【第31章― シーソーゲーム ―】イライラの原因
この話から第31章となります。
「だーかーらー!何度言ったら分かるんだよ!!」
「ううっ……」
もう、このやり取りも何度目か分からない。
「魔力の聚合を感じたら、そこで収束させる! 放出を抑える! 心を落ち着ける! 発動を我慢する! 無駄に出さない! 簡単なことだろ?」
「……難しいです」
「甘えは厳禁!! 私は先輩や九十九みたいに甘くはないからな!」
「知っていますよ……。鬼の生徒会長にして体育会系な二塁手。その恐ろしさは、中学時代に存分に味わいましたから」
「分かれば、よろしい。では、続けて。あの的……、もとい、九十九を狙って」
「だから、なんで、オレが的なんスか――――!?」
九十九が叫んだ。
正直に言おう。
私はイライラしている。
魔法を使いこなせない後輩に対して……ではない。
そんなのこの後輩ならいずれなんとか制御できるだろう。
根が体育会系の上、努力型だから。
「なんでって……。一番、やられ役に相応しいから?」
「怒りますよ!!」
「冗談。風属性の耐性があるからって説明しただろ? 高田の魔法は今のところ、ほとんど風属性になってしまうみたいだから」
「兄貴だって……、風属性の耐性があるのに……」
九十九は定位置へと戻りながら、そんなことを言う。
彼は、気付いていない。
この役は、九十九以外にはできないことを……。
「10メートル近く吹っ飛ばされたりすることはなくなったから、良いだろ?」
「タイミングと威力の見当がつけば、誰だってできますよ」
確かに、九十九ぐらいの魔法耐性があれば、誰にだってできないことではないのだ。
但し、それは、九十九ほどの耐性があれば……、ということである。
嵐が来る時期が分かっていても、それを簡単に防ぐことなどできないのと似たようなものだ。
それに匹敵するほどの備えがあっても、ある程度の被害を軽減させることしかできない。
風属性の魔力そのものは、先輩も九十九もそこまで差はないように見えるが、風属性の魔法耐性は、九十九の方がやや上だ。
これは、九十九の方が風属性魔法を喰らってきた回数が高い可能性があるってことだろう。
恐らくは、高田が覚えていない幼き日の彼女の手によって……。
以前、過去を見せられた映像がそれを示していた。
まあ、もう一つの可能性として、先輩からのおしおき説も否定はできないのとも思っている。
どちらにしても、問題ではない。
九十九という明確な的を置いてからは、高田の魔法命中率と集中率は格段に上がっている。
目標があって、文字通り的を絞りやすくなったためだろう。
それと同時に、九十九の耐性はさらに上がっている。
当人はコツを掴んだだけ程度にしか考えていないようだが、それだけではないのだ。
焦りがあるわけではない。
確かに姉貴たちの安否は気になる。
そして、一刻も早く会いたいのはホントのことだ。
……にも関わらず、私の心に急かされている様子がなくなったのは、姉貴たちは無事にカルセオラリアにいるだろうという妙な安心感からだ。
カルセオラリアの王子たちが保護してくれたなら、命に関わるほどのことはほとんどない。
身の安全は保証しかねるが。
二年も離れていたのだ。
それがあと数週間ぐらい延長されても大差はない。
カルセオラリア……。
雄大にして勇猛なる叡智の結晶。
魔法が主流のこの世界で、他とは異質な文化を築き上げた機械仕掛けの国。
だが、人間界と違って魔法を排除するようなことはしない。
人間界では魔法は異能……、非人間的能力として扱われていたようだが、魔界では魔法を行使することが、普通だということもあるだろう。
そのためか、カルセオラリアにある機械のほとんどは、魔法を原動力としているもの……、魔機、魔法具だ。
魔法と科学の融合……魔法科学といったところか。
だからこそ、自然に魔法の力が弱い者たちが集まっていく。
信仰心がなければ、使えない法力と違って、魔法科学は、知識さえあれば誰でも作り出せるし、使いこなせる。
魔法を使わない人間界の、科学と同じなのだから。
かつて、魔力、魔法力などの魔法の才が他国に比べ劣っていると感じた昔のカルセオラリアは、魔法力を高めるより、魔法の不自由な者でも受け入れられる国を創ろうとしたという。
その名残か……、今でもカルセオラリアの王族は、スカルウォーク大陸の中心国でありながら、魔法国家アリッサムがあったフレイミアム大陸の他国と比べても、やや劣っていた覚えがある。
尤も、それも何年も昔の記憶で、今もそうだとは言えないのだが……。
だからこそ、高田にはある程度、魔法を制御できて欲しいのだ。
純粋に魔法科学という他では学べない学問に興味があるものたちだけではなく、魔法の才がないことで自身を卑下し、自己への失望の挙句、あの国へと向かう者たちもいた。
魔法を諦めて、それ以外の才能を伸ばそうとしているからと言って、魔法を使える者に対しての羨望と、嫉妬がないわけではない。
こんな大量に魔力を無駄にした魔法を扱う者に対しての風当たりが皆無だとは思えないのだ。
だから焦らずに、今はこのことに集中したいと思っている。
期間は、どうしても限られてしまうのだが……、何もしないよりはマシだろう。
焦ってないなら、イライラする理由はないんじゃない? かと思われそうだが、私のイライラの原因は高田にはない。
勿論、先ほどからぶーたれている九十九でもない。
私のイライラの最大の要因は……。
「先輩! たまには、代わってくれ! 先輩の方が私より教え方は慣れてるだろ!」
さっきから、黒いのと暢気にこの状況を観察中のあの男にあった。
「いやいや。魔法国家の王女以上に、魔法が長けた者など、この場にはいない。魔法に関しては、貴女に一任した方が望ましいと思っているが?」
笑顔で、そう答える。
もしかして、この人は案外、面倒くさがりな気が最近しているんだが、気のせいか?
人間界名、笹ヶ谷雄也。
魔名は「ユーヤ=ルーファス=テネグロ」……と聞いているが、これは偽名の可能性もあると思っている。
彼が、素直に全てを話してくれるとは思っていない。
二年ほど見てきたが、今も謎多きこの人に対しては昔ほどの嫌悪感がなくなったのは認めてやる。
だが、苦手意識自体はしっかり存在しているままなのは、人間界にいる時から変わらない。
そんな生き方もあるってことが、理解できるほどの年齢にはなったが、その在り方に賛同はできる年齢は永久に来ないと思っている。
とにかく、いろんな女の魔気が絡みついているのだ。
セントポーリア、ジギタリス、ストレリチア等、どこに行っても多種多様な女性の気配。
今は、人気のあるとこから離れているからそこまではないようだが……。
浮気性……、天性の病気。
先天性不特定多数不純異性交遊癖。
その部分が相容れない。
単純にそれだけ。
だが、至極明快な理由でもある。
私はどうも、昔っから、こういった遊び人風な男は好きになれないらしい。
自身の魔気も穢れてしまうし。
高田や、九十九の魔気は交じり気もなく、純粋なものだ。
異性経験が伴っていないこともあるだろうが、内面から自然に滲み出ている魔気は、元々本人が持っている性質にも左右される。
高田の場合は、少し前の長耳族の森での遣り取りから、後天的なモノだと分かったが、九十九の場合は、ずっとあのままらしい。
同じ兄弟でもここまで違うと言うのも少し珍しいと思う。
親が違うんじゃないかと疑ったこともあるが、二人の純粋な魔気そのものはひどく似通っている。
これは、間違いなく兄弟だ。
あまり、認めたくはないが……。
とりあえず、ここが特殊な結界内なのを幸運とばかりに、高田の魔法を制御の練習をさせているわけだ。
本当ならこんな胸くそが悪くなるようなところ、一刻も早くおさらばしたいところだが、状況が変わってしまった。
突然、高田が魔法を使えることになったことにより、予定変更せざるをえなくなったが、却ってよかったかのかもしれない。
私はそう思い込み、再び、彼女たちに向き合うのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




