王族の血
「そう言えば……、中心国って何か決まりがあるんですか? 地図とか見ても、大陸の中心じゃない国もありますよね? このカルセオラリアよりもエラティオールの方が中心部ですし」
少し遅めの朝食を摂りながら、わたしは水尾先輩に聞いてみた。
「確かに大陸の位置図を見る限り、中心国って、案外、中心じゃないな」
地図を見る限りでは、セントポーリアはその面積のためにシルヴァーレン大陸の中心と言える場所にはある。
そして、ストレリチアはグランフィルト大陸に一つしかない国だ。
だが、アリッサムなんかフレイミアムの最北端にあった。
ローダンセもウォルダンテ大陸でも最北端だし、イースターカクタスはライファス大陸の最西端にある。
つまり、六大陸中、二大陸しか位置的には中心ではないのだ。
「国っていうのは、まず、王族がいること。これは中心国に限らず、国を興すためには最低条件だと聞いている」
「国を……、興せるんですか?」
新興国というやつだろうか?
「それぞれの大陸神の血が規定以上の人間がいれば小規模でも興せるらしいんだよ。極端な話、フレイミアム大陸なら私が、シルヴァーレン大陸なら高田がいれば、今の連れだけでも国を興すのは可能なんだ」
どこの国も王族は大陸神の血を引いていると聞いている。
昔は今よりも小規模な国家が乱立していたが、本を正せば、それぞれ神様が造ったという存在が人間たちなのだ……、と法力国家で習った。
尤も、神を中心に考える国の教えてくれた世界の歴史が必ず正しいかは分からないのだけど。
「尤も大陸では既にいろいろな国が治めているわけだから、新興国家を興すための土地とかは簡単には貰えないだろうな」
確かに……。
限られた土地を簡単にくれるとは思えない。
「それにたった5人の国家ってのも、ちょっと変ですよね」
「まあ、極端な例だし。わたしにも高田にもそんな気はないわけだから、難しいのは確かだな」
水尾先輩が笑いながら言った。
確かに極端すぎる例である。
だが……、心から望めば、彼らが叶えてくれる気がする辺り、わたしにはあまり笑えない。
嫌だよ、わたしが女王さまになる世界なんて……。
「少人数で国を興すのなら、大陸近くの島を買い取って……という話は聞いたことがあるな」
「大陸近くの島?」
「その場合、大陸神の加護は弱くなるけど、島も本をただせば大陸の一部が地殻変動とかで切り取られただけなんだから、加護自体を得られないわけじゃない。まあ、ほとんど国として認められてはいないだろうけどな。この前の長耳族の集落みたいなものになるか」
なるほど、国家というよりも集落扱いか……。
「その規定以上の大陸神の血って……、分かるものなのですか?」
「普通は分からない。どんなに知覚に優れていても、ね。魔気……、魔力の質ってのは、生まれ持ったものだけど、それを精錬することも不可能じゃないし」
魔力を精錬……ねえ……。
水尾先輩は火属性の魔気を纏っているけど、他の属性の魔法を使えないわけじゃない。
そう言ったものとは違うのだろうか?
「大陸神について分かるとしたら占術師と……、神に仕える神官、神女の高位だろうな。大神官なら間違いなく知ることは可能だと思う。彼は、神と話すだけではなく、『聖女の卵』に神降ろしをさせるぐらいだからな」
「でも、魔気……、魔力に関する知覚能力に優れている先輩でも……、分からないんですか?」
「私はあんまり優れてないよ。まあ、一般よりマシ……って程度だし。マオはかなり凄いけどね」
「真央先輩が?」
水尾先輩が一般よりマシって程度とは思わないけれど……、それ以上に真央先輩がかなり凄いという評価も気になった。
「そ。マオは異常。漂う魔気から相手の感情、状態の判別もできるんだ。私みたいに大雑把じゃなくてね。まるで、感応魔法……、読心魔法を使っていると言っても誰も疑問は持たないだろうね」
「それは……、凄い」
自分の感情まで読まれるなんて、人によっては居心地が悪く思えるかもしれない。
わたし?
読まれて困るようなことは考えてない。
ちょっと思考が暴走した時に止めてくれたら逆に助かるな……ぐらいかな?
「それでも、神の血の濃さまでは分からないって言っていたから、やっぱり、占術師とか神官、神女に頼るしかないわけだ」
「神の血……、壮大すぎてピンときません」
強いて言えば、宗教掛かっているというイメージぐらい?
いや、法力国家に一年以上お世話になっていたのだから、耐性はあると思うけれど……、「大神官」とか「聖女の卵」とかに妄信する神官たちを見ていると……、ちょっとなあ……と思うこともよくあった。
「確認したことはないけれど、私にも……、勿論、高田にも流れているはずだよ。……というか流れているからこそ、高田が『聖女の卵』にもなった可能性はある」
「ぐっ!」
うう。
わたしには関係ない話ってわけでもないらしい。
いや、そんな気はしていたけど。
あちこちで散々「聖女」や、「救国の神子」の血を引くことを指摘されてきた身だ。
今更、そこに「大陸神」というものが追加されても驚きもない。
「神の血が濃ければ、濃いほど魔力も強くなる。例外はあるけど……な」
「例外……?」
「神の血が濃くても魔力さっぱりなのもいるんだ。魔力で周りからその資質を量られてしまう王族としては気の毒な話だが……。ああ、高田の義兄がその類だったな」
「へ? ぎ……けい?」
耳慣れない言葉に聞き返す。
「現セントポーリア王子のことだ。あいつの魔法は一般よりちょいマシ程度だった記憶がある。だから、初めて高田の自動防御を見たときは正直驚いた。セントポーリア王家はこのまま魔力が枯渇してしまうかもとどの国も懸念していたからな」
「……あの人、そんなに?」
一度だけ会って、会話しただけの相手。
あの時は、魔力の感知なんてわたしにはできなかったから、そんなことには気付かなかったのだけど、どこに行っても魔力が弱いという話を聞く。
「もしかしたら、笹ヶ谷兄弟よりも劣るかもしれない。最近、会ってないからはっきりと比べようもないけどな」
「でも、雄也先輩も九十九も一般人……らしいですよ?」
一般じゃなきゃ、わたしの御守りなんてしていないはずだし……。
「そんなことはない。笹ヶ谷兄弟は一般よりは遥かに際立っている。片方だけなら、突然変異って言葉で納得がいくんだが、兄弟揃ってということなら間違いなく血だな」
「神の血……、いえ、王族の血が入っているってことですか?」
しかし……、そんな凄い血族だというのなら、城下の森に隠れ住んでいた理由が分からないよね?
雄也先輩や九十九を見ていると、ご両親が犯罪者だったとも思えないし。
「そこなんだよな~。あそこまで凄いなら、王族の血が入ってるっていわれても納得できそうなんだけど、風属性……、大陸神ドニウの血が流れているような感じはないんだよ」
でも……、二人の属性は間違いなく風だというのはわたしでもよく分かる。
基本的にどの属性魔法も使えるけど、二人とも風属性の魔法が一番効果も高いことからも、その傾向に間違いない。
「他大陸神の血を引いてるのに何かの間違いで、シルヴァーレン大陸で生まれたってことでも、そんな無意味なことしてなんになるよって話になるし……」
「他大陸神の血を引いて、別大陸で生まれるのは無意味なことになるんですか?」
「大陸神の血が薄まるわけじゃないが、結局、その大陸神の加護を受けられなくなる。生まれた大陸での大陸神で基本属性が決まるわけだからな。自身の血に流れている大陸神の加護を受けるのが一番魔力を発揮できることは間違いないから、王族の子を産む女性は、出産時に他大陸に渡ることは、まずしない」
「他大陸の王族同士の婚姻なら?」
そうなると大陸神の血が混ざることになる。
「どちらを選ぶか……だな。どちらの王族の血統を守るかで母親がどちらにいるかを決めると思う」
そうなると里帰り出産はできないのだろう。
あれ?
そうなると……。
「……もし、王族の血が流れている子が、人間界で生を享けたら?」
母親が人間界出身であるわたしは……、その可能性もあった。
わたしを妊娠中に、母が転移門を使って人間界へ戻る選択をしていたら、わたしは人間界で生まれていただろう。
「……さあ? そんな例を知らないからな~。過去には例があったかもしれないけど。ああ、高田や私が子どもを産むときに人間界に行けば分かるかもな」
「先の長い話ですね」
先が長すぎて、想像もできない。
「そうか? 私は18歳だし、高田も17歳だろ? 産むだけなら可能な年齢だぞ」
「……産むだけって、なんか、厭ですね」
「安心しろ。私も嫌だ。どうせ産むなら、ある程度選ばせてもらいたい。でも少し前なら、王族に生まれた以上、それは叶わない願いだと思っていた」
「え……?」
「王族と政略結婚はどうしても切り離せない問題だからな。一番上の姉は国を継ぐために自国内から相手を探すことになるが、私やマオは、他国の王族に嫁ぐ可能性はあった。まあ、国が残っていれば……」
そう言う水尾先輩は少し悲しそうな顔をしていた。
それは、崩壊した国を思ってなのか、それ以外の感情があったのか……。
心を読むことができないわたしには分からなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




