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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 初魔法編 ~

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信頼の護衛

「ああ、そうだ」


 わたしの中途半端なお絵描きを見た後で、九十九がふと思い出したように言った。


「これ、さっき出来上がったばかりの新作」


 そう言いながら、彼はわたしが好きな市松模様のアイスボックスクッキーに似たお菓子を差し出した。


 でも、新作って言ったよね?


「いつものと同じに見えるけど……」

「使っている材料が少し違う。これは、ここに来て買った材料が多い」

「……なるほど」


 そう言われると、確かに新作と言って良いだろう。


 いや、この町に着いて、まだそんなに時間が経っていないのに、もう新作が焼きあがっているっておかしくない!?


「それは焼き菓子というより食感は……、干菓子、打ちものに近いな。魔法で少し、時間短縮したから、手抜きにみえるかもしれんが……、一応、食える味にはなっている」

「干菓子!?」


 九十九が言った「打ちもの」という言葉は分からないけど干菓子なら聞き覚えがある。


 確か和菓子の一種だ。

 砂糖菓子を固めたようなもので口に入れるとホロリととけるのだ。


 しかし……、それって焼き菓子より時間がかかる気がする。

 ああ、そこで魔法の登場となるのか。


「この見た目で干菓子とは詐欺だね」

「褒めてねえよな。で、これが……今回のお供のお茶」

「緑茶?」


 九十九がどこからか緑色の液体を取り出す。


 それは人間界の緑茶によく似ている気がした。


「味も抹茶に似ている飲み物だ」

「ほほう……。本格的だね」


 干菓子と抹茶のようなものの組み合わせ。

 茶道の心得はないけれど、なんとなく正座をしたくなるね。


 惜しむべくは……、飲み物は湯飲みのような陶磁器に入ってはいるものの、冷えている点だろうか?


 お茶は熱い方が好みだけど……、九十九がこれを選んだのなら、こちらの方が美味しいのだろう。


「それではいただきます」


 手を合わせて一礼し、市松模様のお菓子を摘まむ。


 見た目より、ずっしりしている。

 中身が詰まっている感じかな。


「うわっ!? とけた」


 そのお菓子は、口に入れた瞬間に、とろりととけて、口の中に甘さが広がっていく。


 口の中で融解現象。

 固体から一瞬で液体に変わったような気がした。


 想像していた食感とは少し違ったけれど、これは干菓子認定しても良いだろう。


 でも、普通に手で割ろうとしても、凄く堅くて割ることができない。

 口にいれたら一瞬でとけてしまうのに。


「でも、なんでアイスボックスクッキーみたいな見た目にしたの?」

「打ちものって言ったけど……、食感が似ているだけで、実際は棒状にして切ってるんだよ。その後、焼かずに乾燥させている。どうせなら、見た目で驚かせた方が面白いだろ?」

「棒状にして切るなら、確かにアイスボックスクッキーと似てくるのは仕方ないのか」


 そう言いながら、わたしは緑茶のような飲み物に手を伸ばした。


 お菓子の印象が強すぎて、こちらを飲むことをすっかり忘れていたのだ。


「まあ、原理は一緒だからな」


 ごくりと口に含むと、確かに抹茶のような苦みが口に広がった。


 何気なく、三枚目に手を伸ばすと……。


「あ、あれ……?」


 何故か突然、目の前の景色がぐらりと揺れた。

 

 ―――― わたしの記憶があるのはそこまでである。


****


 オレの目の前には、机に伏している女の姿がある。


「ここまで警戒心がないのは……、喜ぶべき、なんだろうな」


 そう言いながら、溜息を吐くしかなかった。


 信頼されていると言えば、確かに聞こえは良いのだが、盲目的に信じ込まれるのは本当に困るのだ。


 だから、こうも簡単に一服盛られてしまう。

 いや、普通の護衛はそんな悪さをしないものだけど。


 先ほど彼女が口にしたのは薬だった。


 たった一口で、すぐに撃沈してしまうほど強力でここまで即効性があるとは思わなかったが、時間がかからない点が良い。


 問題は、個人差があるためどれぐらいの時間、効き続けるかが分からないというところだろうか。


 副作用については大丈夫だろう。


 既に何度か自分自身で試している。


 魔界人は薬を飲む習慣がない。


 だから、薬に対する耐性は高くないと言われているが、彼女は人間界で生活している間、薬を飲んだことはあるはずだ。


 一般的な魔界人と同じように全く耐性がないとは思えなかった。


 オレが、2時間(こく)ぐらいで目が覚めていたから……、彼女もそれぐらいだと考えよう。


 だから、少し急ぐか。


 そう思い、先ほどの菓子や、飲み物。

 そして、周囲の物を手早く片付ける。


「それにしても……」


 オレは少し前の彼女との会話を思い出す。


 彼女は「救国の神子」の一人の名前を、「ラシアレス=ハリナ=シルヴァーレン」とはっきり言った。


 オレはその存在についてはよく知らないが、魔界の……、大陸の(いしずえ)となった女たちというのは聞いたことがある。


 そして……、彼女が描いた絵。

 肩までの黒髪、黒い瞳。


 それだけなら一般的な日本人顔と言えるが、どことなく、目の前で倒れている彼女自身にも似ている気がした。


 しかし、これはただの絵だ。

 深く考えてもこの場で答えなど出るわけもない。


「ストレリチアで分かっていたら、大神官に聞けたんだが……」


 彼女は大神官にその名を聞き、姿絵を見たという。


 恐らくは……、神の絵だけではなく、これまで聖堂で認定されてきた聖女の姿絵もあるのかもしれない。


 もしかしたら……、かの有名なセントポーリアの「聖女」も。


「……と、早く移動しねえと……」


 部屋を見回し、他に私物がないかを確認する。


 ここに来てまだ数時間(こく)しか経っていない。


 長居をする予定でもなかったから、彼女もすぐに撤収しやすいように自分の荷物を広げてもいなかっただろう。


 念のため、探知魔法を使うが、特に反応はない。


 この町は確かに魔法に対する結界はあるが、収納や探知などの補助魔法については、そこまで大きな制限はかかっていなかった。


 オレは通信珠を取り出して、連絡をとる。

 通信珠が光ったのを確認して、話しかけた。


「兄貴、準備できたぞ」

『分かった。こちらはもう少しかかるが、準備はでき次第、向かう。先に行っておけ』

「了解。水尾さんは?」

「彼女はもう行った。では、切るぞ」


 それを最後に、通信珠は元の状態に戻る。


 再度、周囲を確認して……オレは彼女に手を伸ばした。

 呑気に寝息を立てている彼女の黒い髪が、さらりと流れ落ちる。


「少し、伸びたな」


 ストレリチアでは、結果として、ほとんどウィッグを被った生活だった。


 「聖女の卵」としての変装用ウィッグと、王女の友人として城にいるための体面上のウィッグ。


 それらを被りやすくするために、何度か髪を切っていたが……、それでも既に肩に付く程度には伸びている。


 それに軽く触れた後、オレは眠っている彼女を抱き上げる。


 身体の力が完全に抜けた状態の彼女を、こうして抱え上げるのも、もう何度目になるか分からない。


 それだけ、彼女が意識を失う確率が高いのは……、恐らく自分の気のせいではないのだろう。


 自分のこの肩や腕にずっしりとした確かな重みを感じるたびに、いつも何故か安心する。


 こてりと無防備な彼女の頭が転がるので、肩や腕で寝苦しくならないようになんとか位置調整をした。


 彼女が少しでも早く護衛である自分や兄貴から離れたがっていることぐらいは知っている。


 もともと、他人の世話になることを嫌う彼女だ。

 それは当然だろう。


 護衛の立場としては、その意思は喜ばしいことだ。


 居心地の良さに甘えて向上心をなくしても不思議ではないほど環境は整えられているのに、彼女は自立を目指す。


 この仕事はかなり恵まれているが、ただの護衛がいつまでも一緒にいることなどできるはずがない。


 それでも、彼女の昔を知る人間として、少しだけ淋しい気持ちがあるのはオレだけか? オレだけだな。


 同じ立場の兄貴は、そんな感情を一切、持っていないだろう。


 そんなモヤモヤが晴れないまま、オレは彼女を抱えてゆっくりと部屋から出るのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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