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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 初魔法編 ~

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魔界と薬

 九十九は「薬師(くすし)」になりたいとわたしに言った。


「薬師?」


 薬師とはなんぞや?


「薬を扱う人間のことだな。人間界なら調剤師とか薬剤師と言われる。でも……、魔界では薬師がほとんど存在しない」

「なんで?」

「人間界と違って……、魔界では一定の効果がある薬を量産し続けることが難しいからだ」

「なるほど……」


 魔界では料理が難しい。

 でも、それと同じように、薬の調合も難しいとされている。


 いや、料理ができない水尾先輩でも、簡単な薬品調合はできるとは言っていた。


 だから、そこまで難しいとは思っていなかったのだけど、彼のこの反応を見る限り、そうじゃないようだ。


「どんな薬を作りたいの? 疲労回復とか?」


 わたしが魔力を封印されていた頃、なかなか疲れをとることができないわたしに対して、九十九は、いろいろな薬を試そうとしてくれたことを知っている。


「いや……、その……、いつか、病気を治すようなものが創れたら……、と思っている」

「それは素敵なことだね」


 わたしは心からそう言った。


 魔界では病気になっても、それを治す薬は売られていない。


 具体的には、咳止めも、熱さましも、整腸剤も、胃腸薬も売っているお店がないのだ。


 怪我をすれば、治癒魔法で治せる。

 疲れたら、疲労回復薬はある。


 でも……、病魔に侵されたら、簡単な処置以外になす(すべ)もなく、運を天に任せるしかなくなるのだ。


 だから、流行り病で村が全滅なんてことも可能性としては少なくないらしい。


 それでも、衛生面や栄養面、休養についての知識がないわけでもないし、もともと、生命力も強いために、根本的な治療をしようということも考えないらしいけれど。


「まあ、お前以上に叶わぬ夢だけどな」

「……なんで?」

「お前の護衛が本業だからだ。片手間でのんびり薬の研究ができるわけがないだろ?」


 ああ、なるほど……。

 わたしに構わなければいけないから、時間が取れないのか。


「護衛辞める?」

「断る。それをしたくないからできないって言ってるんだよ」


 そうか……。

 護衛を辞めたいわけではないのか。


 それを聞いて少しだけ安心する。


「じゃあ、まだ先の話だと思うけれど。いつか……、わたしに護衛が必要なくなったら……、存分に研究するが良いさ」

「お前……、当人の前でよくいらないとか言えるな」


 九十九は露骨に不服そうな顔をする。


 どうやら、わたしの気持ちは上手く伝わらなかったらしい。


 えっと、なんて言えば良いかな?


「いやいや、九十九は必要だよ。すっごい大事。でも……、わたしのことを応援してくれるって言った九十九の夢をわたしも応援したいっていうのはおかしい?」


 わたしができるだけ言葉を選んでそう言った。


「阿呆。オレのことより、自分のことをまずに考えろよ」


 九十九はそう言って、わたしから顔を逸らした。


 怒らせちゃったかな?

 でも、本心だ。


「自分のことを考えた上で言っている。わたしも、いつまでもあなたたちに甘えていられないからね」


 わたしがそう言うと、九十九が大きく溜息を吐きながら言った。


「お前はもう少し、甘えることを覚えろ」


****


 オレは「薬師(くすし)」になりたいと彼女に言った。


「薬師?」

 高田は案の定、きょとんとした顔で問い返す。


「薬を扱う人間だな。人間界なら調剤師とか薬剤師と言われる。でも……、魔界では薬師がほとんど存在しない」

「なんで?」


 人間界は病院は当たり前に存在するし、薬局もある。


 市販薬を安く提供するドラッグストアも存在するし、近年ではドラッグストアのチェーン協会までできたはずだ。


 だが、この世界ではそれができない。


「人間界と違って……、魔界では一定の効果がある薬を量産し続けることが難しいからだ」

「なるほど……」


 魔界の薬事情をある程度理解できるようにはなったためか、彼女も納得したようだ。


「どんな薬を作りたいの? 疲労回復とか?」


 疲労回復は魔界で数少ない薬である。


 だが、市場に出回る物も品質に偏りはあって、自分で作った方が良い。


 それに、誰でも作れるものだ。

 今更そんなものを作っても、仕事としては成り立たないだろう。


「いや……、その……、いつか、病気を治すようなものが創れたら……、と思っている」


 オレは兄貴にも言ったことのない話を……、今、高田にしている。

 誰にも言ったことがない夢。


 それを今、なんで彼女に言いたくなったかは分からない。


 先ほど彼女の隠された夢を聞いたからだろうか?


「それは素敵なことだね」


 高田は何故か嬉しそうに笑った。


「まあ、お前以上に叶わぬ夢だけどな」

「……なんで?」


 彼女は純粋な疑問をオレにぶつける。


「お前の護衛が本業だからだ」


 だから、オレは迷いもなく答える。


「片手間でのんびり薬の研究ができるわけがないだろ?」


 そんなに甘い世界ではない。

 簡単に出来るなら、もっと魔界の薬業界はもっと発展していると思う。


「護衛辞める?」


 しかし、それに対して高田はとんでもない提案をしてきた。


 それだけを聞くとただのクビ宣告だ。

 恐らく、何も考えていないだろうと思うけれど、余りにも心臓に悪すぎる。


「断る」


 オレは動揺を隠して、なんとか言葉を続ける。


「それをしたくないからできないって言ってるんだよ」


 彼女の護衛を辞めたいと心から思ったことは一度もないのだ。

 この場所を守るためなら、自分の夢など一生叶わなくても良い。


「じゃあ、まだ先の話だと思うけれど。いつか……、わたしに護衛が必要なくなったら……、存分に研究するが良いさ」


 オレは心底呆れてしまう。

 無神経にも程があるだろう。


「お前……、当人の前でよくいらないとか言えるな」


 オレがそう言うと……、高田はその瞳を大きくした。


 どうやら……、そんな意図はなかったらしい。


「いやいや、九十九は必要だよ。すっごい大事」


 彼女は慌てて、否定のために右手を振る。


「でも……、わたしのことを応援してくれるって言った九十九の夢をわたしも応援したいっていうのはおかしい?」


 その言葉に思わず「おかしい」と返すところだった。

 考えることが違うだろ?


「阿呆。オレのことより、自分のことをまずに考えろよ」


 高田がオレのことを考えた上で言ってくれているのは分かる。


 でも……、その発言はない。

 オレが複雑な心境になるのは仕方がないだろう。


「自分のことを考えた上で言っている。わたしも、いつまでもあなたたちに甘えていられないからね」


 こいつは全く分かってない。

 オレは大袈裟に溜息を吐く。


「お前はもう少し、甘えることを覚えろ」


 基本的に彼女はオレたちに甘えようとはしない。

 なんでもできる限り、自分でしようとする。


「十分、甘えていると思うけどな~。衣食住なんてお世話になりっぱなしだよ?」

「その対価として、十分すぎるほどの報酬を受けている以上、それはお前にとって当然の権利だ。自分が支払っていないからピンときていないかもしれないけどな」


 オレ自身は直接、受け取っていないが、兄貴が言うには報酬としてはかなり高額らしい。


 オレは生きていくだけの金は受け取っているので問題もないが……。


「それって国庫から?」

「お前たち母娘(親子)に関することは全て国王陛下の私費だ。お前たちの存在を外に出せない以上、行先不明の金を財務官にどう説明するんだよ。使途不明金は厄介ごとに繋がるだろう?」


 国庫の財政……、収支報告は、しっかり出納簿に明細を含めて記録されている。

 適正に管理されなければ、国の維持などできるはずがない。


 セントポーリア国王陛下は、他国に比べて事務仕事に強いのだ。

 そして、気の毒なことに、そのために仕事が増えてしまう原因でもあるらしいが。


 王妃、王子が多少、散財しても揺らがない程度に土台を固めることができていることがその証しだと思う。


 外交などの表舞台より裏方に強い国王というのも珍しいが……、そこは適性の問題だろう。


 それがなくても、あの真面目な国王が、個人的なことに国の金を使うはずがない。

 公私をしっかり分けられる方だ。


 だが、自分のことをおいても、彼女たちにお金を使うことに一切の迷いがない辺り、兄貴によく似ているとも思う。


「……魔界って時々、妙に現実的だよね」

「現実だからな」


 何、妙なことを言ってるんだ、この女は。


「まあ、そんな理由だから……、もう少し、お前はオレたち兄弟を使え」

「かなり使っていると思うけどなあ……」

「迷子捜索ぐらいしか余計な仕事してねえぞ」

「……それは、ごめん」


 彼女は素直に頭を下げる。


 この辺りは感覚の違いだということも分かっているのだ。


 彼女が思っている我が儘などは、王族という立場からすれば、本当に可愛らしいものばかりでしかない。


 理不尽な要望は一切しないのだ。


 だから、オレも兄貴も自由に動く余裕もある。

 これだけいろいろ恵まれた従者生活など他にはないだろう。


 だから、オレは思った。


 まずは、彼女のために上質な紙と、絵を描きやすい筆記具を手に入れよう、と。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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