考察中
女性による男性へのセクハラに近い行為があります。
ご注意ください。
そして、それにも関わらず、甘さはない。
絵を描くことが好きな人間の目の前に、理想的なモデルが現れました。どうしますか?
当然、回りくどく言わずに直球で頼むだろう。
だが、わたしの口から出たのはモデル依頼とは少し違った。
「少し、触っても良い?」
「は?」
九十九が目を丸くして、わたしを見る。
「や、やっぱり駄目?」
勇気を出して頼んでみたが、やはり駄目だったか。
「オレの身体なんて触っても面白くねえぞ?」
「いや、多分、楽しい」
少なくとも、これまで知らなかった感覚は味わえる気がする。
以前、彼の喉仏に触れた時がそうだった。
あの筋から流れるラインは、触れることでどう変化するのだろう?
「後、もう一つ。お前の意図がよく分からんが、言っていることは完全に『変態』だぞ」
「ぐはっ!」
考えまいと避けていた答えを的確に突いてくる。
うん……。
先ほどから、わたしの思考が変態ちっくなのは認めざるをえない。
「はっきり言わなくても、分かってるよ。でも、我慢できないんだから仕方ないでしょ? この溢れる気持ちが抑えられないの」
どこを切り取っても完全に痴女の発言である。
いや、実は、これでも表現を抑えたつもりだ。
九十九に本心をぶちまけたら、流石にドン引かれるだろう。
「……本当に変態だったのか?」
「違う! 本物を知っているかどうかで表現が変わる気がするの!」
「……何の話だ?」
わたしが拳を握って、主張すると、九十九が訝し気な顔をする。
ああ、なるほど。
そこから説明しないといけないのか。
どうも、わたしの感覚は一般的ではないらしい。
「絵の表現。本物に対する情報が多い方が、もっと上手く描ける気がするんだよね~」
果物の味を知っていると、絵に影響が出る。
人物を描く時も知っている人かそうでないかで、雰囲気が変わってくるのだ。
この感覚ってわたしだけなのかな?
「男の人の裸体って……、あまりマジマジと見たことがないのよ」
「変態行為だからな」
「触れたことがないわけじゃないけど、ほとんどが服の上からだし……って、何?その可哀そうな人を見る目は……」
気が付くと、九十九が変な顔をしてわたしを見ていた。
「いや、本当に残念な女だなと思って……」
「うるさい! 分かってる!!」
それだけ、わたしは異性に縁遠いのだ。
魔界人って分かってからは、抱き締められた数は多くなったが、誰かの素肌に触れたことはほとんどない。
つい最近、ライトの身体に張り付いて、傷口を舐めたが、あの時はまだこんな考えもなかったので、しっかり見ていなかった。
いや、あんな状況でそんな心の余裕がなかったというのもあるが……、あの時点では、もう一度絵が描けるようになるなんて考えもしなかったのだ。
「それで? どこに触れたいと言うんだ?この痴女は」
「痴女って言うな」
でも、彼の立場からはそう言いたくなるのは分かる。
そして……、彼が渋々ながら、承知してくれようとしていることも。
「そうだね……」
さて、せっかくの機会だ。どこを触らせてもらおうか?
一番、描く可能性があるのは首。
そして、男女の違いが分かるのは胸だな。
二の腕もわたしとは違うし、割れた腹筋は個人的な興味で触りたい。
わたしの腹筋、そこまでしっかり割れてないし。
脇腹から腰に掛けてのラインも曲線ではないので肋骨との関係を含めてどうなっているか見てみたい。
ああ、でも、一番、心がときめく場所は背中だ。
わたしよりずっと広くて、いかにも「男」って感じの広背筋のラインだった。
わたしは、そんなことを考えながら、勢いのまま、口を開いてしまう。
「首筋から鎖骨のライン、大胸筋と上腕二頭筋は外せない。その割れた腹直筋も触りたいな~。腰のラインも女性と違う。広背筋も大事だよね。肩のラインもよく見たいし……、後は……」
「待て待て待て!」
その勢いを止めるかのように、九十九から制止の声がかかった。
「まさか……、思いっきりオレの全身撫でまわす気か?」
ああ、確かに広範囲かもしれない。
「全身って……。下半身は言ってないよ」
一番、想像がつかない部分だから気にはなる。
でも、それは流石に承知してもらえないだろうし、そこまで言ってしまえば、本格的な変質者だ。
「当たり前だ!」
「大腿筋には興味あるけど……」
顔も見えているから別に触らなくて良い。
「どこをどう聞いても痴女だ!!」
「だから、そ~ゆ~のじゃないんだよ。資料って言えば良い? 経験に基づく感覚はかなり参考になるんだよ」
特に筋と骨の関係。
多少、ディフォルメをするとしても、本物を知っているか知らないかではその表現は絶対、変わってくる。
それに――――。
「九十九が悪いんだよ? わたしにお絵描きの楽しさを思い出させちゃったからね」
わたしがそう言うと、九十九が項垂れた。
その姿を気の毒に思いながらも、この構図で肩の形の変化とかをしっかり観察しようとしている辺り、わたしはどこかずれているのだろう。
***
喉から鎖骨のラインは肉というより……、皮という印象があった。
喉仏が上下していて楽しい。
別の生き物のようだ。
「――っ!?」
大胸筋は……、わたしみたいに柔らかくはない。
触れると少し、震えた気がしたが、叩くと多分、どふっと音がするだろう。
中身がみっちり詰まった感じ。
中央部には胸の谷間というほどではないけれど、少し、盛り上がりがある。
でもかき集めることはできないようだ。
あまり移動はしなかった。
そして、どことは言わないけれど、形も男女で少し違う気がする。
わたしはその部分に関しては、漠然とそこまでの性差はないと思っていたけど……、具体的には可愛らしいと思ってしまった。
……どことは言わないよ?
肩から二の腕にかけては不思議な盛り上がりをしていた。
やはり、肉が詰まっている。
「力を入れるとどうなる?」
わたしが聞くと……。
「こうなる」
と、見せてくれた。
力を入れた筋肉は、先ほどよりもずっと硬い。
肉が詰まっているというよりも……、別の何かに変わってしまったような感じ。
しかも、九十九の腕はその形も一気に変化した。
まるで、格闘ゲームに出てくるキャラクターの腕だ。
でも……、常に力を入れていないと、この状態は見ることができないらしい。
さて、お腹と腰である……が、ここで問題発生。
わたしが割れたお腹や、脇腹をすっと撫でると、九十九が激しく身をよじったのだ。
「えっと?」
「擽ってえ!!」
そう言いながら、顔を真っ赤にして、腰を手で抑えている。
考えてみれば……、一般的にはよく擽りの刑で利用されるところだった。
ワカも、わたしが腰を指でツンとするだけで顔を真っ赤にしながらも激しい反撃をしてきた覚えがある。
「うぬう……」
ここは諦めるしかないか。
わたしがそう思って、別の場所に触れようとした時、彼がわたしの右手をとって、自分の脇腹に当てさせる。
「これなら、少しはマシだ! でも、動かすなよ、絶対だ!」
彼は耐えてくれるらしい。
顔を真っ赤にしながらも、ゆっくりとわたしの手を動かしてくれる彼を見ていると、うっかり指が余計な動きをしそうになるが、わたしはその誘惑になんとか耐えていた。
肋骨は思ったより表面に近い。
あれ?
わたしの肋骨はもう少し表面から離れている気がするのだけど?
そして、骨格に合わせたかのように、腰部分は完全に固い肉が詰まっていた。
でも、他の場所よりは少し、その肉に弾力がある気がする。
「満足か?」
「脇腹と腰に関しては……、でも、腹筋はもう少し触りたい」
そう言うと、彼は肩を落とした。
どんな筋トレをしたら、ここまで割れるのだろう?
普通の腹筋運動だけでは、わたしはお腹に薄っすらと線を入れることぐらいしかできなかったのに。
「うわっ、ココはすっごく固くてゴツゴツしてる」
先ほどまで触れていた胸よりもずっと固かった。
本当は心行くまで撫でまわしたいが、ここも人によっては擽ったく感じる部分だ。
適度にしなければまた逃げられてしまう。
「この筋も撫でて良い?」
「さっきみたいにくすぐったくなければ」
どうやら、本当に嫌だったらしい。
「いや、まさか……、九十九がそんなに敏感だとは思わなくて」
男の人って、鈍いイメージがあったのだけど……、もしかしなくても彼はわたしより敏感かもしれない。
ワカほどではないようだけどね。
「多数の人間は脇腹を撫でられるのはつらいと思うぞ」
ああ、うん。
本当にそれは悪かった。
わたしは……、脇腹より背中の方がずっと嫌だけどね。
「胸板はやはり、広くてかたい……。腹筋は締まっている……」
確認の意味でもう一度、触ってみた。
この感覚をしっかり覚えておかないと……、それに……、イラストだけではなく、漫画を描くのなら、胸元に顔って言うのは基本だろう。
そう思ってしまったせいか……うっかり深く考えずに行動してしまった。
「ぎゃあっ!?」
彼にしては珍しい種類の悲鳴で正気に返る。
「あ、ごめん……。つい、夢中になって」
思わず……、胸元に頬を当てていたのだ。
慌てて離れたが、九十九の心臓の音が、いつもより早くて大きかったのはよく分かった。
やはり、経験することは大事だと思ったが……、流石にこれ以上は難しくなるだろう。
うぬう……。
好奇心に負けてしまった我が身を呪うしかないね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




