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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 迷いの森編 ~

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夢の中ぐらい

本日、三回目の投稿です。

「ついでだから聞いておきたいのだけど……」


 とりとめのない会話を続けた後、彼女は思い出したかのようにそう言った。


「なんだ?」


 どうせ、これは彼女の夢だ。


 だから……、外部からの闖入者である俺はともかく、彼女自身は()()()()()()()()()()()()()()()()


 夢とはそういうものだから。


「少し前にストレリチアに落雷があったことは知っているよね?」

「落雷? ああ、お前の聖女認定に繋がる事件か……」


 勿論、知っている。


「そうなると、聞きたいのは『アルト』のことか?」

「……そう。やっぱり……、あの子が言っていたのは、あなたのことだったのか」

「察しのとおり、提供者は俺。人形製作者は違うけどな」


 あの国には、大神官への恨みを募らせ、増大させている魂が、長い時間、漂っていた。


 本来ならば、葬送すれば終わった話。

 だが、不幸にもその存在すら認知されることがなかったのだ。


 その魂にとって最も不運だったのは、その質が大神官に酷似していたこと。


 どれだけ神官が揃っていても、大神官に張り付いているモノまで視えなかったのだろう。


 大神官自身は流石に気付いていたようだが、誰にも迷惑が掛からないようだからと放置していたらしい。


 基本的に、あの大神官は、自分のことに無頓着……というか蔑ろにしている。

 他人優先というわけではなく、単純に自分自身に興味がないのだろう。


 いや、個を無くすという意味では公人たる大神官として相応しいと思う。


 しかし、同時に神嫌いという時点で、なんで神官という職業を選択したのだと普通なら思わなくもない。


 だが、そこは各々の事情だから突っ込んでも仕方がないことではある。


「……で、それがどうした?」


 どうせ、「なんであんなことをしたのか? 」と、糾弾でもする気だろう?

 この女はあの大神官に懐いているからな。


「大神官が『ありがとう』って」

「は?」


 彼女から伝えられた予想外の言葉に思わず俺は固まった。


「確かに伝えたからね」

「……なんで、そんな結論になったんだ?」


 そこに至るまでの経緯がさっぱり分からない。


「あの魂って、神さまに近かったらしいんだよ。えっと生まれる前の無垢な魂は本来、聖霊界にいる存在で、現世に現れるわけはないらしいのだけど、双子だったためか、大神官にひっついてきちゃって、祓うこともできなかったそうなの」

「祓えないことはないだろ?」


 あの存在は、魂というより、思念体に近かった。


 そんなヤツに憑依されたぐらいで、打つ手がなくなるような人間が、神官なんかやっていたら問題だろう。


「大神官自身と同化に近い状態で、魂の回路を下手に切断すると予測不可能な事態が起きる可能性があったとか? 説明はされたけどよく分からなくて……」

「……そうか」


 神官でもない人間に魂や思念体の在り方を説明しても通じないだろう。


 でも、何となくは分かった。


 思念体の妄執だけで残留していたと思えば、魂を大神官に繋いでいる状態だったということか。


 それなら、確かに膨大な法力をその身に宿していたことも納得できる。


 そして、大神官がいつ頃その存在に気付いたかは分からないが、断ち切って自分に害がないとは限らない。


 その繋がっている状態が、電気回路でいうところの直列回路か、並列回路かも分かっていない状態で「電池(アルト)」を「外す(祓う)」ことなどできなかったというわけだ。


 だが、あの名もなき思念体は自分で動くために肉体を欲していた。


 そこへ囁かれた甘言に自らの意思で、並列回路を断ち切って、魔力が大量に込められただけの人形に憑依する。


 そして、「大神官という存在(もう一つの電池)」から離れ、その残量を考えずに消費するだけの存在となってくれた。


 生きた人間と、ただの妄執では新たなエネルギーを生み出す力も違ったのだが、繋がっていたために同列だと思い込んでいた。


 だから……自壊することになった。

 こんなところだろう。


「だが、礼を言われるようなことではない。単に……、目障りだったから引き剥がしたかっただけだ」

「つまり、大神官のためだったってこと?」

「大神官のために動くかよ。アレがいると、お前がよく視えなくて……邪魔だった」


 俺がそう言うと、彼女は一瞬、いつも以上に大きな目をした。


「……そうか。あなたは『ストーカー(ヘンタイ)』だったね」


 両腕を組んでしみじみというようなことではないと思う。


 思念体の意識が大神官にのみ、向いている時は、何も問題がなかったのだ。


 だが……、その近くに「(かみ)()ろし」ができるような人間がいた。


 しかも……、大神官に対して無防備な人間。


 復讐心から行動するための肉体を欲していた思念体が、己の「依り代」として狙うのは時間の問題だっただろう。


 重ねて言うが、大神官のためじゃない。

 俺の都合だ。


「でも、伝えたから」


 彼女はそう言って笑った。


 本当に無防備で、腹が立つ(心が揺らされる)ような表情で。


「ところで、シオリ」

「何?」

「改めて問う。今からでもこの手をとる気はないか?」


 そう言いながら、俺は右手を差し出す。


 彼女の答えは分かっているが……、それでも問いかけずにはいられなかった。


 目が覚めたら消えてしまう時間。

 そして……、全てが終わってしまう時間。


「ないよ」

「即答だな。もう少し考えてくれよ」

「ん~。その手を掴む理由がない」


 さらに重ねて叩き込んでくる。


 虫も殺さぬような無邪気な顔をしていても、いつだって彼女は、相容れない相手に対して容赦はしない。


「そうか」

「それに……、この場で手をとっても、もう()()()()()でしょ」

「気付いていたのか」

「うん。魔法封じが解けた今。のんびりこの場にいるとは思っていない」


 その通りだ。

 俺の身体は既に、戻った。


 ここにいるのは意識だけだ。


「そうだな。馴れ合いの時間は終わりだ。お前が目覚めたら……、また元の関係に戻っている」


 そして――――。


「次に会う時は、今回のように甘くはない。お前が俺を殺したくなるまで、俺はお前に付き纏ってやろう」


 次に会えるのがいつになるかは分からないが、その時は、既に俺ではなくなっている可能性もあるのだ。


「……じゃあ、一生、付き纏うってこと?」


 だが、彼女は明後日の方向に思考を逸らす。


「…………なんでそんな結論に達した?」


 そして、それだけ聞くと求婚に聞こえなくもない。

 その思考回路が理解できず、素で返した。


「わたしがあなたを殺したくなるとは思えないから」

「いずれは殺したくなる。このシンショクが止まらぬ限り……な」

「……シンショクを止める方法を探す方が、建設的だと思うけど」


 簡単に言ってくれるなよ。

 人間が次元が違う神に勝利しろと言っているようなものだ。


 だが、前向きなことは悪くない。

 呑気で考えは足りないが、彼女のこの部分は嫌いじゃないのだ。


 少し風景がぶれた。

 そろそろ、別れが近い。


「最後にシオリ……」


 そう言って、彼女に手を伸ばす。


「ハグさせろ」

「ほ?」


 そう言って、彼女の返事も待たず、強引に抱き寄せた。


「許可を取るんじゃないのね」

「俺がしたいことになんでお前の許可がいる?」


 身体が小柄なところは、以前と変わらない。

 だが、身体つきそのものは十分、女性になった。

 頭や背、腰などの感触を確かめる。


 もう二度と得られないことが分かっているから。


「なんで、そんなにさわさわするの?」


 それでも、彼女は抵抗するわけでもなく、俺の胸元でそう言った。


「夢の中だ。大目に見ろ」


 彼女にとっては夢の中。

 でも、俺にとっては現実で。


「夢の中でまで、セクハラされた時ってどう対処すれば良いのだろうね」


 彼女はそう言って溜息を吐いた。


「嫌なら跳ねのけろ。それぐらいはできるだろ?」

「それは、ここまでがっしりと締め技をかけている人間が言ったらいけないと思うのです」


 確かに俺は逃げられないように両腕で彼女を捕えていた。


 だが、少しでも、抵抗すれば緩める気でもいたのだ。

 彼女の言葉は理由になっていない。


「だが……、名残惜しいが、そろそろお別れだな」


 そう言って、口角に限りなく近い頬に、唇を軽く押し付けた。


 いや、本当は口を狙ったが、少しだけかわされてしまったのだ。


「……そこまでは許してない」


 そう言って、彼女は少しだけ笑った。


「夢の中ぐらい許せよ」


 そうはっきりと言われてしまったら、俺も笑うしかなかったのだった。


*****


 わたしが目を覚ました時は既に、ライトも……、その妹のミラも、姿を消していた。


 その代わりに、わたしには、毛布とその上に、黒いどこかで見たことがある外套が布団のように掛けられていた。


 多分、魔法封じの封印が解けたから戻ったのだろうと、雄也先輩が言った。


 わたしもそう思う。

 魔法封じが解ければ、彼らがわたしたちと行動を一緒にする理由などないのだから。


 わたしは、彼らと話したことは忘れちゃいけない気がする。

 特に、彼との二人だけの会話を。


 右頬に手をやる。

 そこは、あの時のような異常な発熱はもうなく、いつも通りの頬だった。


 そのかわり左の口元に少しだけ妙な違和感がある。


 でも……、それは気のせいだろう。


「高田……、もう大丈夫か?」


 水尾先輩が声をかける。


 魔法を使ってから寝てばかりだから、心配をかけたのだろう。


 ああ、そうだ。

 わたしは、彼女にこれだけは言っておかないと。


「水尾先輩、わたし……」


 そこで、唾を飲み込む。


 これでナニかが動き出すのが分かっている。

 だけど……、ここから、逃げるわけにはいかないのだ。


 このまま何の努力もせずに、誰かの思い通りになってたまるか!


「今なら魔法が、使える気がします」


 後戻りはできないし、する気もなかった。


 わたしは「聖女」じゃない。

 だから、「聖女(彼女)」と違う道を行けるはずなのだ。


 ―――― こうして、少女は自ら扉を開いたのだった。

明日はまたいつもの定時投稿に戻ります。


そして、この話で、第30章は終わりです。

次話から第31章「シーソーゲーム」となります。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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