機械国家の第二王子
「……で、何故、お前がミオと一緒にいるんだ? 俺は正直、驚いたぞ」
トルクスタン王子が雄也先輩にそんなことを聞いてきた。
「彼女は俺と一緒にいるわけではない。ミオルカ王女殿下にそんなことを言うと間違いなく不機嫌になるぞ。あの方は俺らが仕えているそこにいる主と一緒にいるだけだ」
「……何故だ?」
トルクスタン王子は不思議そうな顔をする。
確かにその辺りの事情をどう説明したものか……?
「彼女が他国に滞在中、たまたま、俺の主と親しくする機会があったらしい」
雄也先輩は当たり障りのない範囲で説明してくれる。
しかも嘘ではない。
「は~、それは奇縁だな。それで、わざわざ、この国まで来たのか? いつものように転移門を使って、ダルエスラーム王子と来れば、もっと話は早かっただろ? あの王子、この2年も時々、顔を出してたぞ」
その言葉に思わず、顔を上げてしまいそうになる。
そこをぐっと我慢した。
あの王子はストレリチアには、手配書を出しただけだったが、この国には自ら赴いていたということだ。
それだけで、わたしにとってこの国での危険性が増したということでもある。
「こちらにも、いろいろと事情があるんだよ」
「ああ、そう言えば、いつの間にかお前はストレリチアに行っていたんだったな。ダルエスラーム王子と仲違いでもしたか?」
「まさか……、そんなことをしても俺にメリットはない」
雄也先輩は、苦笑した。
確かに、あの王子と仲違いをして雄也先輩はわたしと行動しているわけではない。
……というより、あの王子は今、雄也先輩とわたしが一緒にいるなんて思いもしていないことだろう。
「中心国の王子との関係を利益だけで判断するのはお前ぐらいだよ」
そう言いながら、王子も苦笑した。
そんな会話から二人の間にかなりの信頼関係があることが分かる気がする。
「強いて言えば、我が主はダルエスラーム王子殿下によく思われていない。だから、まあ、王子殿下の目の届かないところに行きたいわけだが……、そうだったな。この国は、あの王子殿下がたまに顔を出す国だった」
雄也先輩のその台詞を聞いて、トルクスタン王子は何かに思い当たったのか……、わたしを見ながら言った。
「……もしかして、彼女が例の……『シオリ』か?」
「へ?」
思わず、わたしの方が間抜けな声を出してしまった。
「いや、違っていたら失礼。2年ぐらい前からかな。セントポーリアのダルエスラーム王子がある母娘を探しているとかで各国に頻繁に使者を送っているんだ」
その言葉でわたしの背筋が思わず伸びた。
「まあ、この国も例外じゃないわけだが……。確か……、母の名は『チトセ』。娘の名は『シオリ』……、もしくは『ラケシス』」
セントポーリア城下で使っていた偽名までしっかり伝わっている。
ストレリチアでもそうだったが、やはりどこに行っても、その手配書は回っていると考えるべきだろう。
「それで、彼女がその『シオリ』だったなら、お前はセントポーリアへ引き渡すとでも?」
雄也先輩は不敵に笑った。
その余裕を見習いたい。
九十九は……、黙って、様子を見ている。
「状況次第ではそうするつもりだ」
トルクスタン王子は真っすぐ、雄也先輩を見て迷いもなくそう言った。
うげげ。
もしかして、ここも敵陣?
「それは、事情によっては引き渡さないという解釈で良いのか?」
「ま、そんなところだな。俺もその二人の名は昔、ユーヤが探していると言う母娘の名と同じだから覚えていただけだ。ダルエスラーム王子の探し人に特別な興味があったわけじゃない」
つまり……、始めからこの人は知っていたのだ。
セントポーリア王子の探している相手がわたしと母さんだってことを……。
「俺がお前に彼女たちの名を言ったのはただ一度だけだったと記憶しているが……」
「一度でも名前を聞いたことがあれば、なかなか忘れないよ、俺は……。ユーヤが仕える母娘ってことで、興味もあったからな」
トルクスタン王子は当然のようににっこりと微笑む。
「……オレ、一度くらいじゃ名前を覚えられないな」
九十九が口にした言葉はそのまま、わたしにも当てはまる。
ましてや、会ったこともなく、会話に出てきただけの人名なんて覚えられるはずがない。
「事情を差し支えのない部分だけで良いから、話してもらえるか? それで、お前たちに協力するか、敵対するかは決めようと思う」
うぐ。
まだ、わたしは安心できないの?
「よく言う。元々、敵対する気はないくせに」
雄也先輩はそう言って、苦笑した。
「そうでもないぞ~? ミオやユーヤが暫く会わないうちに、我が国に仇を成す者に成り下がっていたら、国を護る役目にある王族の一員として、全力で迎え撃つ気ではいる」
どこか人懐っこい笑みを浮かべて、彼はそんなことを言った。
その笑顔で、わたしの知っている人とは別人だと確信できる。
あの人は、こんな顔をしなかったから。
「尤も、俺や兄上、妹のメルリだけでは、ミオ一人にも勝てないだろうけどな」
トルクスタン王子はにこやかに自虐的なことを言う。
だけど……正直なところ、わたしもそう思ってしまう。
魔法国家の第三王女である水尾先輩の魔法を二年ほど間近で見てきたのだ。
だから、断言できてしまう。
まともにやって、彼女に勝つことは難しい……と。
「もう一人、戦力はいるはずだが?」
だが、雄也先輩は涼しい顔でそう言った。
「へ?」
「近々、王族に名を連ねる予定の者がこの国にはいるだろう? それも、とびきりの魔力を持った女性が……」
その言葉で、トルクスタン王子の瞳に警戒の色が表れる。
しかし……王族に連なる女性?
この国で王族は国王と二人の王子……、そして王女が一人だけだったはずだ。
そして、王妃も数年前に亡くなっていると習っている。
それ以外で……王族が増えるとしたら、どこかの国王陛下のように、公表されていない別の女性との隠し子ってことになるのかな?
「それをどこで聞いた?」
「いや、聞いたわけではない。あの店で見た物とここに来るまでの情報を繋ぎ合わせた結果だ。まだ推測の域は出ていない」
「他言は?」
トルクスタン王子は九十九やわたし、リヒトを見て言う。
どうやら、わたしたちを含めてあまり聞かれたくはない話に雄也先輩が踏み込んでいるようだ。
「他の人間に推量段階で話をしていると思うか? この俺が……」
二人の会話は殺伐としたような言葉の応酬に見える。
でも……。
「兄貴がここまで気を許している相手も珍しいな」
「……だよね」
わたしは九十九の言葉に同意する。
トルクスタン王子との会話はどことなく、雄也先輩が九十九と会話をしている時の雰囲気によく似ているのだ。
「ああ、お前はアレを見たのか。『ニホントウ』を……。まあ、あの店に行ったなら、見ていても不思議じゃないけどな」
日本刀?
そうか……。
あの店に飾られていたっけ。
「あの刀もその相手からの知識だろう? そうでなければ、この国に日本刀があること自体、おかしいんだからな」
「ああ、あれは良い剣だよな~。今まで我が国で製造された剣の中では、最高クラスだ。まあ、その分、かなりの手間を掛けてるんだけどな」
「誤魔化すな」
「分かってるよ」
雄也先輩の言葉にトルクスタン王子は肩を竦める。
「確かにあの店に売った宝剣に魔力を込めた人物は城にいるけど、あの『ニホントウ』ってのは、そいつからの知識じゃない。それに……、どちらにしても、あいつは戦力にならないし」
「戦力にならない?」
その言葉で雄也先輩が眉を顰める。
「まあ、その辺の事情について、今は置いておこうか」
そんな雄也先輩に対してトルクスタン王子は軽く片手を振って、言葉を続ける。
「話はミオが戻ってからだ。彼女の前でなければこれ以上、この件について、俺は話す気などない」
トルクスタン王子はニヤリと笑って、これ以上、話せないとばかりに自分の口を隠したのだった。
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