この世界に勇者はいない
……作品タイトル全否定のサブタイトル。
今更ですが……。
「あなたのお父さんが自室でこっそり魔神を解放したっていうのは分かったけど……、それが何故、ライトが飲み込む事態になっているの?」
「飲み込むって……」
「口から入ったのだから飲み込むって表現で問題ないと思うけど」
あるいは……、咥え込む?
それはなんか違うなあ……。
噛み砕く?
いや、食らいつくす?
やっぱり飲み込むかな?
「そこに至る経緯は分からん。アッチが勝手に俺の所に来たからな。抵抗する間もなかった」
「受け入れたくて受け入れたってわけじゃないのね」
「どれだけ自分を嫌いになれば、世界を敵に回す人間になりたいって思うんだよ」
どうやら父親と違って、息子はまともな(?)感覚の持ち主らしい。
「二年前って言っていたけど……、それはわたしと人間界で会った時からってこと?」
「いや。あの頃はまさか王が封印の壺を探しているとは思ってもいなかった」
うん。
人間界で会った時のあれが本来の彼なら、やはりまともとは言えなかった。
……と言うか、あの時と、魔神とやらに取りつかれた後も、そこまで大差はない気がする。
「じゃあ……港町で会った時には?」
わたしがそう尋ねると……、彼は押し黙る。
「なるほどね。あの時には既に……取り憑かれた後だったのか……」
だからこそ、あの時、彼は「俺を殺せ」と、どこか諦めたような言葉が出たのだと分かる。
人間が神に抗ったところで、時間稼ぎ程度のことはできても、敵うはずはない。
そんなこと、魔界人なら誰だって知っていることだ。
だが……、わたしは半分、魔界人ではない。
割と、身勝手なこの世界の神様の事情など知ったことではないのだ。
「悪霊みたいな表現だな。仮にも『神』とつくのに」
「似たようなものでしょう?」
神だろうが、悪霊だろうが、やっていることに差がない以上、わたしにとっては同列の扱いである。
迷惑なことに変わりはない。
「お前の方は?」
「ん?」
「左手首。人間が作る御守り程度でシンショクを止められるとは思えないのだが?」
「うん。時間稼ぎにしかならないって聞いている」
後付けの彼と違って、わたしの場合は魂に張り付いた存在だ。
ある意味、彼以上に救いはないのだろう。
「でも、直接、身体に取り憑かれたあなたと違って、わたしの方は、聖神界からの干渉らしいから……、一時的に姿を隠すことはできるらしいよ」
それでも時間稼ぎだ。
恭哉兄ちゃんが施してくれた神の目を誤魔化すためのものも……、その神が別の人間の身体を使って降臨や受肉をしてしまうとどうにもならないらしい。
そして、厄介なことに、わたしに執着している神様は、それを可能としてしまう系統の神様だと聞いている。
「まあ、17歳まで生きてきたことが奇跡だとも言われているけどね」
「は?」
わたしの言葉にライトが目を丸くする。
「わたしの場合は、産まれる前に魂が神様に気に入られちゃったから、本当なら10歳までに死んでいた可能性が高いらしいんだよ。運よく人間界へ行って……、その干渉から逃れられていたらしいけど……。結局、15歳で魔界に戻ってきちゃったからね」
「ちょっと待て……。それは……、人間界にいたままなら、もっと生きられたってことか?」
「……あなたの場合は分からないけど……、わたしの場合は多分、そうなるのかな」
全て、人から聞いた話だから断言もできない。
「それが分かっていたなら、何故……?」
「戻ってから分かったことだからね。でも、結果として、御守りの護りも受け、さらには『神隠し』も施されたから、かなり良いんじゃない?」
少しでも何かのタイミングが違っていたら……、ここまで都合よく事は運ばなかっただろう。
「俺が……、お前に手を出そうとしたから……か?」
言われてみれば、わたしが魔界に来るきっかけとなったのは彼だった。
でも、ちょっと違う。
「いや……、結局、あの日、九十九に出会っているから、この世界へ来るという結果は一緒だったと思うよ。彼らも、15歳になったわたしを野放しにはしておけなかったみたいだからね」
魔力の暴走とかを考えても……、王族の血を引いているわたしが人間界で生活し続けることなどできなかった。
だから、彼らも苦悩の果てに、わたしに接触することにしたと聞いている。
それについて、九十九や雄也先輩も悩んでいたのだ。
さらに、魔界に来て、わたしの魂のシンショクの存在を知ってから、彼らは何度も後悔したらしい。
それは、恭哉兄ちゃんを通してわたしにも、伝えられた。
聞いたところでどうすることもできないけれど、わたしは知っておくべきことだと。
「恨んではいないか?」
「何を?」
「俺のことを……」
「……割と今更のことを言うね」
でも……、恨んでいるかと言われても恨む要素は全くない気がする。
迷惑だな~とか困るな~って気持ちは確かにあるけど……、それが恨みとか暗い感情に繋がるかと言えば……、繋がらないのだ。
「他人を巻き込むところは迷惑だと思うし……、いきなり襲い掛かってくるのは勘弁してほしいけど……、恨むとか、憎いって感情は不思議と湧かないなあ」
自分でもおかしいかもしれない。
でも、結果として悪い方向に転がっていないのに、彼に怒りをぶつけても仕方がない気もするのだ。
確かに、人間界から離れたことは淋しいし悲しい。
でも、この世界に来て、懐かしい出会いも新たな出会いもあった。
それと同じぐらい別れもあったけれど。
あのまま、人間界にいたら、それらが全てなかったことになる。
そちらの方が今となっては怖かった。
「何故だ? お前の立場ならもっと俺を悪しざまに罵っても良いと思うのだが」
「前にも言ったけど変態?」
「違う!」
「他人をもっと巻き込んでいたら、流石にいろいろ言いくなったかもしれないけど……、あなたは犠牲を最小限に留めたい人でしょう?」
これまでの言動を見る限り、そうとしか思えないことがいくつもあるのだ。
「どういう意味だ? 俺が実は良い人だと?」
「良い人だとは言ってないよ。でもさ、今回のことも、わざわざ人気がない街道で襲撃したでしょう? 定期船で襲撃したほうが犠牲を大きくすることもできたのに」
「人が多い所で襲撃してどうするんだよ」
彼は呆れたようにそう言うが……。
「卒業式で、わたしが他人を見捨てられないって知っている人が、他人を利用する方法を考えないとは思えないんだよね」
その方が確実に守らねばいけないものが増えただろう。
そして……、わたしのそんな甘い考え方は、九十九や雄也先輩の足を確実に引っ張ることになる。
さらに、水尾先輩も王族という立場上、他国の人間たちであっても、力のない弱者ほど見捨てることができない人だ。
「平和な脳みそだな」
わたしの頭をわしっと掴んだ。
「良いか。よく聞け」
そう言いながら、彼はわたしの顔を真っすぐに見る。
「魔神に食われる俺と、神に魅入られたお前では同じシンショクという言葉でも全く違う」
「うん」
それは理解しているつもりだ。
そして……、わたしの方が逃げられないってことも。
「そこに恐怖はないのか?」
「あるよ。死にたくはない」
誰だってそう思うだろう。
実際……、幼い頃のわたしは必死で逃げ出したのだから。
「ならば……、何故、そんなに落ち着いて受け入れられた?」
「落ち着いている気はないんだよ。そして、受け入れているつもりもない。できれば……、その神さまに『勘弁してくれ』と懇願したいくらいかな」
「聖女の認定を辞退したのも……、その辺りか?」
「いや、それは別物」
なんで彼が、そこまで知っているのかとかは今更聞いても仕方ない。
わたしが「聖女の卵」になってしまったことはともかく、法力国家から「聖女」の認定について打診があったのは、本当に一部の人しか知らないことなのにね。
ただ……、恭哉兄ちゃん、大神官さまの話では、神のご執心を受けていることが周囲に知られたら、確実に死後、栄誉あるご聖体として祀られるだろうとまで言われたことはある。
魂を壊されるっていうのも十分、酷い扱いなのに、さらに死んだ後の肉体も保存されるというのはどうしようもなく救われないと思った時点で、わたしは「聖女」になれないのだろう。
「わたしに『聖女』なんて肩書、重すぎるよ」
わたしは心の底からそう言った。
次話の更新は本日18時予定です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




