄貴」


 九十九がわたしの気持ちを代弁してくれる。


「この国にはアリッサムの民を受け入れるようなことができなかった。だが、命からがら逃げてきた彼女たちの手元にあった財など知れたものだっただろう。当面生活するだけの多額の資金を得るためにはどうするのが一番良いと思う?」


 兄からのそんな問いかけに対して……。


「働く」


 九十九は迷いもなく答えた。


 いかにも真面目な彼らしい発想だが、それが簡単なことではないということは、わたしは既に知っている。


「それができていたら、野盗に成り下がる人間たちはいない」


 雄也先輩が言うように、わたしもグロッティ村の近くにいたアリッサムの人たちを思い出していた。


 彼らは、数十人でそんな状況だったのだ。


 それを遥かに越えた人数の人間たちが、この世界で生活していくことが簡単にできるとはわたしも思えない。


「アイツら以上に箱入りだった姉上や……、アリッサム国内しかまともに知らない聖騎士団たちが他国での生活基盤を簡単に得られるとは思えない」


 水尾先輩も口に手を当てながらそんなことを呟く。


 しかし、その身体は小刻みに震えていた。


「アリッサムの人間たちが持っている一番の財産は魔力だ。そして、この国の王族は他の中心国と比べて、魔力がやや劣っている。他国が(こぞ)って欲する魔法国家の王女殿下の魔力を見逃すとは思えない。幸い、金だけはある国だからな」


 飾らない雄也先輩の言葉。

 だから……、わたしでも、はっきりと理解できてしまう。


「でも……、それって……」


 ああ、だから……、わたしよりも先にその状況を理解してしまった水尾先輩は、震えていたのだ。


 この国とアリッサムの人たちは、多額の金銭と引き換えに……、真央先輩を……。


「人間界で言う『身売り』……、『人身売買』に等しいのは確かだね」


 雄也先輩は誤魔化しもせず、震えているわたしにそう言った。


 前に聞いたことがあったじゃないか。


 魔力を持っている女性というのはそれだけで、他国に狙われると……。


 特に魔力が弱い人間は、必要とあらば、次世代に賭けるためにどんな強引な手を使うとも。


「トルク……。今の……先輩の……、ユーヤの言葉に……間違いはないか?」

「……ない」


 途切れがちに問う水尾先輩の言葉に対して、ほんの僅かな迷いの後……、機械国家の王子は肯定した。


「魔法国家の王族……、王女として生まれた以上、政略結婚……、他国の魔力を高めるための婚儀は当然避けられないだろうと思っていた。だけど、これは政略結婚とかそんなんでもないじゃないか……」


 水尾先輩が先ほどとは違った意味で震えている。


「幸いだったのは、相手が王族……。それも中心国だったというところだな……」

「雄也先輩!?」

「兄貴!!」


 歯に衣着せぬ物言いに、わたしも九十九もたまらず彼に反駁する。


「本当のことだ。王族なら民を護るのは当然のことだろう? それに何もなければ、その身を差し出すというのはある種、間違っているとは言い難い。それが、他の下賎な輩に足元をみられ、言いようにされなかっただけマシだったと思う」


 完全に他人事ととして、淡々と語る雄也先輩の言葉に、わたしは反論したかった。


 でも……、その反論の材料が、今のわたしには見つけることができないことがたまらなく悔しい。


 こんなの間違っているって思うのに!


「条件を出したのはアリッサム……、いや、マオ自身だ。無償で援助を受けるわけにはいかないと……。そして、自分がここにいることで、他の民が馬鹿な暴挙に出ることを防ぐためにも繋がることを望むとも言っていた」


 そう事実を告げるトルクスタン王子は、先ほどまでと違ってその表情を全く変えなかった。


「なかなか聡明な判断だな。無償で援助を受けるというのは、この国に大きな借りを作ってしまうということにも繋がる。別天地で新たに生活をするつもりならば、そのしがらみは断ち切るに越したことはない」


 雄也先輩が魔界について不勉強なわたしにも分かるように、それとなく説明してくれているのも分かる。


 でも……、そんなこと、あまり、聞きたくはない。


「それに……、人質としての意味も含めているなら尚のことだ。カルセオラリアとしても、彼女を無下に扱うこともできない。下手したら、アリッサムの生き残りが一斉に牙を剥くことに繋がるだろう。ここにも際立って物騒なのもいるしな」

「誰のことだよ、先輩?」


 水尾先輩がじろりと雄也先輩を見る。


 確かにこのカルセオラリアと言う国が完全にアリッサムを下に見ているわけではないことは分かっている。


 真央先輩の扱いとしても、妾とか愛人のような状態ではなく、第一王子殿下の婚約者という立場なら、悪いようにするつもりもないだろう。


 それでも、簡単には納得できないのは、わたしが人間界で育ったからだろうか?


「とりあえず、グロッティ村に連絡して、そのことを伝えておくか。同時に彼らがまた野盗に下らぬように釘を刺しておく。尤も、まだあの村にいるかは分からないが……」


 雄也先輩がそう言った。


 わたしたちが以前、会ったアリッサムの生き残りの彼らは、真央先輩がこの国で人質になっていることすら知らなかったはずだ。


 そうでなければ、あの場所であんなことはしていなかっただろう。


「私が……、暢気に平和な暮らしを送っている間にも……、マオはこんな所で、人質同然の生活を強いられていたなんて……」

「水尾さんのこれまでだって、暢気で平和だったとは思えんが……」


 九十九の意見に一票。


 少なくとも、アリッサム崩壊後の水尾先輩も、そんなのんびりした暮らしを送ってきたわけではない。


 わたしと関わったばかりに、余計な苦労もしていたはずだ。


「こんな所で悪かったな。それに……、人質同然の生活を強制したわけじゃない。人聞きが悪いことを言わないでもらいたいな」


 確かに、カルセオラリア側からの言い分はそうなるだろう。

 立場が違えば、考え方も見え方も全然違うのだ。


「私にだって分かっているんだよ。この状況がトルクたちの意思じゃなくて、マオが望んだことだって。だけど……、本来なら次女であるマオは、第一王女の補佐的な位置で……、その役目は末の娘である私だったはずだ。それなのに……、何も知らないまま……」

「それこそ、水尾先輩のせいじゃないですよ」


 悲痛な声を出す水尾先輩にわたしは思わずそんなことを言っていた。


 それが何の慰めにもならないことは分かっている。


「それでも……、何も知らないことは……、無知は罪だ」

「既に起きたことをどうこう言っても仕方ないだろう。それに、いない貴女の代わりとしてではなく、マオリア王女殿下は王族として自ら道を選んだ」

「だから……、余計に腹立ってるんじゃねえか!!」

 

ごおっ!!


 雄也先輩の言葉に対して、水尾先輩の怒りの声と共に噴き出される熱気……、いや、これって炎!?


 文字通り、彼女から炎が噴き出してきた!?


「あちっ!」


 一番、近くにいたトルクスタン王子が驚愕の声を上げる。


「こら! ミオ!! お前、以前より気が短くなってないか? 所構わずその炎を出す癖、いい加減に直せよ。」


 ……どうやら、水尾先輩のこれはかなり以前からのようだ。


 気が昂ると、魔気がいつも以上に出てしまう。

 多量で良質、高濃度の魔気の放出はもはや、魔法に近い。


ごぉおっ!!


「あ……」

「あ、馬鹿!!」


 傍で九十九の声が聞こえた気がした。


 だが、その声は最早、激しく吹き荒れる風の前には消えていくしか道がなかった。


 水尾先輩の魔気の放出が感情の昂りから出てくるものならば、それに対するわたしの魔気の放出は……、感情が伴わないモノ……とでもいうべきか……。


 これらの共通点は無意識に出てしまうってことぐらいかな?


 水尾先輩の魔気放出により、無意識に身の危険を感じてしまったのか、わたしも魔気の放出……、いや、これは防護魔法かな? が出ている。


 魔法が使えるようになってから、また暴発しやすくなったことだけは分かる。


 これは、早急になんとかしないと、これから先も真っ当な生活を送れる気がしないのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ