【第32章― 邂逅遭遇 ―】機械国家
この話から第32章です。
長い章となります。
機械国家カルセオラリア。
水と緑に囲まれ、高低差も少なく、その広域が平原というスカルウォーク大陸の中心国とされる国である。
中心国の歴史としてはイースターカクタスに次いで浅いばかりか、同じ大陸の7つの国家の中で最も新興国であった。
魔法を使える人間たちが溢れるこの世界では、古来より、多くの魔法と強大な魔法力を持った人間こそ優れていると思われていた。
魔法力の強さは、神の血を色濃く引き、その加護を受け、精霊の祝福を得ているとされてきたのだ。
大陸神の力は7神に大差はないとされているが、広大な土地ほどその加護は分散されてしまうと考えられていた時代もあり、魔法が使えない人間たちは少しずつ広いだけの土地に追いやられていくこととなった。
だが、魔法の才がない者は、何もない土地でも逞しく生き抜くための術を見つけ出す。
多民族国家は少しずつ纏まり、今もその名を残すのは、「自然研究をする才」、「鉱物を掘る才」、「道具を創り出す才」、「建築物を造る才」、「乗り物を創り出す才」、「植物の品種改良する才」、そして……、「魔法と機械を融合する才」。
だが、この七国も昔から存在していたわけでもない。
どんな大陸にも歴史の転換期がある。
世界が未曽有の危機に陥った時、それを救ったのは、最も知識が深く、多彩で強大な魔法を操る人間たちが集まる国ではなかった。
世間では「聖女」という言葉だけが一人歩きしているが、その彼女を支えたのは友人であるストレリチアの王女セレブと、カルセオラリアの前身であるキルシュバオムの研究者シストサテムだったと言われている。
研究者シストサテムは当時、何の後ろ盾もない状況で、転移門の礎を創り出し、それを聖女が使用したことにより、世界にその功績と名前を知らしめたとされているが、真偽のほどは定かではない。
だが、それ以降、キルシュバオム国内に埋もれていた数々の魔力を燃料とした機械が表舞台に立つようになり、「絡繰国家」と「融合国家」の国が併合された後、「機械国家」と呼び名が変わっていったことは間違いないだろう。
その後、各国よりスカルウォーク大陸の中心国と認められたと言われているが……、当事国であるカルセオラリアにその自覚は今も薄く、独自の技術を追求し続けるだけの熱狂的な研究者たちが集う奇怪な国となってしまったのである。
「つまり……、奇怪国家?」
「文字が違うだろ。『機械』と『奇怪』では……」
わたしは例によって、ガイドブックを読んでいた。
その紹介文を読み終えた後で、思わず言いたくなってしまった言葉に対して、真横にいた水尾先輩が的確に突っ込む。
「まあ、確かに違うのですが……」
わたしの手にはシルヴァーレン大陸言語で書かれた「カルセオラリアについて」という本があった。
まあ……、つまり、スカルウォーク大陸言語の表現とも違うのである。
「でも……、まあ、奇怪な国ではあることは否定しないけれどな。変な研究者たちが多く集まるのは間違っていない」
水尾先輩が何気に酷いことを言う。
「……第二王子殿下が薬品開発マニアという話ですが、第一王子殿下は?」
「第一王子『ウィルクス=イアナ=カルセオラリア』は、第二王子より二つ上で今年22歳だったかな? 普通に機械国家の王子らしく機械好きだと聞いている。妹が『メルリクアン=リーシャス=カルセオラリア』。歳は15歳で……、確か、今年、戻ってくるはずだ」
「ああ、他国滞在期間ですね」
魔界の王族や貴族は長子を除いて、10歳から15歳の間、他国で生活することが決められている。
王女殿下が15歳だと言うのなら、確かにその期間に入っていた。
「第一王子にしても、王女にしてもあまり覚えてないんだよな……。どちらも接点が、少なすぎて……」
「つまり、幼馴染なのは第二王子殿下だけってことですか?」
「確かに私たちが世話になったのは第二王子の『トルクスタン=スラフ=カルセオラリア』だけだな」
ぬ?
何か奇怪な言葉を耳にした気がする。
「……なんか、今、変じゃなかったですか?」
「気のせいだろ」
わたしの問いかけに、水尾先輩はしれっと答える。
「そう言えば、機械国家と言えば……、昔、盲いた占術師に変なことを言われたことがあるってトルク……、が言っていたな」
「変なこと?」
盲いた占術師というのは、ストレリチアでもジギタリスでも耳にした。
確か、ジギタリスの占術師であったリュレイアさまの師だった人だ。
「昔のことだからはっきりと覚えてないけど、『城崩れんとするとき、一陣の風が神の国への門を拓く』……とか言ってた気がする」
「……不吉ですね」
城が崩れるとか、どんな状況!?
「まあ、実際、崩れたのは機械国家じゃなくて魔法国家だったわけだが」
あらゆる方向で突っ込みにくい言葉が、魔法国家の王女殿下より返ってきてしまったために、わたしはそれ以上、会話を続けにくくなった。
そんなわたしを助けるかのように……。
どごおおおおおおんっ!
耳とお腹に響く音が聞こえた。
「な、何事!?」
わたしは思わず周囲を見渡す。
会話の流れもあったためか、また、どこからか敵襲を受けたのかと思ったのだ。
でも、あれだけの音だったのに、不思議と耳は痛くない。
そして、さらに周囲は何も気にしていないのだ。
まるで、今の音が日常の一部であるかのように見える。
今のは一体……?
「そのガイドブックになかったか? 今のは、カルセオラリア城の近くでしか聞くことができない時砲と呼ばれるものだ」
「じ、時報?」
でも、ニュアンスがちょっと違った気がする。
「正午になると、城から空砲が撃ち鳴らされるんだよ。まあ、人間界で言う時報だな」
「な、なんて……、迷惑な……」
時を告げる知らせにしては大きすぎる気がする。
「建物にいれば、聞こえないようになっているが……、まあ、城下に着いたばかりだし、仕方ないな。私も外で聞いたのは初めてだ。いつもは、あの城で聞いていた」
そう言う水尾先輩の視線の先には……、カルセオラリア城の門があった。
そこにストレリチア城やセントポーリア城のような門番の姿は見えない。
ジギタリスと同じように門自体にセキュリティシステムがあるのだと思う。
まあ、ジギタリス自体は、第二王子が日常的に脱走できてしまうほど緩い警備でもあったのだけど。
わたしたちは先ほど、カルセオラリア城下に着いたばかりだった。
軽く手続きを済ませた後、雄也先輩が移動手段としてレンタルしていたレリアートという乗り物の返却手続きをしている間、ガイドブックを読んでいるところに先ほどの爆音である。
本に集中していなくて良かった。
あの大きな音に対して、うっかり自動防御が出てしまったかもしれない。
「そう言えば、九十九とリヒトは?」
「リヒトは雄也先輩と一緒です。九十九は……、そこの宿で宿泊手続きをして来いと雄也先輩から指令を受けていました」
それを水尾先輩も聞いていたはずだけど……、彼女はここに着くなり、あの黒光りしている城をずっと睨みつけていたので、聞こえていなかったかもしれない。
水尾先輩はアリッサムの王女ではあるが、それを証明するものがない以上、簡単に城には入れない。
雄也先輩には何か考えがあるようなので、それに従うつもりではあるが、やはり、一刻も早く城に行きたいのだろうと思う。
カルセオラリアの城は、神殿のようなストレリチア城や、ヨーロッパのお城みたいなセントポーリア城と違って、黒っぽく、町の郊外にある大型ショッピングセンターを思い出すような造りをしていた。
正直、言われなければ城ではなく、百貨店かと思っただろう。
いや、あんな黒鉄の建物が百貨店だったら嫌だけど……。
「宿はとれたぞ。5人で二部屋」
「高田と九十九が一緒か?」
水尾先輩は九十九を揶揄うように言うが……。
「……水尾さんが兄貴と一緒で良ければ、どうぞ遠慮なく。オレはリヒトと高田が一緒でも構いませんので」
九十九は笑顔で返した。
「九十九が意地悪くなった……」
「先に意地悪を言ったのは水尾さんの方ですよね?」
九十九も本気じゃないからこその返事だと思う。
でも……なんだろう?
確かに、九十九が少し変わった気がするのは……。
男の子の成長って早いってことかな?
「男子、男子三日会わざれば刮目して見よ」っていうもんね。
「あ、兄貴とリヒトだ」
わたしの思考はその言葉で中断された。
「宿は?」
「指定通り、二部屋。長期滞在の可能性も含めて話をしてある」
「分かった。まあ……そんなに時間はかからないと思うけどな」
雄也先輩はそう言って、城門の方を見る。
「まずは……、リヒトの言葉を何とかする方を優先するか」
「メシは?」
水尾先輩がお約束なことを口にする。
「リヒト優先で。このままでは、彼が気の毒だ。周囲の声はなんとなく分かっても、我々の日常会話が伝わらないのだからな」
「……そうか。スカルウォーク大陸言語は少し分かるんだっけ。じゃあ、仕方ない。少しの時間だけ我慢するか」
水尾先輩はリヒトを見ながらそう言った。
リヒトはスカルウォーク大陸言語での会話は分かるらしいが、それでも、会話の全てが分かるわけではないようだ。
少し難しい単語になると分からないのは、彼の言語能力処理能力が、幼少期の言葉を基本としているからだろうと、雄也先輩が言っていた。
そんなわけでまずは……、全員で商店に向かうことになったのだった。
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