石と魔力
「くうっ! やっぱり無理だった」
水尾先輩はあれから粘ったらしいが……、あの日本刀については何も分からなかったらしい。
「せめて、手に取らせてくれと言ったのに……、あの店員に断られた」
この状態の水尾先輩に凶器を渡すような度胸のある店員はいないだろう。
興奮のあまり、ぶん回されても困るだろうし……。
それに……、日本刀というのは、その扱いが難しいと高瀬から聞いたことがある。
太刀や打ち刀とかでも構えが変わるし、抜刀の仕方だけではなく、腰に下げる状態も違うと言っていた。
何故、日常会話で日本刀講座をしているのかと言えば、ワカが演劇で立ち回りをするために居合経験者の高瀬に聞いていたからなのだけど。
「あれだけ厳重に保管されている物なら一見さんお断りでしょう。しかし……人間界から持ち込んだものではないと思います」
九十九がそう言った。
「まあ、単純に銃刀法違反だよねえ」
そんなものが持ち出されていたらいろいろと問題なのだけど。
「いや、刀の所持自体は人間界でも問題ないぞ。理由なく持ち歩かなければ良いんだ。オレも模造刀ならば、何振りか持ってる」
「模造刀……、本物ではなくても……、そんな簡単に購入できるものではないよね? 当時中学生の笹ヶ谷九十九くん?」
所持に許可がいるんじゃなかったっけ?
しかもその言い方では所持しているのは一振りじゃないし、過去形じゃないってことは、現在も持っているってことだよね?
「……日本刀にときめかない少年がいると思うか? 兄貴も持ってるぐらいだ」
「雄也先輩も!?」
それに思い起こせば、祖父の趣味とかで刃を潰した刀を高瀬も持っていたし、ワカは……演劇のために自作するという名分で……、どこかの古美術商に足を運んでいた覚えがある。
「いや、少年心にときめいたとしても、日本刀の所持は一般的じゃないだろ」
混乱していたわたしの横で水尾先輩が呆れたような声を出す。
「そ、そうですよね……」
わたしの周囲があまりにも特殊過ぎて……、「普通」の感覚がぶっ飛んでしまいそうになっていた。
「ところで、先輩とリヒトは?」
水尾先輩はようやく落ち着いたようで、二人の姿がないことに今、気付いたらしい。
「支払所に来ていませんか? ようやくリヒトと会話ができそうなんです」
「マジか?!」
「抑制石を額に当てたら会話ができました」
「翻訳機ではなく、抑制石……、だと? なんで、それで……?」
九十九の言葉に水尾先輩は考え込む。
どうやら、魔法に詳しい水尾先輩でもその理由は分からないらしい。
「兄貴に聞いてみたらどうですか?」
「素直に教えてくれるとは思えない」
水尾先輩は九十九みたいなことを言った。
雄也先輩って、そんなに秘密主義かな?
聞けばちゃんと教えてくれるとは思うのだけど。
****
わたしたちが雄也先輩を見つけた時、彼は支払所ではなく、別の場所にいた。
「何してるんだ?」
「コンテナハウスの修理と点検を依頼していた。最近、保護色ができなくなっていたからな。ついでに、石の加工も頼んで、出来上がりを待っているところだ」
「いや……そうじゃなくて……」
九十九が言い淀む。
それも無理はない。
「内職か?」
水尾先輩が眉を顰めてそんなことを言った。
「そんなところだな」
雄也先輩はそう言って笑いながら、手を動かしていた。
彼はリヒトと椅子に座って、石をより分ける作業をしている。
リヒトは横から覗き込んでいただけだったけど、興味深そうに見ている。
でも、その石の判断基準が分からない。
石がいっぱい入っている箱と、それ以外に箱が4つ。
その4つにより分けているのは分かった。
でも、わたしの目には全部同じものに見える。
「九十九も手伝え。錬石の鑑定は得意だろう?」
「へいへい。判断基準は?」
「甲、乙、丙、丁の順で」
なんですか?
その基準。
人間界でそんな基準があったような?
でも、丙までしか知らない。
この基準って、魔界だけ?
「……S級、A級、B級、Z級の順だな」
そう言いながら、九十九雄也先輩の向かいに座ってその石たちを分け始めた。
あれ?
わたしの自動変換がおかしい?
「……九十九が正しいだろ。先輩の言葉は明らかに変だった」
良かった……。
わたしの気のせいじゃなかったようだ。
「基準が分からないのですが……」
「錬石の基準は私でも分からん。因みにこの一箱で、いくら?」
「先ほど、1オルセで買った」
「……高くねえか? 錬石って魔力なしだろ? 10万リアじゃねえか」
「いっ!?」
ただの石にそれは高い。
1リアはどの国でも共通の一番低い通貨単位だ。
これが定まっているため、どこに行っても両替がしやすい。
2年前に雄也先輩から聞いた感覚では、10リアで1円と考えれば良いだろう……、多分。
「ん~、この量で、この質なら……、オレは安いと思いますよ。セントポーリアなら……、15トアルぐらいはするかもしれません」
「……錬石の質が分かるのかよ」
九十九がそう言いながら、ひょいひょいと本当に確認しているかどうか分からない速度でより分けていく。
そして……、九十九が口にしたその価格は、150万リアだ。
簡単に手を出せる価格ではない。
「九十九、早いな」
水尾先輩が九十九を見ながらそう言った。
手に取ってそのまま次の箱に入れる速度は、一瞬止まる雄也先輩よりも明らかに早い。
「慣れですね。小さい頃からさせられたので」
わたしも試しに一つとってじっと見てみる。
やっぱり分からない。
さらに集中して視る。
でも……、この石からは何の変化も見られなかった。
「魔力のない石を視ようとしても簡単には何も分からねえぞ」
九十九はそう言って、わたしが手に持っていた石をひょいっと摘まみ、一番手前の箱に入れた。
これで完了らしい。
「この買い取った石をどうする気だ?」
水尾先輩はその中の一つを手に取り、目を細める。
「B級以下に魔力付加して買い取ってもらう」
ぬ?
それって、人工的な魔石を造るってことだよね?
それは転売というヤツではないだろうか?
「B級はともかくZ級に付加しても売れるか?」
九十九はそう雄也先輩に尋ねる。
「この国なら売れる。使い捨ての燃料としては十分だからな」
「……俺がすると、Z級の半分は崩れるぞ」
「構わん」
「ちょっと待てよ、二人とも。この石たちって魔力を込めたら売れるのか?」
「天然魔石よりは価値が落ちますが、人工魔石も十分売れますよ。もともと、その目的で売りに出されているので」
水尾先輩の言葉に九十九はそう答えた。
なるほど、合意のもとということか。
つまりは、転売ではないらしい。
「カルセオラリアは機械国家だ。魔法具や魔道具には魔石が必要だが……、カルセオラリアの国民たちは魔力があまり強くない。どこにでもあるわけではないが、こういった店はたまにある。尤も、それなりの質も要求されるけどな」
「水尾さんもやるかい? 取り分はこれぐらいで」
そう言って雄也先輩が指でさす。
それは、通貨単位なのか?
配分なのか?
「なんなら全部やっても良いが?」
「九十九、彼女にはS級を。恐らくクズ石は耐えられん。Aも、もったいない」
「じゃあ、これを」
九十九が箱から5個、石を取り出す。
「へへっ、石に魔力を込めるのなんて久しぶりだな」
「印付とは違うの?」
妙に嬉しそうな水尾先輩を見て、わたしは九十九に尋ねる。
「印付は物質に魔力を通すだけ。時間が経つと薄れるし、別の魔力に押し出されたりもする。物質へ魔力付加は……、もう少し留まる時間も長くなる。まあ、人工物は天然には勝てないけどな」
「それって……、路傍の石でも可能?」
道に落ちている石が魔石になるのなら、大儲けではないだろうか?
「……不可能ではないが、大半は砕ける。この石は『錬石』と言って、魔力を付加しやすいように加工されたやつなんだよ」
「こう見えて、加工製品なのか」
「流石に何もないクズ石に万単位の金は払えんな」
そりゃそうだ。
「その錬石は魔力を込めやすいことと、耐久によっても等級が変わる。この価格で一箱にあるS級が5個は珍しい」
「比率としては同じぐらいなの?」
「いや、錬石の目利きって難しいらしくてな。加工しても、その等級を見抜けるのは専門家が必要らしい。でも、クズ石の可能性が高いものにいちいちそんなことができないから、こんな風に箱売りするそうだ」
それはつまり……。
「……客に見極めさせて、魔石を作った後に売ってくれってこと?」
「錬石の時点では難しくても、魔石になれば、鑑定は簡単だからな。それで赤字になるか、黒字になるかを含めての商売ってことだ。それに……込める魔力によってはS級の錬石もクズ石同然になるが……」
「これでどうだ!」
水尾先輩が凄く良い顔で、5つの石を見せた。
白っぽかった石は、何故か紅玉石のように光り輝いている。
そして……、アレほどのものなら、わたしにも分かる。
あんな小さな石でも凄い火の力を感じた。
「混ざり物もなく、理想的な魔力付加だな」
雄也先輩が一つ一つを丁寧に視る。
わたしが視ても分かるぐらいの火属性の魔石だ。
「ただ……、これほどの物を全て売りに出せない」
雄也先輩はあっさりとそう言い放った。
「は!? なんで!?」
「質が良すぎる。こんなところで、貴女が王族だと暴露するわけにはいかないだろう?」
「分かった。つまりは、少しだけ火属性以外も混ぜれば良いんだな。九十九、A級を全部寄越せ」
「全部は駄目ですよ。火属性魔石ばかりになってしまいます」
九十九は溜息を吐きながらそう言った。
「じゃあ、渡せるだけ全部寄越せ」
そう言いながら、水尾先輩は九十九からいくつかの石をひったくって、石に人差し指を当てる。
すると……、いくつかは破裂して粉々になる。
「ぐっ! 微調整が難しい」
「ああ、勿論、破裂した分は請求しますよ」
さらりと言う雄也先輩。
「この守銭奴!」
「いや……、これは当然の権利でしょう?」
さらににっこりと笑う雄也先輩。
しかし、わたしは見てしまった。
破裂した石の欠片を、さりげなく回収している九十九と雄也先輩の姿を。
水尾先輩は魔力を込めることに集中していて気付かなかったようだが、石が飛び散る瞬間、それを予想していたと思われる九十九がその粉を風に乗せ、雄也先輩が袋に入れたのだ。
魔石ってもしかしたら粉々になっても使えるのではないだろうか?
わたしがそんな風に考えていると、視線に気づいた雄也先輩がにっこりと笑って、口元に人差し指を立てた。
つまり、黙ってろってことですね。
承知しました。
そして……、その結果……。
一度、躍起になってしまった水尾先輩はZ級どころかB級の錬石まで大量に、粉々にしてしまうのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




