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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 初魔法編 ~

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少年の苛立ち

 まあ、なんと言うか……。

 正直言ってオレはイライラしていた。


 数日前、あの紅い男たちと出会ってから、どうも何かがおかしくなった気がするのだ。


 いつの間にか、高田も使えなかったはずの魔法を使えるようになっているし、何故だかオレは練習台にされてる。


 くそっ!

 一度くらい反撃……は無謀だということはちゃんと分かっている。


 少なくとも今のコイツは、前にも増して、魔力の制御ができていない。


 そんな安全装置の外れた銃火器に対して半端なちょっかいを出すことは、即、死を意味する。


 確かに形は魔法に近くなっているが、それでもまだ魔力の塊をぶっ放しているという方が近いのだ。


 少し前だって、治癒魔法で実験台をしたところ、オレばかりではなく、指導者である水尾さんや観戦中の兄貴、その傍らにいた「リヒト」まで吹っ飛ばされ、目を白黒させていた。


 因みに「リヒト」というのは、あの黒い長耳族のことである。


 名前がないと不便だろうということで、「リヒト=ブラオン=シーフ」という「仮名(かめい)」をつけていた。


 長耳族に命名の儀があるかは分からないので、暫くは仮名のままだろう。


 彼は、あの場所で「シュヴァルツ=ウン=ファル」と呼ばれていたらしい。

 兄貴曰く、スカルウォーク語で「黒い災難」。


 言葉が通じないなりにそう呼ばれていることを感じ取っていたそうだ。


 そして、仮名について……、「リヒト」は元々、亡くなった母親が自分のことをそう呼んでいたらしい。


 日常的に魔名を呼ぶ親はいない。

 だから、残念ながら、セカンド、サードネームについては、分からないとも言っていた。


 それに……、彼は長耳族だから、魔界人とは名付けも違うかもしれない。


 だが、「リヒト(それ)」という言葉を聞いたときの兄貴は、少しだけ微笑んだように見えたから、悪い意味ではないと思う。


 そして、「ブラオン」は、スカルウォーク語で「褐色」。

 まあ、肌の色のことだ。


 「黒」を意味する「シュヴァルツ」については、高田が酷く嫌がったからだ。

 水尾さんは、ソッチの方がかっこいいのにと零していたが……。


 オレからすると、「黒」も「褐色」も大差がない気がするんだが、高田の中では譲れないラインだったらしい。


 そして、サードネーム部分の「シーフ」。

 これだけは、高田が付けた。


 あの集落から離れても、それでも、その一員だったことをどこかに残させたかったのだろうか?


 オレなら、自分を虐待していた種族の名を付けられるなんて冗談じゃねえと思うところだが、当事者である「リヒト」は思いのほか喜んでいたようだから、これはこれで問題ではないのだろう。


 まあ、そんな環境の変化もあってオレはストレスを溜め込んでいた。

 誰だって、的にされて心中穏やかでいられるはずもない。


 それも毎回威力が違うヤツだ。

 油断をすると今でも昏倒してしまうこともある。


「だーかーらー! 何度言ったら分かるんだよ!!」


 水尾さんの怒鳴り声が飛んだ。


「ううっ……」


 高田が自分の手を見つめている。


「魔力の聚合(しゅうごう)を感じたら、そこで収束させる! 放出を抑える! 心を落ち着ける! 発動を我慢する! 無駄に出さない! 簡単なことだろ?」


 ひどい教え方だ。

 要は、感覚を掴めと言っている。


 魔法を使うことに慣れたものならともかく、初心者にそれが分かるはずがない。


 下手に口を出すと、こちらにも怒りが飛び火しそうなので言わないが……。


「……難しいです」


 案の定、高田はそう返す。


「甘えは厳禁!! 私は先輩や九十九みたいに甘くはないからな!」

「知っていますよ……。鬼の生徒会長にして体育会系な二塁手(セカンド)。その恐ろしさは、中学時代に存分に味わいましたから」


 もしかしなくても……、人間界でもこのノリで指導していたんですか、水尾さん。


「分かれば、よろしい。では、続けて。あの的……、もとい、九十九を狙って」

「だから、なんで、オレが的なんスか――――?」

「なんでって……一番、やられ役に相応しいから?」

「怒りますよ!!」


 協力しているのに、この扱い。

 酷い話もあったものだ。


「冗談。風属性の耐性があるからって説明しただろ? 高田の魔法は今のところ、ほとんど風属性になってしまうみたいだから」

「兄貴だって……、風属性の耐性があるのに……」


 オレは定位置へと戻りながら、そんなことを呟いた。


 オレにさせなくても、兄貴の方がもっと巧く捌けるはずだ。


 実は、水尾さんがさっきぽろりと言った台詞「やられ役に相応しい」というのは、本心かもしれない。


「10メートル近く吹っ飛ばされたりすることはなくなったから、良いだろ?」

「タイミングと威力の見当がつけば、誰だってできますよ」


 まあ、何度も喰らっているわけだし。

 そう何度も同じ失敗はないはずだ。


 高田が使う魔法も、今は、「風魔法(Wind)」限定にしてある。


 風属性の基本魔法。

 得意属性の魔法を扱えずに、他の属性魔法を扱うのは難しいという判断だ。


 確かに、シオリは、「風魔法(Wind)」も使えたから、コツさえ掴めば、いずれは使えるようになるだろう。


 ……いや、何か今、嫌な記憶が蘇りかけたような……?

 こう宙に浮く自分の姿を……。


「先輩! たまには、代わってくれ! 先輩の方が私より教え方は慣れてるだろ!」


 オレの思考をぶった切るように水尾さんが叫んだ。


 教えるだけでも疲労は溜まるらしい。


「いやいや。魔法国家の王女以上に、魔法が長けた者など、この場にはいない。魔法に関しては、貴女に一任した方が望ましいと思っているが?」


 いつもなら女性に優しいはずの兄貴は、笑顔でそれを断った。


 気のせいかもしれないが、どうも、兄貴は水尾さんをあまり普通の女と同じ扱いはしていない気がする。


 高田には甘いのに、水尾さんに対しては……、普通というか……?

 厳しくはないけど、甘くもないようなそんな珍しいポジションに彼女はいる。


 本人が、女扱いを酷く嫌がっているせいもあるだろうけど、それでも、兄貴が女に対してそんな扱いをするのは初めてだと思う。


 尤も、これには恋愛感情などない。

 断言できる。


 兄貴が想っているのは、今も昔も変わらずたった一人だろう。


 どんなに恋焦がれても決して手に入らない存在。

 ある意味、高田以上に手を出すことができない絶対的な聖域。


「九十九――――っ! もう一回、行くよ~~~~~~~!」

「あいよ~~~~~。殺さん程度に頼むわ、マジで」


 この程度の威力と魔法の種類で死ぬことはないが。


「保障はできないよ」

「しろよ」

「では、いっきま~す!」


 そんな遣り取りをしてから、高田は、また魔法を放つ。


 彼女の髪や、身に着けている黒いマントがふわりと浮いた。


 目の前に巻き起こる風。


 魔法発動時の具現化能力、創造力を高めるための呪文詠唱も唱えず、さらに正確性、集中力……、想像力を深めるための契約詠唱も唱えずに、これだけの風を形にするのは、正直、凄いと思う。


 ただ……、異常すぎる。


 何だ?

 この()()……。


 風魔法……って轟音が鳴り響くことが基本系だったか?


「ありゃ?」

「『ありゃ? 』じゃねえ!! お前、全然、学習してないだろ~~~~~!!」


 風に巻き込まれながら、オレは叫んだ。


 厄介なことに、こいつの風は旋風系が多い。

 つまりは、竜巻型の風。


 突風型のオレを見習って欲しい。

 あれなら一瞬で吹っ飛ばすだけで済む。


 さらに、呪文詠唱や契約詠唱をしていた時は、もっと激しかったのだから本当に救いようがない。


 魔法……、魔力に対して、想像力と創造力が釣り合っていない証拠だ。

 いや、だからと言って、ここまで強大な魔法になることは普通ではないのだが。


 さらには、彼女自身に焦りや苛立ちも見えている。

 こんな状態で、集中できるはずもない。


 風の渦の中心で、オレは考える。


 焦っている人間に対して、焦るなってのは無理な話。

 集中できない人間に対して、集中しろってのも却って逆効果だ。


 それは自分の経験からよく分かっている。


「また今日も、魔法力切れまでか?」


 魔法行使は有限ではない。

 魔法力が尽きれば、それまでだ。


 尤も、体力と同じで回復はするが、体力と同じく一瞬で全快するわけはない。


 魔法力を回復させる魔法も存在するが、オレが知る限りそれは体力を魔法力に還元するものがほとんどだ。


 魔法具……、魔具や魔機でもあれば、それの補助で回復は可能なものもあるらしいけど、その辺に関して、オレは専門外なので詳しいことはあまり分からない。


「おっ?」


 周りの風が治まった。

 どうやら、魔法の効果が切れたらしい。


「どうだ? 手応えは?」

「さっぱりだよ~。何が悪くてどうしてああなるのかも分からないままだし……」


 高田は、あの白い長耳族の集落から抜けて突然、魔法が使えるようになった。


 本人は、「なんとなく使えるようになった気がしたから」とか抜かしていやがったんだが、どうもオレにはあの紅い髪の男が絡んでる気がしてならない。


 あいつが去ってから突然、魔法が使えるようになるなんて、そんな偶然があるとは思えないのだ。


 そう考えるとなんだかますますオレはイライラするのだった。

そろそろ、彼のことを「少年」と表記することが難しくなってきた気がします。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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