会話は大事
「ところで、先輩」
大量の錬石の粉を精製した後で、水尾先輩が誤魔化すように問いかけた。
「リヒトは何故、抑制石で会話ができるようになるんだ?」
それに対して、フッと雄也先輩は笑って答える。
「彼と日常会話ができない理由を考えた」
「自動変換機能が働いていないからだろ?」
九十九が、砕かれた錬石の粉を確認しながら、そう言った。
「その自動変換機能が働かない理由はいくつか考えられる」
「いくつもあるのかよ」
九十九の突っ込みは尤もだと思う。
そうなると、単純に、リヒトが長耳族だから……というわけではないのかもしれない。
「カルセオラリアとストレリチアにそれぞれ違う事例があった。世界的に調べればもっとあるかもしれん」
「ちょっと待て。カルセオラリアはともかく、なんでストレリチアの事例まで既に調べてるんだよ?」
水尾先輩が露骨なまでに警戒の色を見せる。
「大神官猊下がご存じだった。たまにお国言葉しか話せない見習神官がいるそうだ」
「いやいやいや! だから、なんでそれを……って大神官!?」
「連絡をとったからな」
「大陸間を越える通信珠ってどんなヤツだ!?」
「それは秘密」
そう言って雄也先輩は笑った。
わたしはなんとなく九十九を見る。
彼の目は「余計なことを言うな」と言っていた。
雄也先輩と恭哉兄ちゃんの連絡手段。
それは特別な話ではあるが、難しい話ではないのだ。
通信珠は各国の城に備え付けられているものは中継器を使用して、大陸間通信を可能としているらしいが、持ち歩きができるような携帯用通信珠ではそれが難しいとされている。
但し、一般的には知られていないのだが、携帯用通信珠も城で使用される中継器を使えないことはないのだ。
但し、それには中継器のある中心国の王族へ許可をとったあと、登録が必要となるそうだ。
因みにグロッティ村のバルディア隊長さんに渡したものについてはしっかり、許可を得たらしい。
だが、雄也先輩はそんな一般的な手続きをせずに、恭哉兄ちゃんやグラナディーン王子殿下と会話ができるようになっている。
通信珠ではなく、「全世界聖運門使用許可証」という大神官のお墨付きを頂いたからだ。
これを持っている人間は、聖堂内にある「聖運門」と呼ばれる「転移門」を利用できるようになっている。
普通は聖堂建立を許された上神官以上の職位にある神官に渡されるものだが、雄也先輩と九十九は特別に交付されているのだ。
許可証の交付理由としては単純なもので、申請時に「『聖女の卵』の護衛のため」と書かれていた。
そして、許可証そのものには、その理由は書かれていない。
うん。
流石は利用できるものは何でも使っていくスタイルである。
勿論、雄也先輩はそれを利用して世界各国を渡り歩けるようになっているが、必要以上に使用する気はないらしい。
「聖女の卵」の居場所を簡単に伝えるわけにはいかないのだ。
そのために必要があって使用する時は、上神官の使いの振りをし、下神官の装いをしてから大聖堂入りするらしい。
数百人ほどしかいない正神官はともかく、何千人といる下神官の顔を全て知っている人間など……、その全ての姿絵や経歴書などを保管、管理している全世界の聖堂最高位の大神官ぐらいだろう。
「まず、カルセオラリアの方は……、単純な魔力不足。自分の言葉を相手に伝える魔力がなく、相手の言葉を受け止める魔力もない。この場合、魔力増幅器で解決することもあるけど……、普通は翻訳機を買った方が早い」
「やっぱり翻訳機もあるのか」
「昔は今より多かったみたいだからね。他大陸にいかない限りは気付かないけれど、カルセオラリアは他大陸からの客人は多いから」
確かにこの国はいろんな国の人が来ている気がする。
服とか纏っている魔気とかがそんな感じなのだ。
「で、同じく他国から入ってくる人間が多いストレリチア。こちらは興味深い」
雄也先輩はフッと笑った。
「カルセオラリアと同じく、魔力不足の人間もいるが……、その逆で、体内魔気が強すぎて、大気魔気を拒絶する体質という例が過去にあったそうだ」
「なんだそれ?」
水尾先輩が尋ねる。
「持って生まれた魔力が大きすぎるらしい。こうなると、封印されているわけでもないのに魔法が全く使えなくなることにも繋がる。現代に伝わる魔法はほとんど大気魔気を利用しているものだからな」
「そんなことが……あるのか?」
水尾先輩は信じられないらしい。
「魔法が使えて当然の魔法国家出身の貴女には信じられないかもしれないが、ストレリチアもカルセオラリアも、魔法が不得手な人間が集まる国だからな。いろいろな事例がある」
「そんな……」
「つまり、リヒトはそのどちらかということでしょうか?」
彼と知り合ってまだ一ヶ月半ぐらい。
その間でそこまで調べているのって、かなり凄いことだと思う。
「彼の場合はどちらも違う」
あれ?
違うの?
「彼は長耳族……。もともと精霊族だ。我々のように体内魔気という形ではない」
でも……長耳族の他の人たちとは会話ができた。
つまり、彼らは人間とは違った形で翻訳機能が働いているってことになる……のかな?
「彼の場合は、単純に誤作動だよ」
「「「誤作動? 」」」
わたしと、九十九と水尾先輩の声が重なった。
「推測が確信に変わったのは、抑制石の効果があったからだけどね」
「どういうことだ?」
九十九が先に尋ねる。
「リヒトの両親について、何度か尋ねてみたが……、父親は分からないが、母親の話は何度か聞くことができた」
彼は長耳族の集落外で産まれたという話は聞いている。
森の中で、母と二人で暮らしていたことも……。
「だけど……おかしいとは思わないかい? 何故、彼の基本言語がスカルウォーク大陸言語なのだろうか?」
「ここがスカルウォーク大陸だからだろ? 何もおかしくはないと思うぞ?」
水尾先輩が首を捻りながら答える。
「長耳族の言葉はスカルウォーク大陸言語ではないのだ」
「「へ? 」」
わたしと水尾先輩が同時に反応する。
「俺もあの場で確認したわけではない。あの紅い髪の少年なら分かったかもしれないがな。だが……、もし、長耳族の言葉がスカルウォーク大陸言語ならば、リヒトと会話ができないはずがないんだよ」
その言葉でわたしも気付く。
リヒトは同じ種族であるはずの、長耳族の言葉が全く分からなかった……と聞いていた。
だから、あの森では彼のことを「黒い災い」と呼ばれていたような気がするとしか言っていないのだ。
彼が教育を受けていないために言語が分からない……とも考えられなくもないが、それも根拠としては乏しい。
リヒトは、人間の町に来て周囲の言葉が少し分かる……と言っていた。
それは彼の知っている言葉と一致しているということになる。
翻訳機能が働かなくても分かる言葉……それは母国語……みたいなものだろう。
「そうなると……、彼が何故、母親と共に長耳族の集落から離れて、森で暮らしていたのかも分かる気がしたのだ」
「へ?」
そこにも理由があるのですか?
「母親が、長耳族ではなく、スカルウォーク大陸言語を使う……人間だったという可能性か?」
水尾先輩が何かに気付いて顔を上げる。
「可能性の話だけどね。だから、人間の魔気と精霊族の力が混ざって……、翻訳機能が上手く働いていないのではないか? ……と推測を立てた」
「兄貴にしては歯切れが悪いな」
「推測で強引に固めた話だからな。長耳族と人間の混血についての資料がないわけではないが、その言語に関してはそこまで多くない」
でも……、多分、雄也先輩は確信しているのだろう。
そうでなければ、抑制石ではなく、翻訳機を先に試したはずだ。
「小難しい話は良いですよ。今、大事なのは、リヒトと会話ができることですから」
「そうだね」
雄也先輩はそう言って笑ってくれた。
わたしにとっては、その微笑みが妙に心強く思えるのだった。
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